第3話 空腹・オブ・ザ・デッド
もはや自分が走っているという感覚すら薄れ始めた。
腰から下の運動を、どこか冷静に眺めている自分がいる。
ただ、疲労とは違った、何かに襲われていることは確かだ。
Z氏は、気持ちの悪い冷や汗で、シャツがじわじわと濡れていくのを感じた。
恐らく、それは空腹によるものだ。
何しろ、この5日間、雑草めいたものと水分との他には、何も口にしていないのだ。
これが7日目ではなかったことが、せめてもの救いだ。
後方からは、相変わらず、女性指導員の狂ったような絶叫が迫ってくる。
両者の間の距離も、依然として変わらない。
否、どちらかと言えば、縮まりつつあるような気がする。
しかし、もと陸上部の健脚を相手によくやっている方だ。
朦朧とするZ氏の視界の先に、大きな木の板が見えた。
「案内板!?麓だ!!」
下山した喜びで、Z氏の全身に活力がみなぎる。
両側を樹々に覆われた山道を、麓に通じる最後の道を、一気に駆け降りた。
眼前に、千切れ雲一つない青空が広漠と広がった。
初秋の風が、冷や汗のしたたる頬や首元を、涼しく撫でてゆく。
Z氏は、速度を徐々に緩め、やがて走ることをやめ、歩き出した。
疲労のためではない。
空腹のためでもない。
目の届く限りの、村のあちこちから、のろしのような煙が上がっている。
Z氏は、呆然自失して、その場に立ち尽くした。
田畑や民家に車が無遠慮に突っ込んでいる。
道路のここかしこに、人が倒れている。
髪を振り乱した人達が、絶叫しながら、病的な速度で走り回っている。
悲鳴を上げながら逃げ惑う人達がいる。
「何が、起きたんだ・・・」
そう自問しかけた瞬間、すぐ背後に女性指導員の叫喚が迫った。
「ガアアアアアアアアア!!!」
Z氏は、ほとんど反射的にその場にかがんだ。
背中に強い衝撃が走る。
頭上を女性が飛んでいき、ドサっと地面に落下した。
Z氏は、かがんだまま、出来るだけ呼吸を抑えて、様子を見守った。
埃まみれの女性が、クネクネと起き上がり、妙な姿勢で揺れている。
Z氏の姿は視界に入っているはずだが、なぜか襲っては来ない。
やがて、混沌とした村の方へ向かって、蹣跚と歩き始めた。
Z氏は、全身の力が抜けたように、その場に仰向きに倒れ込んだ。
目をつぶると、人々の叫び声が、遠くから、近くから、聞こえる。
そこに、自身の粗い息遣いの音も加わる。
こんなに全力疾走したのは、高校の部活以来だ。
Z氏は覚えず苦笑した。
「お腹すいたなあ・・・」
Z氏には、もはや立つ気力も体力も残っていなかった。
断食合宿、お疲れ様。
そのまま、Z氏は意識を失った。
バッグパッカー・オブ・ザ・デッド 挨拶表現 @niku_udon
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