青とピンク
@yu-mel
第1話
俺とお前の視界の色が違うことを、俺は初めて知った。
俺とあいつは友達で、中高とずっと一緒だった。初めて会ったのは小学生の時。地元の少年野球のチームで同じ学年として、学校は違ったけど自然と仲良くなった。
中学は同じだった。俺たちは一緒にシニアチームに入った。そのチームは地区大会万年初戦敗退の弱小で人も少なかったため、すぐに俺たちはレギュラーになった。そして、最後の年に初めて1回戦で勝った。嬉しかった。でも、2回戦を勝ち抜くことはなかった。悔しかった。でも、未練は残らなかった。俺たちは、中学で野球を辞めた。
高校も同じだった。俺たちはお互いの家から近い高校に進学し、そこで初めてお互い別のことをするようになった。俺はバスケを、あいつは部活に入らずにバイトをしたり委員会に参加したりするようになった。
それでも、疎遠になることはなかった。これまでの様に休みが重なれば共通の友人を交えて遊びに出かけたり、テスト前にはお互いに勉強会を開いたりした。あいつは高校で勉強に関して真面目になったらしく、俺はいつも世話になっていた。その代わり、遊ぶときはいつも俺が先導した。
そんな毎日が、ずっと続くと思っていた。
ある日、あいつは俺に、自分が東京の大学に行くことを伝えてきた。俺は、応援しようとして自然に笑えなかった自分に驚いた。
それまで教えてくれなかったことへの怒り、自分が置いていかれたかのように思えた疎外感、いつの間にか自分よりも大人になっていたあいつへの嫉妬。それらがごちゃごちゃになって俺を襲ってきた。自分の器の小ささが惨めに思えた。
俺は、引きつった笑みを浮かべながら激励の言葉をかけ、何か言いたげなあいつを放ってそのまま家に帰った。
荷物を床に放り、自室のベッドに寝転がって目を瞑った。夕飯を告げる母親の声に食欲がないことを伝え、そのままずっと目を瞑っていた。そうしないと、小さな俺の器から溢れ出した黒いなにかが、俺を変えてしまいそうだった。
俺とあいつは、ずっと一緒だった。見ている景色は、一緒だと思っていた。そう思っていたのは、俺だけだったようだ。いつのまにかあいつの景色は、俺とは違う色で染まっていた。そう思うと、どうしてもやるせない思いが胸にこみ上げてきて苦しい。背中に何かが這いずり回っているような不快感が襲ってくる。それから逃げるために、俺は目を瞑り続けた。
いつの間にか俺は夢を見ていた。明晰夢。言葉は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。その夢で俺は、あいつの中にいた。
目の前で俺が阿呆面を晒しながら、あいつにダル絡みしていた。あいつは、それを笑いながら投げ飛ばしていた。中にいた俺には、心底楽しそうなあいつの感情が直接伝わってきていた。
場面は切り替わって、あいつの自室だった。あいつはそこで、大学のパンフレットを読んでいた。険しい顔で、何冊もあるそれの要点をノートに書いていた。俺が何も考えず日常を過ごしていた中で、あいつは将来のことを真剣に考えていた。
どんどん場面は切り替わる。
親に奨学金の案内のプリントを見せながら頭を下げていた、リビング。東京に行きたいことを俺に黙っている罪悪感が内心渦巻いていた、俺を待つ通学路のコンビニ。俺が誘った遊びを断って行っていた、塾。
そのすべての場面のどこかで、あいつは必ず俺に罪悪感を抱いていた。黙っていること。ずっと一緒にいられないこと。自分の夢を優先したこと。
ふざけるなと叫んだ自分の声で、俺は目を覚ました。日曜の、朝5時半を過ぎようとしている時間だった。
俺は無意識に家を飛び出していた。走っている中、俺は昨日のことを後悔した。
あいつが俺のことを優先する必要なんてどこにもない。どれだけ俺があいつと一緒にいて助けられたか。楽しかったか。
昨日の告白は、相当の勇気が必要だっただろう。それを俺は、あいつが考え得る限り最悪の返答をした。責めるわけでもなく、「俺はお前のせいで傷付いた」と、一方的に被害者面して逃げたのだ。ふざけているのは、俺だ。
一心不乱に走り、目の前にあいつの家が見えた時、ふと俺は冷静になった。
そもそもすべて夢の話である。昨日のことは自分が悪いが、したたかな性格なあいつなら、もしかしたらそこまで気に病んでいないかもしれない。しかも、現在の時刻は朝の6時前。こんな早朝に家に押しかけるなんて、そもそも迷惑だ。
そんな言い訳は、目の前に出てきた部屋着のあいつの姿を見て全て吹き飛んだ。
あいつは門中の後ろ側で、当然ながら不思議そうな顔をしていた。俺はその顔に何か言おうとして、言葉が出なかった。
痛い沈黙が辺りに広がる。その時、家と家の隙間からすり抜けてきた朝日が、俺とあいつを照らした。
あいつが何か言おうと口を開こうとしたその時、俺は自然と叫んでいた。
「がんばれっ‼︎」
確実に近所迷惑であっただろうその大声は、早朝の住宅街の静寂を突き破りながら辺りに広まって行った。
