疑惑‐③

他に車の見当たらぬ深夜の国道に、エンジン音が木霊こだまする。

川瀬の自宅目指してアクセルを吹かしながら、俺は物思いにふけった。


フルフェイスが、川瀬邸を監視していたのは間違いない。

それが邸外で無いとすれば、残るはという事になる。

つまり、屋内にあるにより、俺の言動は筒抜けだったのだ。


だがこの場合も、装置を介する送受信電波は、レフティがしっかりキャッチするはずである。


たった一つの例外を除いてだが……


それは、通信手段がだった場合だ。


空中を飛び交う電波は無条件で拾えるが、配線を通して流れるものはそう簡単にはいかない。

監視装置の金属反応は探知できても、それが通信機器かどうかを判別するには、直接接触する必要があるからだ。

通常、一軒の家屋に使用されている配線器具の種類は、数百に上ると言われている。

最強のコンピューターと言えど、その全てを短時間で掌握するのは至難の業なのだ。


会話を漏れなく傍受するには、複数箇所への設置が必要となる。

それも、康子に気付かれない場所でなければならない。


常に定位置で、接触頻度の極端に少ない場所……


成彦のコレクションの詰まったキャビネット──

床の間の掛け軸──

書斎の本棚──


つまりこれらが、最有力候補となる訳だ。

奴はそこに監視装置を仕掛け、俺の動きを捉えていたに違いない。


そしてそれが分かった時点で、俺はすぐにでも引き返す必要があった。


理由は二つある。


一つは、監視装置の撤収を阻止するためである。


奴の用心深さは実証済みだ。

俺の殺害未遂により、監視装置を全て回収する事は容易に想像できる。

そうなる前に、何としても見つけ出したい。

先に入手できれば、発信源を逆探知できる可能性があるからだ。


そしてもう一つの気掛かりは、川瀬康子の安否だ。


今回の襲撃では、成彦殺害の有力容疑者との接触があった

この件を機に、再捜査が本格化する事は必須だ。

当然、成彦の身辺も徹底的に洗い直される。

俺を仕留めていればまだしも、失敗に終わった以上擬装工作は通用しない。

そうなると、手掛かりとなるもの全てを抹消しにかかる恐れがある。


その場合、真っ先に標的となるのが妻の康子だ。

これまで放置していたのは、手を出して要らぬ疑いがかかる事を避けていたのだ。

代わりに、監視装置を使って見張っていた。

だが俺の殺害未遂により、のんきに構えていられなくなった。

余計な事を喋られる前に、始末しようと考えてもおかしくない。


康子の身が……危ない!


子を失い、夫を失い、更には自らの身にも危険が及ぼうとしている。


それは、あまりにも無慈悲だ!


彼女の背負った負の連鎖を断ち切らねば……


せめて、残りの人生は安穏なものにしてやらねば……


俺の無骨な正義感が、そう叫んでいた。


廊下を弱々しく歩く康子の後ろ姿が、俺の脳裏にフラッシュバックする。


俺は唇を噛み締め、アクセルを目一杯踏みこんだ。



*********



川瀬邸は、暗闇と静寂に包まれていた。

どの窓にも、明かりは灯っていない。

周辺には街灯が無く隣家からも離れているため、無灯の状態だと廃屋と見紛みまがう景観だ。


夜間というのに外門が開け放たれている事に、俺は胸騒ぎを覚えた。


「レフティ、周囲に異常はないか?」


俺は、すかさずレフティに確認した。

俺を襲った例のワゴンが潜んでいないかと辺りを見回す。

この短時間で再び襲来するとも思えないが、脇腹のうずきが俺の神経を過敏にしていた。


『今のところ反応はありません』


レフティが即答する。


「そのまま監視を続けてくれ。それと邸内の探査も行ってくれ」


俺はそう指示すると、神経を張り詰め敷地内に踏み入った。


玄関に向かう石畳も薄暗いが、左右に広がる庭園は更に暗く、殆ど判別出来ない。

俺は、内ポケットからサングラスを取り出した。

例のカーナビ付きのヤツだ。

実はこいつには暗視機能も搭載されていて、月明かりでも日中並みに視認する事が出来る。

全く便利なアイテムだ。

装着すると、今まで見えていなかった庭の全景が浮かび上がる。


『邸内に、生体及び動体反応はありません』


探査を終えたレフティの報告に、俺は眉をしかめた。


生体反応が無いだと!?


川瀬康子は、!?


まさかあんな状態で、しかもこんな夜更けに出掛けるとは思えない。

だが、生体反応が無いという事は、中にはという事だ。


心臓の鼓動が、一気に胸部を打ち始める。


康子の青白い顔が、眼前にチラついた。


俺は嫌な想像を無理矢理抑え込み、彼女の安否確認を優先する事にした。

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サウスポー・ブレイカー マサユキ・K @gfqyp999

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