読切版 0.5-この町はこんなにも

 壊れたのは、運動場と坂ぐらいだった。

 坂が真っ直ぐ続いていたこともあるし、気を付けたのもある。

 それと、もう一つ。


 目の前にいる人型兵器は、ただ倒れていた。

 完全に壊れたのかは分からないが、かなりの装甲が剥がれ、朽ちている。


 俺はそいつの近くにしゃがむと、問いかけた。


「もう良いだろ。出て来いよ。きっと俺と同じで、その中にいるんだろ、操縦者」


 かなりの間があった、と思う。


 おもむろに口が開かれる。俺は瞬間身構えると、バシュッ、という音とともに、中から人一人が入れそうな物体が出てきた。


 そして、


「いやー、流石にやるもんだねぇ」


 何だか聞いたことのあるような高い声とともに、コックピットから人影が出る。


 そこから降りてきたその男は、


 屈託のなさすぎる笑顔で答えるその男は、


 忘れるはずもない、というか脳に張り付いて絶対に忘れることのできそうにないその男は、


「や、久しぶり」



 黒鉄、纏。


「……………………」


 完全に思考が死んだ。


「え?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。


「いやはや、君が乗ってくれるにはどうしようかなって考えててさ。だったらこうするのが手っ取り早いかなって」

 意味が分からない。


「俺が、乗ると思ったのか?」

「うん」

「昨日大っぴらに断ったじゃないか」

「でも助けようとしてくれた」

「こいつに喰われたじゃないか」

「演技って難しいよね。自分を隠さなくちゃいけないから」

「じゃ、これは何か。お前の人型兵器ってことか?」

「そういうこと。通常、認証された人にしか見えない仕様なんだよね」

「食べられたんじゃなくて」

「コックピットに搭乗したんだ。上手かったでしょ、タイミング。」

 はあああああああああああああああああああ?


 俺は全く現実を受け入れられない。

 何のために覚悟したんだろうな、ホント。


「まぁまぁ、そうげんなりしないでよ」


 したくてしてるわけじゃない。


「それにほら、外を見てごらん」


 外?

 仕方なく俺は降りようとする。でどうすれば良いんだ?と思ったら視界がブラックアウト。


 気付くと俺は飛び出たコックピットに座っていた。

 眩しさで目を眩ませつつ立ち上がる。


 そうして俺は見る。同じ町の、違った視点を。


「色々違ったかもしれないけどさ」そう言ってあいつは頬に手を添える。


「君が守った町だよ。これが」


 世界は快晴だった。穏やかな風が舞っている。同時に思う。今までずっと暮らしてきて、ここまでの景色を見られたのは初めてだ。ずっと同じだと思ってたのにな。


「この町はこんなにも、綺麗だったんだな」


 春の風が吹き抜けて、髪を乱す。この風ももう終ろうとしている。


 黒鉄は満面の笑顔である。この表情を見るのも、なんだか悪くない気がしてきた。とか思っているとまた口を開き、


「じゃあこれで、部活動が始まるわけだよ」


 そういえば、俺はまだその部活動のことを全然知らない。今なら知っても良い。ここまで来たんだ。その価値はある。


「で、何をするんだ?」


「それはね」言いながら歩き出す。俺は想像を巡らす。これを使えば、人様の役に立つことも、悪いことも、何だってできる。とはいえ、大層関心を買う活動なのは言うまでもないだろう。


 そうして黒鉄の返答を待つと、変わらず剽軽だが、この上なくはっきりと、


「この、流市を手に入れる」


「……………………」

 俺の思考は再度完全に停止した。


 こいつは何を言っている?

 やっぱり、というか、もう


「頭おかしいんじゃないのか?」


「僕ら以外にも見えている人がいるはずだよね。だったら悪いことをする人もいるかもしれない。そしたら僕たちが正義を執行するのさ。そうして世界を手に入れるまでが最終目標。そのために小さなことからね。というわけでやることは二つ」


 俺の感想は無視である。もう呆れに呆れて呆れることに呆れた俺は何も言わないことにする。


「まずは、部員を手に入れること。こんな大事業だからね。二人じゃまだ足りない。そしてもう一つ、拠点を手に入れること。目的のための中継地点と思ってもらえれば良いよ」


 つまり、日本語訳をするとこうなる。


「部員勧誘と部室確保か?」


「そうやってまずは、この学校を手に入れる」


 俺はセブンスラインから降りると、笑顔爆発の黒鉄のもとに歩いた。一つ、言わなければいけないことがある。これは確実に、そうしておかなければいけないだろう。きっとここでの発言は今後一生付きまとうぐらいの重みを持つ。だから黒鉄、言わせてもらうぞ。


「帰る」


 そう言い踵を返しいつもの下校ルートに入ろうとすると、黒鉄は俺の右腕を掴み、


「これ、渡しておくよ」


 右手に握りしめさせられたそれを一瞥した俺は、顔を見せずに坂を下りて行った。


 住宅街を越えて、もうすぐ駅という辺り。

 俺はおもむろに立ち止まり、ポケットから紙を取り出す。


 そこには、部活動申請届と言う文字の下に、仰々しくて荘厳で寡黙でおまけに喜々とした文字で埋め尽くされた、どうあがいても受理されないだろう名前が書いてあった。


「人型兵器戦争部」


 口に出して、俺はまた歩き出す。


 全く想像のつかない日常が、ここから始まるらしい。



 それが何色であるかを、俺はまだ知らない。

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人型兵器戦争部 撫川琳太郎 @nadelin

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