魔法使いの夢
これだけは、最後までとりたくない手段だった。でも、倒れたあいつを見て、そうもいってられなくなった。
あいつに出会ったのは、もう何十年も前のことだ。
知り合いに「深い山の奥に面白いテイパーがいるらしい」と聞いて、興味が湧いたから覗きに行った。それだけだったのに、気がつけばあいつの手伝いをさせられ、あいつの笑顔が妙に脳裏に焼き付いて、あいつが死ぬのが許せなくなった。
いつしか、俺の夢は『あいつを生かすこと』になっていたようだ。
だからこれは、今の俺にとっての最後の魔法だ。大量の魔力と、一つの虹色のビー玉を使った、最後の魔法。
あいつは、絶対素直に受け取らないけど、それを受け取らせるのも含めて、俺の仕事だ。
「ジーク……?」
慣れ親しんだ足音に、私はほっと安心する。
もう、本当に私の命は長くない。でも、飽きるほど長い人生だったのだ。もうそろそろ終えてもいい頃だろう。最後に夢を消すのを止めるっていう目標も達成できたし。そして、最後に見る顔がジークなら……うん、悪くない。
そう思って部屋の扉を開けると、ジークが無理やり私の身体をきつく抱きしめてくる。
「は? ジーク!?」
慌てて叫びもがくが、ジークはびくともしない。
「ちょ、なんのつもりよ! ジーク!?」
別に嫌じゃない、なんて口走りそうになるのを堪えて、ひたすら叫ぶ。
私は、もういなくなるのだから。
今まで見てきて、恋しい人はいなくなるぐらいならいないほうがましなんてこと嫌というほど思い知っている。
だから、ひたすら抵抗する。
「ジーク!」
強くそう叫ぶと、ほんの少しだけジークの腕の力が弱まる。
今のうちに抜け出そうと、彼の胸に押し付ける形になっていた顔を離すと、唇に温かい感触を感じた。
「んっ……! ふぁ!?」
その次に、強い陶酔感と快感。
身体が全力で悦んでいる。
私は、久々のこの感覚がなんなのかを、流れ込んでくるこの夢が誰のものかを、すぐ理解する。理解せざるを得なかった。
私の笑顔。ジークの笑顔。悲しそうなジーク。苦しんでいる私。
見覚えしかない記憶が次々に、私の知らない感情を伴って頭の中に流れていく。
そうして、ようやく気がついた時には、唇が離されていた。
「ジーク! なんで!?」
私は叫ぶ。なぜ、こんなことを。私はもう死にたかったのに。それに、貴方の夢なんて知りたくなかった。貴方の夢を、奪いたくなかった。
混乱し、喜びに震え、訳がわからなくなっている私に、ジークは笑う。
初めて会った時私がしたいことを告げたときのように、心底楽しそうな笑みを浮かべる。
「お前を、死なせたく無かったからな。こうすれば、お前は死なない。きっと、この先も俺の顔が思い浮かんで死ねない。今の俺は前の俺を投影しただけの偽物みたいなもんだが、まあそういう作戦だ。じゃあ、この辺でな。俺はもう、お前とはいられない」
ジークはそういって、大量の空のビー玉をその場に置いて、部屋から出ようとする。
それを私は、無茶苦茶になっている身体を無理に動かして引き止める。
「まってよ! 投影してるって何!? なんでもう会えない訳!?」
「考えてみろよ。テイパーに喰われた夢は、持ち主の元に戻ることはないんだろ? それはもちろん俺も例外じゃない。だから、忘れる前に記憶を別の場所に保存して、今だけ投影してるのが今の俺だ」
「わかん、ないよ! そんなの! ばか! なんでそんなことするの!」
ジークの身体を何度も何度も叩く。けど、ジークは困ったように笑うだけ。
いつものように軽口を叩いてなんかくれない。
「どうして……!」
「言ったろ? お前を死なせたく無かった。ただのエゴだよ……そろそろ、魔力がつきそうだ。じゃあな、シュリ。元気にやれよ」
ジークはそう言って、幻のように消える。
魔力がないって言ったくせに、最後はしっかり空間移動で消えて行った。
「ほんとうに、やなやつ」
涙を流して、私は私の中に入ってきた、今までで一番美しい夢をころがした。
世界で一番美しい夢をあなたに 空薇 @Cca-utau-39
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