あいつは何か言おうとする変な形の口で固まっていた。俺もこの後どうすれば良いか分からなくて固まっていた。
再来する沈黙。それを破ったのは、あいつの笑い声だった。
あいつは、笑いながら俺の愚行をつらつらと述べて行った。俺は何も言えなかった。
そして、その最後に一言だけ言った。
「うん」
月日は経ち、俺たちは高校を卒業した。
あいつは予定通り、東京の大学に行った。かなり偏差値の高い大学なので、あいつが合格したことが学年で広まると、周りはとても騒いでいた。特に、一緒に遊んでいた俺たちの友人は、3年でもたまに一緒に遊んでいたのにそんなところに合格したことにめちゃくちゃ驚いていた。あいつ曰く、自分はガムシャラに勉強するタイプではないとのこと。それをガムシャラに勉強して地元の大学に行った俺の前で言いやがったのは確実に嫌味だろう。その時の満面の笑みを俺は一生忘れない。
あいつが東京に行く日。あいつに関わりのある人全員が駅に見送りに来ていた。あいつは、こんなに見送りが来るとは思っていなかったらしい。いきなりボロボロ泣きながら俺の胸元に飛び込んできた。
狼狽する俺。胸元で号泣するあいつ。はやし立てる外野。スマホを構える友人諸君。そして何事かと怪訝そうにこちらを伺う一般人など、現場を一言で表すならカオスの一言でしかなかった。
なんとかなだめて他の奴らのもとに送り出し、スマホで動画を撮っていた奴らを締め上げ、騒ぎを聞きつけて着た駅員の人に平謝りするなど場の収集をつけることに躍起になっていると、いつのまにかその時になっていた。
大半は解散し、あいつの家族と何故か呼ばれた俺だけがあいつと共にホームに向かった。
俺の目の前で、あいつの家族の別れの時間が繰り広げられていた。それを見ながら俺は、別れを改めて実感して俯いていた。
そうして下を向いていた俺の顔は、首から異音を鳴らしながら何者かによっていきなり上に向けられた。
事の張本人であるあいつに文句を言おうとして開きかけた俺の口は、この時目の前に広がる涙目ながら今までに見たことのない様な真剣な顔をしているあいつによってまた閉じた。
☆
初めて出会った時、あなたは女で野球をしているわたしをライバルと言ってくれた。
それまでバカにされることはあっても、肯定してくれるのは家族だけだったんだよ?
中学の時、わたしをシニアのチームに誘ってくれた。
あなただけならもっと強いチームに行けただろうに、わたしと一緒の弱小のチームに入ってくれた。最後の年、1回戦に勝った時、わたしは胸がはち切れるぐらい嬉しかったんだ。
高校の時、わたしに友達を紹介してくれた。
友達ができなくて困っていたわたしにとって、初対面のあなたの友達と一緒に遊ぶのって、実はすごくハードルが高かったんだよ?でも、お陰でたくさん友達ができた。まさかあんなにお見送りにきてくれるなんて、思ってなかったよ。
そして、あの日。
一度は、拒絶されたって思った。言わなきゃよかったって後悔した。東京の大学なんて目指さなきゃよかったとも思った。
でも、次の日に「がんばれ」って言ってくれて、わたしはそれのおかげで今まで頑張れたんだ。早朝だったのは驚いたけどね。
わたしは、あなたに会えてよかった。
あなたは時々、わたしに支えられてばかりだって言ってたけど、実はわたしの方があなたに支えられてたんだよ?
だから、ありがとう。
わたし、東京でも頑張るから。
これからも、よろしくね。
☆
そう言って笑ったあいつの顔は、今でも鮮明に覚えている。
あれから約4年。あれ以来、お互いがすれ違ったように顔を合わせていない。あいつが帰ってきたときには俺が大学の合宿研修に参加していたりするのだ。でも、就活やら卒論やらなにもかもひと段落ついている今現在は1月1日。あいつは毎年年始はこっちに帰ってきているようなので、今年はようやく会えるかもしれない。
そんなことを考えながら炬燵の中でテレビを見ていた俺の耳に、我が家に来客を告げるインターホンの音が入ってきた。現在、家族は初詣に行っているので、我が家には俺1人である。対応は俺がしなくてはならない。
炬燵を抜けて玄関に向かい扉を開けた先にいた顔は、つい先ほどまで考えていた懐かしい顔だった。
「あけましておめでとう。これからよろしくね!」
そこにはいわゆる都会コーデというやつであろうオシャレな服装を身に纏ったあいつがいた。久しい再開に嬉しく思う俺は、ふと、これからという言葉に疑問を抱いた。
あいつは在学中に夢を叶え、偶然にも俺が就職することになった会社の近くに自分のオフィスを構えたらしい。今ではその経営方針が注目を集めているとかなんとか。
あぁ、なるほど。俺が近所に住むであろうことを見越した挨拶か。そう自己完結した俺の耳に、あいつの衝撃的な言葉が飛び込んできた。
「今年から同棲生活だね。お世話になるよ!」
……はぇ?
青とピンク @yu-mel
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