第4話 忘れたくない夢

 忘れられない夢があった。

 幼い頃見た、大切な夢。

 私が紡いだ、大切な世界。

 でも、こんなに馬鹿にされるだけなら、もうやめてしまおうと思い、そのサイトへ手を伸ばした。




「水篠美津様、でしょうか? ご注文有難うございます。私、夢をいただきに参りましたサイトの責任者、朱里と申します。朱色のしゅに里と書いてしゅり。さて、では、どんな夢を頂けばよろしいのでしょうか?」


 目の前にいたのは、まるでお人形のような女性。

 目覚めたばかりで動きの鈍い頭をフル回転して、私は二日前に送ったメールにたどり着く。


「本当に、忘れさせてくれるの……?」

「はい。貴方が本当にお望みなら、完璧に消してしまいます」


 歓喜と共に、少しの迷いが生じる。

 あれほど捨てたかったのに、いざ今から消せますよ、と言われると、恋焦がれていた時の自分が思い出されて胸が痛む。

 すると、それを悟ったのか、朱里が念を押してくる。


「本当に、綺麗さっぱり消えてしまいますよ?」


 迷う。

 本当に、私は忘れてしまいたいのだろうか?

 自分の気持ちが分からなくなってしまった私は、朱里に話をふった。


「ねえ、朱里さん。恋とかってしたことあります?」

「へ?……まあ、人並みに? なら?」


 顔を真っ赤に染めて戸惑いながらそう答えてくれた朱里は、とても可愛らしかった。


「なら、私、その話を聞きたいな」

「……承知いたしました」


 最初は嫌そうな顔をしたが、私が本気の目を向けると、気圧されたように朱里さんは頷いてくれる。


「私は……夢を食べて生きているのです。信じられないかもしれせんが。最初は普通の人間だったのに、いつの日か体がそんなふうに変わってしまったのです……」


 それで、気味悪がられた私は、住んでいた場所を追い出され、誰の目にも触れないように山奥に引きこもりました。

 生きるためにたまに街へ降りて夢を得ることもありました。でも、そうすれば満たされると同時に夢を奪ってしまった罪悪感が私の心をきつくしめて、苦しくて、それに耐えきれなくて、いつしか私はたまに人里に降りることもやめてしまいました。

 すると、一人の魔法使いが急に現れてこういうのです。

「お前、面白そう」と。

 私はふざけんなと思いました。何をどう判断したら一目見ただけで面白そうなんて感想が出るのかと。

 ——まあ、そんな感じで出会った魔法使い……ジークは、なんだかんだ言いながらも面倒見が良くて、夢を得ることができなくなっていた私を助けるために、一緒にこのサイトを立ちあげてくれました。

 おかげで、私は今生きていて、昔理不尽に奪ってしまった夢に懺悔するかのように、同じ苦しみを持つ人々を助けるために奔走しています。


「……そして、なんだかんだ言いながらも、いつも付き合って食える彼のことが、どうしようもなく、愛おしい」


 なぜだか悲しげな瞳をして、朱里は私にそう、とっても素敵な恋の物語を教えてくれた。

 本当に、素敵だった。


「そっかあ……私はね、ずっと昔に夢の中であった男の子に恋をしていたの。でもさ、夢の中で会ったんだから実在している訳なくて、それが悲しくて私はその子をモデルにした小説をいっぱい書いたの。最初はなぜか売れたんだ。嬉しかった。私の中にしかいなかったあの子をみんなが認めてくれたみたいで」


 そこで一度言葉を切って、私は泣かないようにはを食いしばる。


「でもさ、売れると批判もついてくるの。その批判が、私は苦しかった。まるであの子を酷く言われてるみたいで。だから、もう小説を書くのをやめようと思ったんだ。あの子のことも忘れたいって」


 我慢できなかった涙が一筋私の頬を流れる。

 朱里は、何も言わずに私をじっと見つめてくれていた。


「やっぱり、だめだなあ。そもそも迷っちゃってたんだけど、朱里さんの話聞いて負けたくないって思っちゃった。彼だって素敵だもんって。だからさ、この依頼、無かったことにしてもいいかな?」


 私はほんの少しだけ溢れてしまった涙を勢いよく拭って、朱里に向けて笑った。

 憑物が落ちたように、私の心はスッキリしていた。


「承知いたしま……」


 朱里が心の底から嬉しそうな表情を浮かべて、私に了承の言葉を告げる途中で、その身体が傾く。


「朱里さ」

「シュリ!」


 私が駆け寄るよりも早く、綺麗な男の人がどこからか現れて朱里の身体を抱きとめる。

 きっとこの人がジークさんだ、と私は察した。


「こいつは連れて行く」


 ジーク(であろう人)は、私にそれだけ告げて去って行った。

 冷たい人だと思わないことも無かったし、少し話してみたかったのだけど、それだけ朱里が大事なのなら仕方のないことか、と自分を納得させる。


「朱里さん、幸せになるといいなあ」


 ジークの必死な顔と、朱里の悲しそうな顔を思い出して、私はそれだけ呟いて、少しだけ埃をかぶってしまったパソコンを立ち上げた。

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