第46話 森の中で
魔術正教の信徒から逃げ切った僕は、鉄山皇国近辺の森で身を潜めていた。
僕を、空飛ぶ不思議二輪車で救い出してくれたゼンズフトと二人っきりのこの空間。
何故か僕らは見合って動く事はなく、虚しく鳥の囀りだけが鼓膜を揺さぶった。
勿論、僕は彼に聞きたいことがあった。
なぜ僕を助けてくれたのか、これに尽きる。
だが、彼から発せられる負のオーラが、喋りかけるなと言っている様で、僕からは踏み出せなかった。
不思議二輪車に背を預け、体育座りのゼンズフト。
対面で正座の僕。
かれこれ見つめ合う時間が二十分を過ぎた頃、漸く彼が口を開いた。
「……大丈夫っすか? 怪我、とか」
「え、あ、うん」
「そうっすか」
会話終了。
まさかその一言を絞り出すのに二十分もかかったというのか。
コレでは次の会話が始まるのにまた二十分かかってしまう。
だから、
「あ、あのさ! なんでゼンズフト君は僕を助けてくれたのかな……なんて」
僕からの会話を試みた。
コミュニケーションはどちらかが踏み出さなくては一生始まることのない螺旋階段の様なもの。
きっと相手が喋るだろうと双方が同じ方向を走る限り、一生追いつく事はない追いかけっここそ、コミュニケーションの正体だ。
ここはゼンズフトの負のオーラが多少怖くとも、話しかける事こそ吉と見た。
「それは……それが俺の使命だからっす」
意外な事に、ゼンズフトは目を逸らしながらも話しかけに応じてくれた。
しかし言葉の意味は理解出来なかった。
「使命? でも僕と君はあったばかりだよね?」
「出会う前からそれが俺の使命だったんす」
出会う前から使命だった。
その言葉が意味する事は僕を守るのは彼の意向ではないという事。
つまり、
「じゃあ命令って事? 誰からの?」
「それは答えられないっす」
「……どうして?」
「守秘義務があるっす。俺の主人は名前も……守る理由も伝えてはならないと、そう言ってたっす」
「でも何で今更になって? 二次試験までの一ヶ月間、僕は君をチラリとも見なかったけど」
「それはつまり二次試験からその命令が下ったって事っす。それまではまず、学園の敷地や施設の把握に徹しよとの伝達したっすし。あぁ、これは言うなとは言われてないから言っただけで、あんたを守る理由は言わないっすよ」
徹底した忠犬ぷりであった。
誰が主人なのかは欠片も分からないが兎も角、彼は僕を守るべくして守ったと言う事だ。
「そっか、ありがと」
「礼を言われることじゃあ、ないっすよ」
ゼンズフトは気まずそうに目を逸らして言う。
それはきっと、自分の意思じゃあ無いのだから礼を言う必要はないと、そういうことなのだろう。
それでも彼が守ってくれた事実は変わらない。
だから、
「うん、でもありがと」
素直に感謝を述べた。
ゼンズフトは恥ずかしいのか頬を染めて、
「で、でも何で襲われてたんすか?」
と話を逸らす。続けて、
「魔術正教が襲って来るなんて、彼らの神や信仰を冒涜でもしない限り、ないと思うんすが」
「教本を落とした子供が大司教から罰を受けそうになってて、それを助けちゃったから、大司教が怒ったんだ。それに……」
「……?」
「僕の名前を教えた途端、血相を変えたんだ。少なくとも学外じゃ、そんなに有名じゃあんだけどなぁ」
「名前を聞いて……」
僕の言葉を聞いて黙り込むゼンズフト。
どうやら心当たりがあるらしい。
「それは多分……ブライトハイライトの友人、というのが関係してると思うっす」
「ブライトハイライト……って、ティアだよね? それはまたどうして……」
「魔術正教は魔術を至高とする宗教団体っす。中でもティア・ブライトハイライトはその魔力適性の高さから神格化されてると聞くっす。そのブライトハイライトのご子息唯一の友人が、魔力適性ゼロのクラールハイトさんと聞きゃ、彼等は死に物狂いで殺しにくる筈っすよ」
「う……、ここでも魔力適性ゼロを突いてくるのか。最近はあんまり目をつけられないと思ってたけど、そんな事はやっぱり無いんだね」
だが合点は行った。
どうして大司教が僕の名前を聞いた途端、怒りを露わにしたのか、その理由が。
