俺の母性 男の授乳

顎哀夕田天

ミトロ ダークエルフ

 小高い丘の上、海の見える崖の上にその家は建っていた。

 赤レンガと漆喰で造られた、小さな家である。



「……」



 鮮度の落ちたリンゴをジャムにして、暖炉で焼いたパンを食べる。

 特に好みではないが、素直に空腹を満たす。



「……」



 食事の合間時折に、本のページを捲り。

 揺れる椅子にもたれる……この歳ですでに老人のような生活をしていた。



カランカラン。



 来客を知らせるベルが鳴り、玄関へと目を向ける。

 ノックなしで入ってくるのは、ダークエルフのミトロだ。



「……」



 ミトロは無言のまま、黙々と鎧を脱いでいく。

 膝当てには泥がついていたが、構うことなく床に置く。



「……」



 鎧を全て脱ぎ、下地の厚い綿いりの服の状態になると。

 ふらふらとこちらに向かって歩いてくる。

 身体が疲労で強張っているのか、その動きはぎこちない。



「……」



 俺は左右に揺れるその動きをじっと見ていた。



ギュウ。



 ミトロは、その長身の腰を屈めると。

 俺の座り、膝を曲げた脚に抱きついた。

 太ももに顔を埋める格好となった。



「……」



 太ももで呼吸するミトロ。

 荒れた呼吸を整える。



「……ただいま。お父様」



 ミトロは顔を下げたまま、今日初めて声を出す。



「おかえり。ミトロ」



 それに合わせて、返事をした。



*************************************



「……それで、戦士長になったんです」



 ミトロは顔を埋めたまま、話し続ける。



「へぇ。良かったじゃん」



 俺はミトロの髪を撫でてやる。

 髪をすくように穂先まで撫でる。

 ダークエルフの肌の褐色と反比例するように、輝く銀の色をしていた。



「そんな単純な話じゃないんです」



 ミトロが太ももから顔を上げた。

 銀髪が揺れ、太ももを撫でる。



「確かに、選ばれた時は光栄でしたし、名誉に思いましたが。立場としては板挾み……今までの状況に負荷が増えただけなんです」



 目線が下がっていく、ミトロ。



「……」



 俺はミトロの後頭部に手を当て、静かにそれを聴く。



「私は……こんな性格だから、尊敬してくれる部下はいるけど。悩みを打ち明けられるような友人はいなくて」



 感情の高ぶりから、動脈が強く流れるのが分かる。



ギュウ。



 肌越しの感情に、俺はいてもたってもいられず。

 ミトロの頭を抱きしめる。



「……この時だけなんです。私の感情が休まるのは。お父様がこうしてくれる時だけ……。気丈に振舞わないといけないから」



 気持ちが落ち着くごとに、声が小さくなるミトロ。



「ミトロ……」



 俺は出来るだけ、優しい言い方を心がける。

 久しぶりだから心配だが。



「吸うか?」



 シンプルに問いかける。



「……!」



 ミトロは静かに驚き。



「……お父様がよろしいのなら」



 小さく、ボソッと答えた。



*************************************



 上の服は全て脱いでしまう。

 それ用に膨らんでいるわけではないからだ。



「……」



 ミトロは膝を曲げ、正座に近い状態でじっと見ている。

 袖口が手を抜け、皺のついた服だけが残る。



「正座してても、しょうがないだろ。もっとこっちに来いよ」



 俺は皺のついた服を机に置く。



「は、はいっ!」



 立ち上がり、二、三歩歩いて。

 またその場に正座するミトロ。



「……」



 どうにも恥ずかしいらしい。

 ミトロは顔を俯き、目線が定まらない。



ポンポン。



 俺は自分の太ももを軽く叩き。



「ここに腰を下ろして」



 太ももに座るように指示を出す。



「……は、はい」



 頼りなく歩いて、言われた通りに腰を下ろすミトロ。



「横がいいな。脚を左にやってくれる?」



 吸いやすいポジションに位置を変える。



「わ、わかりました……」



 ミトロは脚を左に、お姫様だっこに近い状態で太ももに座る。



「あ……あの。お父様」



 様子を伺うような声を出す。



「どうした?」

