或る看守の悔恨

 わたしは、自分を死の淵から救い上げてくれたヴィレムスを、そのまま捕縛いたしました。ヴィレムスは抵抗はしませんでしたし、はっきりとこれを申し上げておかなければならないのですがその前に、そのときのわたしの心には、再洗礼派は憎むべき敵なのであるという思いが確かにあったからです。

 ご存じの通り城に戻ったヴィレムスは元の牢獄には戻されず、城のもっとも高い塔の最上部に足枷を付けて幽閉されました。その場所を担当する牢番はわたしではありませんでしたから、わたしにはどうすることもできませんでしたし、また別にどうしようというつもりもありませんでした。そう、わたしはあの男に命を救われたというのに、ついに感謝の言葉一つ伝えぬままでいるのです。

 やがて、ヴィレムスの処刑の日がやってきました。強い木枯らしに吹きさらされる、寒い一日でした。ヴィレムスは火刑台に括り付けられ、そして火が放たれましたが、木枯らしのために火はたびたび吹き払われ、ヴィレムスはなかなか死ぬことができませんでした。それを見て、観衆たちは処刑人の手際の悪さを罵り、そしてヴィレムスが苦悶の呻きを上げるのをせせら笑いました。……今は悔恨の限りではありますが、私もその観衆の中の一人でありました。しかし、それでもやがて、ヴィレムスは火刑台の上で死にました。また、盛大な歓声が観衆たちの間から上がったものです。それくらい、再洗礼派というものは当時も、そして今も憎まれていますからね。

 あれから、随分と年月が立ちました。わたしは年を取りました。娘は健やかに育ち、やがて嫁に行き、嫁入り先で子も儲けました。今も、時々孫を連れてわたしに会いにやってきます。わたしの生涯は、一介の牢番のそれとしては幸福なものであったと言えるでしょう。もしもわたしが聖人の血を流した罪人であるのだとしても、少なくとも主なる神は、わたしを現世において罰するようなことは決してなされませんでした。それは誓って申し上げます。

 しかし。あるとき、私はいかずちに打たれたように閃いたのです。わたしのこの幸福な一生は、結局のところ、わたしが自らの手で死に追いやったヴィレムスのおかげによるものであり、そしてそれ以外の何物でもないのだと。


 主よ。わたしは罪を犯したのでしょうか。罪のない人の血を、我が人生の幸福という名の、三十枚の銀貨と引き換えにしたのでしょうか。


 神父様。一つだけお願いがあります。もしもわたしについて、誰か将来問う人があったならば。あの看守は、最後まで何の悔恨も抱かず、何の反省もせず、ヴィレムスに対して一縷いちるの感謝も抱かず、忘恩のままに死んでいったと。そう伝えていただけないでしょうか。


 ……この愚かな老爺ろうやの願いを聞き届けて頂き、有難うございます。以上、わたしの話は、ここまででございます。

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ディルク・ヴィレムスの殉教 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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