ある種のどん詰まりから見上げるハッピーエンド

 デリヘル嬢がお仕事で向かった先、待ち受ける客がなんと元クラスメイトのキモデブだったお話。
 タイトル通りの内容で、なんていうかこう、えっちでした。いや別に官能小説とかでは全然ないんですけど、でも仕方ないでしょうえっちって思ったんだもの。なんだか序盤から妙にドキドキさせられたというか、いやこれもしかして「単に個人的な趣味嗜好の問題では?」という気もしなくもないんですけどそれはともかく、シチュエーションの魔にやられました。こういうのに弱い……いや弱いのか? ていうか「こういうの」って?
 ぴったりタイトル通りの導入。想定外の事態に焦り動揺するのは、主人公だけでなく客たる山本(田中)さんも同じ。微妙な、でもどこか張り詰めた一触即発の空気の中、でもお仕事はお仕事なのでと雪崩れ込む淫靡な展開の、その、なんでしょう。危うさというか謎の緊張感というか。ハッキリ言うなら山本さんの見事なキモデブっぷり、文化や常識の隔絶から来る不信感のような、つまりは「いや大丈夫なのこれ?」という自分の中の偏見なのですけれど。爆発寸前の炸裂弾みたいな、この先いつどう転んでもおかしくない感じ。そのドキドキ感。やだ……もしかしてこれって、吊り橋効果……?(きゅん)
 そしてそこからの急速潜行。
 すっかりやられました。〝掴み〟だけで完全に持っていかれているというか、飾らずに言うならこの序盤、とにかくもう本当に読んでいて楽しい。実質この時点で外堀を埋められ武装解除させられたようなもので、あとはその先に何が来ようと、もうされるがままになるしかないという。約束された勝利のキモデブ。とはいえ、別に冒頭に限らず全体を通じて、とても読み応えのあるお話でした。
 ある種のどん詰まりというか、タグにある通りの「格差社会」のお話。山本さんと主人公、「ピン」か「キリ」かでいうならどちらも後者の方で、でもそれぞれに違う道、違う要因による違う苦しみを抱えて、それでも生きていくしかないともがく姿。いや正直、山本さんの方は若干同情しにくい面もあるのですけれど。共感、というか我が身を彼の位置に置くことはできても、でもだからこそ情けはかけられないような。
 だって現にキモくて、少なくとも主人公の視点では「キモい」と感じていて、もちろん一読者である自分としては建前上「キモいって言葉はよくない」と言うけどでも正直って心情的には「キモい」に異論はなくて、そしてそこがとても好き。
 ちゃんとキモい。それも途中で都合よくキモくなくなったりせず、しっかり最後までキモいのに、でも嫌悪感はな……なくもないけど、こう、嫌いになれない。絶妙です。読後の今となってはうっすら好きになっている部分もあって、でも再読したらやっぱり読んでる最中は好きにはなれませんでした。本当すごいキャラ。大好き。いや大好きか? 目の前にいない間は好き。
 この物語のハッピーエンド、ある種の救済のようなものは、もちろん中盤の「あの行動」に依るのは間違いないのですけれど。でもそれ以上に彼が彼であること、その事実そのものが主人公の救いに繋がっているようにも思えます。
 結局、主人公も彼と同じどん底の存在で、なのにそれでもまだ彼を下に見ているところがあって、でもそんなの当然っちゃ当然、だって実際まあ下だものね山本さん——という、それらすべてが作用しているような。ただ『対照的に見えるけど同じどん底同士』みたいな言葉では括れないお話。少なくとも主人公はキモくもデブでもなくて、そしてもし山本さんがキモデブでなかったら、あの「ハッピーエンド」が救いになることはなかったと思うんです。
 結末が好きです。ちょっと意外ではあったんですけど、でも〝あくまでサブ垢〟というところが。したたかに、なんなら可能な限りいいとこ取りで、うまく人生を乗りこなして行こうという姿勢。前向きな終わり方が嬉しい、コミカルながらも胸に沁みてくるお話でした。ふたりそれぞれの未来にそれなりの幸のあらんことを。