【声劇台本】サクラアンドロイド(2:2)

アダツ

サクラアンドロイド

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注意書き

・《》内は場面説明です。文章は読まず、BGM・SE等の指標としてください。

・同様に、()内も演技の指標としてください。

・人物名+Nはナレーションです。


-----【コピペ用】-----

サクラアンドロイド

作者:アダツ


弘樹♂:

早苗♀:

ムラサキ♂:

サチ♀:

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ここから本編↓

____________________________


サクラアンドロイド


《時期は夏休み。早苗の家が営む喫茶店。扉が開き、カランカランと鈴が鳴る。》


弘樹:おー……す。あれ……。


早苗:弘樹じゃん、いらっしゃい。……ああ、サチね。


弘樹:奥か?


早苗:うん、今呼んでくるね。カウンターに座ってて。いつもカフェモカだったよね?


弘樹:いや、ちょっと考える。まったり待ってるわ。


早苗:はいはい。(奥に声をかける)サチー! ご指名。


弘樹:おい、茶化すな。


早苗:いーでしょ、ホントのことなんだから。


サチ:お呼びでしょうか。


早苗:はいはい、これメニュー表持って! んじゃアタシは裏で事務やってるから。


サチ:事務ならば私のほうが効率良くやれると、いつもなら早苗様がおっしゃって……。


弘樹:あー! ごめん、その、頼めるかな。


サチ:そうですか。では、こちらをどうぞ。《メニュー表を渡す》


弘樹:……カフェモカで。


サチ:かしこまりました。


《サチがカフェモカを淹れる》


サチ:どうぞ。


弘樹:ありがとう、いただきます。(ずず、とカフェモカを一口飲む)


サチ:お口に合いますでしょうか。早苗様に何度かご教示頂いているのですが……。


弘樹:うん! おいしいよ。「何度か」って、サチさんだと普通一回でいけるもんなんじゃないの?


サチ:それはそうなのですが……。


弘樹:あー……。アイツ適当だからなあ、あんな性格だし。どうせ、「ぐわっ」「シュッ」とか言ってんだろ。


サチ:そのほかにも「ズズズ」「バキューン」などバリエーション豊富です。


弘樹:どうやったらそんな表現出てくんだよ……。


サチ:ふふふ。一回では覚えられないこともある。他のアンドロイドたちにも教えてあげたいですね。


弘樹N:介護用人造人間『アンドロイド』がこの世に普及して五年が経とうとしている。物珍しさは未だ抜けないが、店番をしたり人の後ろに連れ歩いていたり、確実に一般庶民にも浸透してきている、そういう雰囲気を俺たちは感じ取れていた。


サチ:ムラサキ様はお変わりありませんか。今日はお連れではないのですね。


弘樹:ん、ああ。いまは母さんと買い出しに行ってる。新しいスーパーができたからね。


サチ:あら、弘樹様、抜け出してきましたか?


弘樹:ご名答。


サチ:もしかして『スーパー・カシワ』ですか。


弘樹:そう! 行ったことある?


サチ:少し歩きますが、『カイヨー』とはまた違った品ぞろえで良かったですね。オープンしたてでセールがあってたので、人が多かったのが少し大変でしたが。


弘樹:そうそう。


サチ:ふふふ。ここでくつろいでいていいんですか? 前みたいに後ろから付けてなくて。


弘樹:俺はもうそんな過保護は卒業しちまった。サチさんも息苦しいだろう、ずーっと俺らに見張られてるってのは。……ほら、今も。


《弘樹が目配りすると、カウンターの隅のほうからこちらを覗く早苗がいた》


サチ:早苗様。


早苗:……これは違うから。過保護ってわけじゃないんだからね。


弘樹:やらしい奴め。いや、むしろ分かりやすくて楽だな。


早苗:アンタねえ……気を利かせてやってるんだから少しは感謝したら?


弘樹:覗き見してる奴に言ってもなあ?


サチ:ふふふ。本当に仲が良いですね。


弘樹・早苗:ちがう!!


《店の扉が開く》


ムラサキ:やはりこちらにいましたか。


サチ:ムラサキさん。いらっしゃいませ。


ムラサキ:サチさん、お疲れ様です。


弘樹:お前、買い出しは?


ムラサキ:無事済ませましたよ。今度は弘樹様を逃がすなとのことで。


弘樹:ゲッ。


早苗:なに、アンタ何かしたの?


弘樹:母さんと二人で行きゃいいのにさ。


早苗:よくわかんないけど、アンタんとこのお家結構お固いからね。普段の行いじゃない?


ムラサキ:弘樹様と一緒にいると、知見が広がって私は楽しいですよ。


弘樹:それ。俺があらぬところに連れまわしてるみたいじゃねえか。いやまあずっと一緒にいるからそうなるんだが。


サチ:あら、私もご一緒してみたいです。いいでしょうか早苗様。


早苗:ダーメ。下手に変なこと教えられたらたまったもんじゃないわ。せっかくこんな上品になったのに。


弘樹:この過保護め。


早苗:うっさい!


サチ:大丈夫です。早苗様はご冗談をおっしゃっているだけですから。


早苗:(ため息)……ほんと、アタシってみんなからお見通しなの? そんな分かりやすいかなあ?


サチ:私は愛嬌があって良いと思います。


早苗:むあ! 馬鹿にされてる!


ムラサキ:それも早苗様の魅力のひとつですよ。


早苗:うーん……そ、そうかなぁ……。


弘樹:お前は本当ムラサキにちょろいな。イケメン長身なら何でもいいんか。


早苗:アンタ黙りな??? ムラサキくん早く連れて帰って!


