第3話 七の七十倍までも……。
「聴聞師様はご存じないでしょうが、この近くにはかつて村がありました。……ええ、ユースティアナという村です。東に一時間ほど歩けば、今でも廃墟が見られましょう。その村はオークの群れに襲われたのです。私のせいではございません」
男は息継ぎする間も取らずに早口でしゃべり始めた。
「オークが来た夜、わが村にユースティアナの使いが来て、後生だから助けてくれと私に縋りました。私はもちろん断りました。ええ、当たり前のことです。ユースティアナとは元より仲が悪く、そうでなくとも他の村のため若い男を死なせるほど愚かなことはございません」
「その男は帰っていき、村の者も私の決定を支持しておりました。当たり前です。私は当たり前のことをしたのですから。しかし、それから一週間ほど後のことです。吟遊詩人が来て、一連の顛末を歌い始めたのです。勇敢に自分の村を守ろうと戦った男たち、女さえも立ち上がれども、オークの群れはすべて飲み込み、あとに残るは廃墟のみと。おおよそこんな歌です。何がいいんだか知りませんが、退屈な村では数少ない娯楽でありました」
「村人達はその男にほだされて、なぜユースティアナを見捨てたのかと私を責め始めました。おかしな話です。私は当たり前のことを、当たり前にしただけなのです。村人だって最初は私を支持していたではありませんか。私は吟遊詩人を追い出しましたが、すべては遅く。私はじきに村長から降ろされました」
男はそこまで話すと一息つき、今度はゆっくりと話し始めた。
「そこで聴聞師様にお願いなのです。どうか村人を説得して、私を村長に戻していただけないでしょうか。もちろん献金もお礼もはずみます。吟遊詩人の言葉で動いたのですから、聴聞師様のお言葉ならひっくり返せるのも道理でございます」
男は笑い、ヨハンを見た。
ヨハンは男が懺悔しに来たものと思っていたから、ひどく困惑した。彼はこれらの事件に関して
親と友を失ったことは悲しいことだが、それをアストリアにぶつけるのは間違っていると彼は理解していたし、もしもあの時のオークが懺悔した来たのなら彼はそれすら許すつもりだった。けれどもヨハンは懺悔しないものの赦し方を知らず、いつの間にか抑えていた怒りが再燃してくるのだった。
「男よ、聞け。私はユースティアナの出身である。去って、悔い改めろ。私がお前を村長になどするものか」
男は驚いた様子だったが、慌てて出て行ってしまった。
ヨハンは憤った自分を落ち着けようとしたが、やはり懺悔しないものを許す方法を知らないために、難しかった。彼はこれではアストリアで懺悔聴聞するのは無理だと考え、その日のうちに村から出た。
そしてユースティアナのあったところまで行き、祈った。祈るうちに怒りは薄まってきたが、代わりにどこか悲しい気がした。
今からでも行って、あの男を許してやるべきではないだろうか。確かにあの男の言い分には一理あるし、村人の言い分もどこか狡い。きっとあの男も反省していることだろう。
とはいえすでに日は落ちており、怪物すら寝静まる時間であったためヨハンはユースティアナの片隅に小さな天幕を張って眠った。
翌日、アストリアまで行くと廃墟となっていた。ところどころゴブリンらしい足跡が見える。どうも昨日の深夜に襲われたらしい。動いているものは何一つなく、壊せるものはすべて打ち壊されていた。きっと昨日罪を許したすべての村人も、村長もあの男も死んでしまっただろう。
ヨハンは泣いた。なぜだか、わけもわからないままに大泣きした。
彼は未だ、あの時どうすればよかったのか知らない。
聴聞師 坂崎 座美 @zabi0908
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