短編 復讐は維持できない!

サクヤ

浮気

 俺は園田 拓真。長年連れ添った妻である里美の病室に向かっている。

 先日病状が急変した妻はなんとか持ち直して向こうに逝くのを免れた。


 だが、医者の話では次に急変したら持たないと言われてしまった。


 彼女は割りとよく持った方だ、年齢的にも危なかったろうに。



 普通の人が見たら献身的に通う夫に見えるだろう……。誰も俺が復讐に向かってるとは思ってはいまい。


 ここまで俺がクズに成り下がったのには訳がある。それは高校卒業辺りだったか、俺に初めての彼女が出来た年だった。


 誰から番号が漏れたのかはわからないが、いきなり電話がかかってきて告白されてしまった。


 ──相手は同じクラスの森下 里美だった。


 最初は断ったが、あまりのゴリ押しに俺が折れてカップルとなった。

 多分、初々しいカップルだったと思う。照れながら手を繋ぎ、キスをして、そして初体験を経験した。




 幸か不幸か、お互い家が貧乏だったので卒業後は就職することになった。

 毎日連絡を取り合っていたが、仕事というのは学生には厳しい世界で1ヶ月くらい連絡の頻度が落ちてしまうことになった。


 そして、遅めの歓迎会を終えて街中をブラブラしているとどこかで見た女性が前を歩いていた。少し違うのは、身に付けている衣服が大人っぽいところだ。


 そしてスマホを耳に当てて電話を始めた時、横顔が見えて相手が彼女であることに俺は気付いた。だから声をかけようとした。


「おい、里美、久しぶりだ──」


 俺は続く言葉を紡げなかった。スマホを耳に当てながら彼女は茶髪のちょっとイケメン風な男に手を振りだしたからだ。


 見た感じ、明らかに年上で社会で生きる術を身に付けたサラリーマンだった。


 しかも、いきなり恋人のように腕を組んで歩きだした。俺の足元はふらつき、視界は滲み、立つのもやっとだったが、諦めたくなかった俺は追い掛けた。


 ピンク色のネオンに照らし出された変に眩しい通りに行き着いた。


 そしてその中の施設に入る二人、そこはラブホテルだった。


「は、はははは……あんなのずりぃだろ」


 最初の1ヶ月は初任給は出ない、だから高校生のようなお金のかからないデートしかしたことない。だがあの男は大人の余裕で優雅に連れ込んだ。


 彼女は昔からオドオドした性格だったから急なことに弱い、なのに身を預けるように彼女も寄り添って中に入る。

 明らかに慣れた人間の足取りだった。きっと今回が初めてではないのだろう。


 今思えば、ここが運命の分岐点だったのかもしれない。連絡手段全てをブロックして、新たな人生を歩めば良かったのだ。


 ──なのにバカな俺は継続を選んだ。


 それからの俺は──知らぬ振りをして、笑顔でデートして、体を重ね続けた。俺は笑顔を作るのがこんなに難しいことだとは思わなかった。

 だけど女とは怖い生き物で、言われても気付かない程の完璧な演技を俺に実演していた。


 それから数年が経ち、彼女の妊娠が発覚した。


 俺は責任を取るために結婚し、そして翌年に第一子が生まれた。確実に俺の子供ではない事は理解していた。

 デートをすっぽかすことも何度かあったし、その日に例の男とホテルに向かうのも見た。

 俺は避妊していたが、やつはしていなかったんだろう。


 その後こっそり鑑定したら見事に俺の子供ではなかった。いやはや、清々しい程の裏切りである。


 だから俺は生涯をかけて何か大きな復讐をすることに決めた。どんな方法でもいい、どんな規模でもいい、あの女を悲しませることが出来れば俺の気が晴れるのだ。


 里美は托卵の罪悪感からか、普通は子供ができたら夫は蔑ろにされがちだが、かなり献身的に尽くしてくれた。


 特に30後半辺りから一切の口答えもしなくなった。相手の男の興味が失せて相手にされなくなったか、相手がようやく結婚したか、どちらかだろう。


 そこまで経ってようやく罪に気付いても遅すぎる。子供ができる前ならなんとか許せたかもしれないが、出来た以上はもう止まれない。


 小学校、中学校、高校、そして大学……気付けばかなり年を取っていた。息子からすればかなり厳格な父親に見えたことだろうが、なんとか立派に育った。

 思えば迷いばかりの人生で、何度も復讐を諦めかけた。


 ──人間は憎しみを維持するのが難しいからだ。


 ☆☆☆


 そして妻がとうとう倒れた。元々メンタルは弱かったし、その上で常に罪悪感と戦ったのだから気付かないうちに身体を蝕んでいたんだろう。


 俺は復讐心を保ちながらなんとか生きてきた。だけど肝心の復讐方法は見つからなかった。


 妻が倒れたことで俺も一気に老け込んだ。人を呪わば穴二つとはこの事か。



 ──現在。


 病室のドアを開けると妻がにこりと笑っていた。窓は開いていて、白いカーテンがヒラヒラと揺れている。

 太陽に照らされた彼女は先程の笑顔も相まって、まるで高校時代に戻ったかのようだった。


「たっくん、今日はどうしたの?」


 彼女は妹と同じ呼び方で俺の事を呼ぶ。それは結婚してからずっとだった。


「ああ、今日は言いたいことがあって来たんだ」

「言いたいこと?」

「俺はさ、全部知ってるんだ……お前の裏切りも、アレの父親もさ」


 俺はこれしか復讐方法がなかった。そしてチャンスもこれを逃せばもう訪れない。

 彼女の顔が陰る……途端に外も曇り始めた。


「なんで裏切った?」

「環境が変わって不安だったの、毎日してたRineもたまに途切れたし……それで歓迎会の時──」


 俺の会社は歓迎会が遅く、彼女は2週目くらいに宴会をしていた。彼女の話では、一度体を許したら罪悪感から逃れるために更に落ちていくのだという。


 それからずるずると、そして後は俺の予想通り相手の男は若い女を狙い始めて捨てられたらしい。


 キッパリ切らなかった俺も悪いかもしれないが、それは裏切りを許していいことにはならない。


「4日前、息子に全部打ち明けたよ。そしたらあいつ、自殺未遂を図りやがった。お前と同じで精神的に脆い部分があったからな」

「そ……んな……」


 里美は泣き崩れ、咳を始める。


「全部……私のせいで……ッ! ゴホッ!」

「ああ、お前が裏切らなければ俺の人生もここまで狂う事はなかったな」


 咳は次第に悪化してついに血を吐き始める。それを見た俺は何故か心が酷く痛んでしまった。


 はぁ……結局、俺達は夫婦ということなのだろう。最後の最後で俺は諦めた、迷った、同情した、手を緩めた。


「冗談に決まってるだろ……俺は知っている。それを言いに来ただけだ」

「たっくん……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 悲しいことに死神の鎌はすでに半分首を落としていた。俺の嘘で里美は大きく死へ踏み込んで、もう戻ることはできなくなった。


「俺ももう死ぬ運命だ。知ってるか? ここに来るまで4回くらい血を吐いたんだぜ?」


 彼女は何故か手を差し出してきた。空も不思議と晴々としていて、もう復讐なんてどうでもよくなった。


「わかったよ。最期くらい一緒にってやつか」

「うん、死が二人を別っても、だよ」


 窓から差し込む光が強くなって俺達は目を閉じた。次に目を開ける時はきっと離れ離れだろうけど、それでも俺達は誓った。


 ──"次はちゃんとする"と。

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