「おも……重くないですか」

「別に?」



 心配そうなミトロに即座に答えてやる。

 ミトロは長身・筋肉質で、軽いというのは嘘だったが。

 自分の子供くらいは、いつでも担げる胆力は残しておきたかった。



「そ、そうですか。それでお父様……」



 相変わらず、視線が泳いでいるミトロ。



「久しぶりで、出が悪いかもしれないから。しばらく、食んでもらっていいか?」



 俺は吸いやすいように近づける。



「は、はい。お父様……」



 意を決したように顔を近づけるミトロ。

 目はうす目になっている。



「……ぁ」



 唇が震える。



「……はむ」



 震える唇と胸板が何度か接触すると。

 ミトロは乳頭を口の中に含んだ。



「……!」



 久々の感覚で、俺は少し反応する。



「あぇ……」



 ミトロは唇で包んだ、俺の乳首に向かって。



「は……はふ……」



 口内でチロチロと舌先を伸ばす。



「ち……えろぉ……」



 一度、乳首に舌を接触させ。

 舌先で軽く乳頭をねぶる。



「えろ……ん。れろ……」



 そして、一度舐めとると。

 後は堰を切ったように集中して舐め続ける。



「……」



 俺は久々の感覚に少し驚いたが。

 熱心なミトロの姿に落ち着きを取り戻す。



(やっぱり……俺の子供なんだな)



 その必死さに、赤ん坊の頃のミトロを思い出す。



「ちぅ……んちゅ……う」



 感慨をよそに、口をすぼめて吸い続けるミトロ。



「……」



 俺はミトロの頭を撫でた。



(俺が異世界転移した時、場所は敵モンスターの巣だった)



(毎日、毎日強姦され。身体もそれ用に造りかえられた)



(沢山の……娘と息子ができた)



(隙をついて脱出をする時……彼女たちの存在を忍びなく思った)



(世話をするうちに、置いて逃げることは出来ないと考えたからだ)



(俺は彼らを連れて逃げた)



(身体は取り返しのつかない障害を負ったが……残りの人生は娘と息子の為に使えれば、と思う)



「……」



 乳腺が暖かくなり、液が染み出す。



「ちぅ……ちぅ……」



 ミトロは熱中して、それを吸っている。



「……」



 俺は愛おしくなって、また頭を撫でる。



(この世、最もの悲劇が。愛が報われぬ事と言うなら)



 指先をさらさらと銀髪が注ぐ。



(授乳という行為は。唯一物質的に愛が確認できる行いなのだろう)



「……」



 ちゅくちゅくと開く、唇の動きを見る。



「んぅ……ちゅぱ、ちゅみ……」



 柔らかい唇で、柔らかい乳頭を揉む。

 ミトロは安心して子供に戻ることが出来たようだった。


*************************************



「……」



 ミトロはぼんやりとした目で、家の天井を見た。



「起きたかい?」



 気づくと、長椅子。

 俺の太ももを枕にして、ミトロは眠っていた。



「お父様……私、眠ちゃったんですね」



 ミトロは顔を見て、呟く。



「ああ。小一時間ね。今日は泊まっていくだろう?」



 俺は時計を見た。

 針は夜遅くを指している。



「いえ……明日も訓練なので。今日は帰ります」



 むくりと起き上がるミトロ。



「そうか。じゃあ焼いたパンがあるから、それだけ持って行きなさい」



 立ち上がる俺。



「ありがとう、お父様」



 お礼を言い、ミトロも立ち上がった。



「……」



 俺は台所近くの紙を取り出し。



「んく……」



 乳首を軽く拭く。



「……」



 ミトロは無言で黙々と鎧を装着している。



「……」



 後ろから、鉄のぶつかる音だけが聞こえる。



(……子供達に依存しているのは、自分かもしれないな)



(奪われた人生を、子供達の活躍と重ねて晴らそうとしている)



(例えそうだとしても、子供の喜びは自分の喜びだ)



「……」



 俺は密かに手を合わせる。

 右手にごわごわとした物を触る感覚が伝わる。

 初めて神に祈った。



(できれば、子供達の人生に幸多からんことを――)

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