海のアルテリア

からっぽのポスト

海のアルテリア




 酷く寒い夏だった。

 

 海猫が泣く白い浜辺で、自殺を図ったあの日。

 

 死んだはずの友人が、人魚になって帰ってきた。







「いやーびっくりだね」



「その台詞、そっくりそのまま返す」



 波に攫われてしまった友人のように溺れてしまおうと試みたら、その友人に救出されてしまい、今に至る。浜辺に座ったずぶ濡れのセーラー服の隣に、同じくずぶ濡れのセーラー服を着た人魚。もし誰かに見つかれば通報されるかもしれない。訳の分からない状況に頭はパンク寸前だ。尾鰭を手に入れた友人はわたしの真横で少し前に流行ったラブソングを歌っている。


「ねえ、これからどうするの?」


長考したところで変わらない状況に目眩がし、責任を擦り付けるように質問を投げかけた。友人は歌うのをぴたりと止め、視線を地平線からわたしへと変える。大きな瞳に見詰められ、鼓動がだんだんと速くなる。


「うーん、そうだなあ」


上空で海猫が鳴いている。じっとりと重い潮風は、制服を乾かす気がない。


「久々に会えたんだし、ゆっくり話がしたいな」


目を伏せて話す、友人の美しさは変わっていなかった。頬に落ちる睫毛の影が綺麗で、思わず見惚れる。


「・・・聞いてる?」


「き、聞いてるよ!」



 一先ずわたしの家に向かい、移動は友人を抱えていくことになった。広げた腕から肩へと手を回す。

 久しぶりに触れた肌は異常な程冷たく、体重は異様な程に軽かった。


 道路に繋がる階段を上り、辺りを見回す。コンビニも住宅地も無く、人通りもない道を見て、このときばかりは田舎でよかったと痛感した。










 なんとか誰にも会わずに家に着いて、狭い湯船に水を張る。ここに友人を浸からせれば、しばらくは大丈夫だろう。友人はつるんと腕の中を滑り、溜まった水に飛び込んだ。一層明るくなる表情が眩しくて、目線を逸らす。少し間を置いて、先程と同じ質問を投げかける。


「これからどうしようか」


「そうだなあ、少しの間、匿ってくれるとありがたいんだけど」


「それは構わないよ、ここ、わたししかいないし」


「ふふ、同棲みたい」




しばらくの沈黙の後、友人が口を開く。



「ねえ、こっち来て」


 目線を合わせるように屈んで近づく。途端、友人の顔で視界がいっぱいになった。

 ワンテンポ遅れて気付いたのは、唇が触れるだけのキス。


「・・・ごめん、なんか美味しそうで」


「食べる?」


「食べないよ、大切な友達だもん」


 また唇が触れる。数回と重ねていくうちに、涙で視界が滲み始める。


「嫌だった?」



「ううん、夢だったの、ずっと」















 その先のことはあまり覚えていない。

 ずっと話していたかもしれないし、ずっと眠っていたかもしれない。



 朝になると、目の前にいた友人は、数枚の鱗を残して消えてしまった。



 長い夢でもいい、またきみに会いたい。











 青に攫われた友人に遭いに行く、わたしの赤い血は海に還るだろうか。

 


 零れた塩味の行方を知らないまま、きみと眠ろう。

 


 花が空に泳ぐ季節に、きみが居なくて正解でした。



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