「確かに盲点だったすね、目を付けられてるとは思ってましたがそこまでとは……。最近は三次試験に向けて、学園内部の魔術正教過激派が活動を開始してるみたいっすし、気をつけてくださいっす。さっきみたいにいつでも助けられるってわけじゃあないんで」
「う、うん。それは本当にありがとう」
ジッと目で訴えてくる圧力。
地味に恐怖を感じた。
「因みに襲って来た大司教って、誰すか? 参考までに教えて欲しいっす」
「えっと、ヴァリッド大司教だったよ」
「ヴァリッド……あぁ、アイツっすか」
有名人の大司教をさも旧知の友人の様に呼び捨てにするゼンズフト。
「有名な大司教とは聞いてたけど、その態度。知り合い、なの?」
「知り合い、じゃあないっすけど大司教なんて別に敬う程のアレでもないっす」
なんだか想像した以上にひねくれた回答だった。
本人的にあまり大司教に好感を持っていないのかもしれない。
「それに、大司教なんて三人しかいないっすから有名なんて言っても知名度は大して変わらないっす」
「へぇーそうなんだ」
「ヴァリッド、アルディ、パスカル。この三人が大司教で、総司祭ダッドが魔術正教一の権力者っす。ダッドの方が何倍も凄いっすよ」
それでも呼び捨てなんだ、とは決して突っ込まない。
「にしてもヴァリッドっすか。ヴァリッドと言えば、その卓越した武術と珍しい魔法が有名っすけどね」
卓越した武術と言う言葉を聞いて、僕を爪先で蹴り飛ばしたあの怪力が思い浮かんだ。
今でも気を緩ませるとズキズキ鳩尾が痛む。
確かに、武術はやっていてもおかしくない。
「珍しい魔法ってどんな魔法なの?」
「ええっと、
「魔法を使えなくする魔法……?」
「はい。確かっすけど……それがどうかしたっすか?」
その魔法には心当たりがある。
僕が“
だがそれは──ヴァリッドではなかった。
「それは本当にヴァリッド大司教の話なの? 他の人とかじゃあ」
「いや、確かにヴァリッドの筈っすよ。他の大司教の魔法も知ってるっすから」
「そ、そうか……」
であれば、あの白金はなんなのだろうか。
大司教は自らをヴァリッドと名乗っているし、疑う余地は無いのだが。
これは自分で調べるしか無いかもしれない。
「まぁ、気になるなら学内にいるっすし、こっそり調べてみるっすよ」
「そうか。頼めるなら頼もうかなって、えぇっ!? 大司教勇者候補生なの!?」
「そうっすよ。因みに、アルディ大司教って言うのも候補生の筈っす」
将来有望な能力の高い人間を集めるのは理解していたけれど、まさかその範囲が大司教まで及んでいるとは思わなかった。
しかし、勇者学園設立の中心に魔術正教がいる以上、至極当然の話かもしれない。
「にしても、ゼンズフト君は物知りなんだね……」
「まぁ仕事上、色々調べ物してるっすから。メールとかもひっきりなしに来ますし……」
「そっか。メール……あ、メール!!」
ゼンズフトの言葉で思い出す。
僕はそもそもティアとのデートで、鉄山皇国の城下町に来ていたのだ。
ティアを置いて一人で逃げて来た。
それに日も暮れ始めた、きっと心配しているに違いない。
詫びの一つでも入れなくては、とメールボックスを開いて一件のメールが来ている事に気付く。
そこには纏めると、用事が出来たので帰ると野連絡が来ていた。
ほっと胸を撫で下ろす。
どうやら僕がティアに迷惑をかける様な事はなかった様だ。
「どうかしたんすか?」
「あ、あぁ。いや、問題はないよ。でも、一つ、良いかな?」
問題はない。
問題はなかったけれど、良い機会だと思った。
目の前には今までの話からも分かる、情報通がいる。
実際には誰もが知っている情報かもしれないけれど、誰もが知っているティアの情報を知らない僕の望む答えを、彼なら知っているかもしれないと考えたから──僕は、訊いた。
「ティア・ブライトハイライト……彼女について訊きたい事があるんだ」
魔力適性ゼロの勇者候補生 UMA20 @mutosasao
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