疑惑‐②

やはり、あのフルフェイスが殺害犯か……


俺の疑惑は、もはや確信に変わっていた。


次こそ必ず捕まえてやる!


闘うべき対象が明確になった事で、再び俺の闘志に火がつく。


必ず、どこかに手掛かりがある筈だ……


どこだ!?


俺は深呼吸をして気を静め、今一度状況を整理してみた。


今回の一件、成彦のパソコンが鍵を握っているのは間違いない。

そして、それは奴が復職した日を境に行方不明となっている。

もし第三者がそれを持ち去ったのであれば、その理由は何だ?


最も可能性の高い答えは一つ……


そこに、が入っていたという事だ。


勿論、成彦自身がパソコンを隠匿した可能性も残っている。

実際俺は、武装ドローン開発は奴の休職中に行われたと考えていたのだ。

だが康子の話を聞く限り、子供を亡くした直後の成彦にそんな事が出来るとは思えない。

まともな精神状態では無かったからだ。

これについては、主治医の証言もある。

パソコンに入り浸った事も、情緒不安定のゆえの逃避行動とすれば筋は通る。

となると、奴には隠匿する理由が無くなる訳だ。


やはりここは、第三者の介入を疑うべきである。


では、一体誰が?


もしかしたら、これもの仕業なのか!?


俺の脳裏に、再びフルフェイスの姿が蘇る。


何の感情も読み取れない、能面の顔が……


あのパソコンの中に、奴にとって都合の悪いものが入っていたに違いない。


一体、それは何だ?


そしてなぜ、成彦のパソコンの中なのだ?


パソコンの回収だけが目的なら、わざわざ成彦を殺害する必要もあるまい。

こっそり盗む手段などいくらでもあるし、実際に今は行方不明となっている。


しかし……成彦は殺された。


なぜだ!?


俺はしばし熟考した後、一つの仮説を立ててみた。


フルフェイスは、成彦をドローン製造の仲間に引き入れようとしたのではないか?


俺の筋書きはこうだ──


フルフェイスが成彦のパソコンに、ドローン製造に関する計画を送る。

その上で、金品か脅迫を用いて協力を要請する。

しかし、成彦に拒絶されてしまう。

やむなく、奴は口を塞ぐため殺害する。

そして計画漏洩を防ぐため、データの入ったパソコンを回収する。


これなら、パソコン紛失、成彦殺害、ドローン製造の三点が結び付く。

成彦が開発に関わっていないのであれば、これが最も妥当な推測に思えた。


勿論、まだ確証と呼べるものは無いが……


それと、俺にはもう一つ腑に落ちない点があった。


フルフェイスの奴が、川瀬邸に現れた事だ。


もし仮説が正しいとするなら、成彦の口封じとパソコン回収を終えた今、のこのこやって来る意味は無いはずだ。


現に、俺が川瀬邸を訪れた時はいなかった。


奴が現れたのは、暫く経ってからだ。


ということは……


ふいに、俺の中に答えらしきものが浮かんだ。


まさか……理由は、俺か!?


俺の訪問が、奴を呼び寄せたのか?


俺は、思わず唇を噛み締めた。


現に、奴は俺の命を奪おうとしたではないか!


嗅ぎまわる俺が目障りだったのか、或いは何か手掛かりを掴んでいるとでも思ったのか……


理由は分からんが、とにかく俺が邪魔だったのだ。


「だが……待てよ?」


俺は、無意識に呟いてしまった。


奴は、どうやって俺の訪問を知ったのだろう?


以前のようにドローンを使って滞空監視していたのなら、強化されたレフティの探査網に引っ掛かる筈である。

周辺の建物や、地上からの監視でも同様だ。

どう考えても、レフティの目をかい潜る事は不可能だ。


他に何か手段があれば別だが……


そこまで考えて、俺はハッとした。


銀食器の飾られたキャビネット、床の間の掛け軸、書斎の本棚などの映像が唐突にフラッシュバックする。


くそっ、そうか!


なぜ、気付かなかった!


俺はベッドの布団を撥ね退けると、床に降りながら服と靴を目で探した。

恵子が一瞬驚いた顔をしたが、すぐに肩をすくめて立ち上がった。

そのまま奥のキャビネットまで行き、俺の洋服と靴を手に戻って来る。


「また、お出かけ?」


恵子はベッドに服を置きながら、にこりともせずに言った。


「ああ……確認したいことがある」


俺はぽつりと答えると、せわしなく身支度を整えた。


「もう一度、川瀬の家に行ってくる」


その台詞を聴いた途端、恵子の表情に影が走った。


理由は分かっている。


俺が再び襲われる事を危惧したのだ。


フルフェイスが、またやって来ないとは言い切れない。

もしまた攻撃を受ければ、今度こそ生きてはいまい。

今このタイミングで再訪することがいかに危険か、恵子も十分認識しているのだろう。


「……行く前に、装備調達課プロクメントで準備していくさ」


装備調達課プロクメントとは、銃器類や潜入備品を揃えるための部署だ。


俺とて、無駄に命を落とすつもりは無い。


それに仕事とは言え、この女性には何度も治療してもらった恩義がある。

ここでその労を無駄にするつもりも無い。


俺は安心を誘うため、柄にもなく笑みを浮かべた。


「もう怪我は勘弁してよ。私はあなたの専属じゃないんだから」


俺の一言が効いたのか、恵子の口調がいつもの調子に戻る。


やはり、こうでなくては調子が狂う。


俺も、いつも通り一瞥いちべつをくれただけで病室を後にした。

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