疑惑‐①

「退院した日に、また大怪我するとはね……」


俺の脇腹の包帯をチェックしながら、恵子が呆れたように言った。


「自分のSRを過信し過ぎよ。あなた免疫システムが特異だというだけで、別に超人でも何でもないんだから……しまいには命を落とすわよ」


遠慮のない脅し文句が、耳に突き刺さった。

心配とは程遠い物言いだが、包帯を触る手付きには最新の注意が払われている。

その後さらに何か言いたそうだったが、結局何も言わずプイと背中を向けてしまった。


「傷口の状態はどうだ?川瀬成彦の殺傷痕と照合してみてくれないか」


俺は、ベッドから身を起こしながら言った。


自力でどうにか帰還してから、二時間は経っている。

すでに傷口は縫合され、沈痛剤のおかげで痛みもほとんど無い。

ここで礼の一つも言うのが筋だろうが、生憎あいにくとそんな余裕は無かった。

自分の怪我の状態より、成彦殺害の凶器と同じものかどうかが知りたかった。


あの時、俺を襲った凶器の正体は今でも分からない。

レフティの分析は機能せず、レコーダーの映像にもノイズが入ってしまっている。

いずれも、相手の遮蔽工作によるものだ。

唯一判明しているのは、とてつもなく速くて高熱を放つもの、という俺の体感記憶だけだった。

だからこそ俺の負った怪我そのものが、凶器特定の唯一の手掛かりなのだ。


「裂傷の深さは大したことないわ。恐らく表皮をかすった程度でしょう。問題なのはの方ね……」


「熱傷?」


オーム返しに呟く俺の言葉に、恵子は小さく頷いた。


「容態レベルは深度三といったところね。かなり深部の神経組織まで損傷を受けている。掠っただけでこれだけの熱傷を起こすには、最低でも数百度の高熱じゃないと無理だわ」


真剣な眼差しの俺にちらりと目を向けると、恵子はカルテを見ながら説明した。


数百度の……熱……!?


唐突に、真っ赤に焼けた鉄ゴテのイメージが浮かぶ。

炎で先端を加熱する、鉄製の器具だ。

昔は金属の加工などに使われていたが、今ではほとんど見かけない。

確か、先端部がとがっていたように思うが……


鋭利な高熱を放つ凶器──


あの怪しげなフルフェイスが使用したのは、そんな鉄ゴテのようなものだったのか?

それを窓ガラスを割ると同時に、俺にのだろうか?


いや……


いくら何でも、それは無い。


あれほど高度な遮蔽工作を施す奴が、そんな原始的なものを凶器にするとは到底思えない。


俺は頭を振り、その突拍子もない妄想を打ち消した。


「川瀬成彦の殺傷痕との照合は、今解析班が行っているわ。じき連絡が来ると思うけど」


恵子の言葉を遠くに聴きながら、なお俺の中では凶器についての憶測が渦巻いていた。


レフティによる傷痕解析では、長さ五十センチ、直径十五センチの円錐形というのが凶器の推定形状だった。

これは、警察の検死報告とも一致している。

また高熱を放つ事から、何らかのエネルギー変換機能を有しているとみて間違いない。

レフティの報告には、その殺傷力は数百キロの重量物を持ち上げるに等しいとあった。

俺が襲われた時の驚異的な速さや、至近距離から車窓を突き破ったパワーなどは、まさにそれを裏付けている。


以上の事から、そいつは物理攻撃とエネルギー攻撃両方の特性を兼ね備えたハイテク兵器であると考えられる。

並大抵の武器商人が扱える代物じゃない。

つまり川瀬の殺害は、町のごろつきや精神異常者などによる偶発的犯行では無いという事だ。

もっと頭の良い奴が用意周到に準備し、計画的に行ったものに違いない。


それに、あの姿……


俺の脳裏に、フルフェイスの様相が蘇る。


シールドが無く、人相はおろか目の位置すら確認出来なかった。


何故、あんなものを被っていたのか……


単に顔を隠すだけなら、もっと軽量で便利なマスクは幾らでもある。

近年の覆面犯罪で増えているのは、人面を型取ったゴム製のフェイスマスクだ。

軽くて呼吸も楽だし、カムフラージュにも最適だ。

それに引き換え、あのフルフェイスではかなり動き辛いはずである。


覗き穴らしきものは無かったが、中から見えていたのだろうか?


攻撃の正確さからみて、相手の位置は認識出来ていたようだ。


ひょっとして、内臓カメラ搭載か?


いずれにせよ、あの服装がただのハッタリで無い事は確かである。


負傷した俺をじっと眺める様子が蘇り、背筋に冷たいものが走った。


『解析班より通信があります』


頭に響くレフティの声で、俺の瞑想は中断した。


「モニターに映してくれる」


俺同様レフティの声をキャッチした恵子が、ベッド脇のパソコンに顔を向けながら言った。


『分かりました』


返事と共にモニターが起動し、レフティの遠隔操作が始まった。

画面上を滑るカーソルが、届いたばかりのファイルを次々と選択していく。

映し出されたのは、サイズや撮影方向の異なる殺傷痕の複数画像だった。

どうやら俺と川瀬のものらしい。


「鑑識レポートも見せて」


恵子はちらりと画像に目をやると、矢継ぎ早にレフティに指示を出した。

配色されたグラフや英文の並んだレポートが、次々と切り替わっていく。

恵子は画像とレポートを凄まじい速さで確認し、俺の方に向き直った。


「結論から言うと、同じ状況下でつけられた傷痕と言っていいわね。鑑識結果では、ほぼすべてのチェックポイントが同一のものと判定されている。特に、高熱による熱傷形状は完全に一致しているわ」


やはり、同じ凶器か!


川瀬も俺と同様に、あの超高速の【謎の凶器】によって瞬殺されたのだ。

争った形跡や苦悶の表情が無かった事も、これで説明がついた。

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