幸福を、そして不幸を可視化してしまった世界

 幸福促進税という「幸福でないこと」そのものにかかる税が導入された日本の、それからの社会の変遷と、その行く末のお話。
 SFです。世界や社会そのものを大局的な視点から描いた、正真正銘のディストピアSF。こういう思考実験的なお話、というか社会実験の思考実験みたいな設定は、もうそれだけでわくわくしてしまうものがあります。ゾクゾクでもありますけど。こういうお話は少なからず現実(私たちの生きる世界)と地続きという側面があり、というか本作の場合は特にそれが色濃く出ているため、あんまり呑気に笑っていられないところが最高でした。破滅願望、といっては言い過ぎですけど、でも心の中のそういう暗い部分をくすぐられるお話。こんな世界に住むのは嫌だけど、でもみんな絶対見てみたいでしょ?
 ディストピア感の演出が巧みというか、ガンガンぶっ込んでくる感じが心地よいです。「幸福推進勢」「ハッピーエンド」「パラダイス夕張」等々、一般にポジティブ印象を持つ語の、でもとことんシニカルな用法。みんな絶対好きなやつ。どんどん展開していく状況もものすごく読み応えがあって、都度いろいろ考えながら読むのが本当に楽しいお話。
 この設定、一見不幸を不可視化しているようでいて、実は「ハッピーエンド」によって逆に可視化されているんですよね。このハッピーエンドというのは作中の特殊な用語で、現象的には自殺のことなのですけれど、でも公的というか社会の建前の上では「幸福な最期」を意味しており、要はある種のお為ごかしです。政治的に問題のない言い換え。退却を転進と言い換えるようなもの。
 こうして名前とお墨付きを与えてしまったことで、人類の長い歴史の中でずっと透明だった一定数、ただ苦しみ死んでいくだけの人々に顔を持たせる結果となった。これまではただの死者数という結果の一部でしかなかった、必ず身近にいるはずなのだけれどでもまったく気にせず生きていられた『どこかの誰か』と、はっきり人間として向き合わなくてはいけなくなった世界。
 実際、それは「ハッピーエンド」と決まったのですからもう放っておけばいいのに、でもなまじ顔が見えるようになったおかげで、これまでみたいに無視することができない。結果、いよいよ人間となった彼らがどう扱われ、何を為し、どこへ向かうか。やがて辿り着いた物語の先は、なるほど紛うことなきハッピーエンド。
 とても笑って読んでいられるものではありません。不可視化されてきた者たちの復讐譚、痛快で気分爽快なその逆転劇は、でも私たちの敗北をもってなされているのですから——と、それはさすがに極端というか、読者はいずれの立場でもありうるとは思うのですけれど。
 とまれ、大変厚みのあるお話でした。やっぱり最後のハッピーエンドが好きです。逆転劇に見えるけれど、でもただ上下がひっくり返っただけなのだとしたら、じゃあ結局ハッピーってなんでしょう? 自分の中のハッピーエンドの意味すら覚束なくなる、なんとも重厚な作品でした。