ムラサキ:怒らせちゃいましたね。


弘樹:一足早い退散とするか。サチさん、また来ます。早苗も、あんまカリカリすんな。


早苗:誰のせいよ!


ムラサキ:お邪魔しました。お二方。


《弘樹とムラサキが店を出る》


早苗:まったく。アイツはあんな調子で大丈夫なの?


サチ:私……この時間が好きなんです。


早苗:藪から棒になに。


サチ:いいえ、なにも。



* * *



《弘樹の自宅、弘樹の部屋》


ムラサキ:こっぴどく叱られましたね。


弘樹:面倒くせーんだよ。あんたのアンドロイドなんだからーとか、アンドロイドとは何たるか、ってーのをくどくど言われたってなあ。普通、ムラサキの前で言うか?


ムラサキ:ご心配なさらず。我々もわかっておりますので。


弘樹:学校の授業でも「棲み分け」がどうとか、「人権」があるとかないとか小難しいことばっかりで、何ら核心をついちゃいない。あんたらコイツらと一緒に住んだことあるのかってイラついてしゃーねえ。


ムラサキ:弘樹様はご寛容でいらっしゃる。


弘樹:その丁寧な言葉遣い。俺は好きじゃねーんだからな。強制的にプログラムされてるとかなんとか知らねーけど。


ムラサキ:ご容赦を。


弘樹:チッ。……俺はちゃんと、ムラサキのこと大事な家族だって思ってるからな。


ムラサキ:そうやって言葉にしていただけるの、弘樹様の可愛いところだと思います。


弘樹:あー! 言って損した! ったく、もっかい抜け出そうぜ。


弘樹N:アンドロイドについては本当に多くのルールが課せられている。それはアンドロイドに対してもそうだし、彼らと共に住む俺たちに対しても。重要度の高い項目をざっくり抽出するのなら、以下の2点だろう。

・ひとつ、アンドロイドを人として扱ってはならない(非国民対象の指定)

・ひとつ、アンドロイドは必ず人間の管理できる場所に居なくてはならない(管理下における活動範囲の制限)


弘樹N:こんなルールがなければ、彼らは生きていけないのだろうか?



* * *



早苗N:実ははじめからそうだったのかもしれない。でも、その違和感に気付いたのは、この日だった。


サチ:早苗様。


早苗:なーに?


サチ:今日はどこか、お出掛けにはならないのでしょうか?


早苗:うーんと、そうねえ。材料の注文はほとんど済んだし……あ、桜田さんのハートブレッド……は明日行くって連絡してたっけ。あとは……


サチ:ふふふ。お仕事のことばかりですね。たまには息抜きも必要なのではないでしょうか?


早苗:べっつに息が詰まってるわけじゃないしー、学校終わったらアタシにはこれしかないんだからー。


サチ:遊びには行かれないのですか。例えば弘樹様あたりとは……


早苗:なんで弘樹が出てくんのよ。サチあんた勘違いしてない?


サチ:そうでしょうか。弘樹様がここに来られると、なんでしょう、この場所が少し暖かくなります。


(間)


サチ:早苗様?


早苗:え? あ、アンタでもそういうこと言うんだ……。(小声で)本当にアンドロイドって分からないわね。


サチ:もしくはボウリングなんていかがでしょう。カラオケも楽しそうですね。いえいっそ遊園地なんて!


早苗:ちょちょちょ、ちょっとまった! なにアンタ、テレビにでも影響された?


サチ:あ……申し訳ありません。


早苗:いや、謝ることじゃ――


サチ:いえ。少しだけ、早苗様を羨ましく思ってしまいました。私たちアンドロイドは、一人ではどこへも足を運ぶことが叶いません。それが当たり前であり絶対のルール――ではあるのですが、ふと、踏み外してみた道の先を想像してしまうのです。


早苗:ふーん。まあ想像することくらい自由だしね。とにかくアンタが遊びたいのは分かった。ちょっと弘樹に連絡してみるわ。


サチ:……本当に、早苗様は甘いんですから。


《場面転換:ボウリング場》


弘樹:ヒュウッ…………っしゃあ、ストライクどーよ!


ムラサキ:流石です。


早苗:弘樹、ちゃんとサチとムラサキくんにも教えてやんなよ。


ムラサキ:ご心配なさらず。ルールはインプットされましたし、弘樹様の投球フォームは3Dデータとして記録済みですので。あとはコースとボールの摩擦や空気抵抗、弘樹様との筋力差による誤差について、回数を重ねて修正していくのみです。


早苗:ほんとチートだわ……。この世のスポーツ選手は皆絶句するわね。


ムラサキ:むしろ我々に学習させて分析し、自身にフィードバックする方もいるようですね。


早苗:色々考えるのねー。


弘樹:おい、次ムラサキの番だぞ。そこまで言うならやってみろ。


ムラサキ:(笑って)仰せのままに。……弘樹様。


弘樹:なんだ。


ムラサキ:私が勝ったら、ひとつ願いを叶えていただけますか?


弘樹:急に重いな!? それ俺が投げる前に言うようなもんだろ!


早苗:珍しいね、ムラサキさんの我儘。勝負だなんて……いつもひっそり手加減なのに。


ムラサキ:早苗様。それは「しーっ」です。


サチ:……ムラサキ様。それ、私も乗っかっていいですか?


弘樹:チート共が俺を全力でボコりに来てる……。


早苗:普段の行いのせいじゃなーい?


弘樹:早苗、なんか吹き込んだか?


早苗:いや……むしろ…………。


弘樹:……? どうした。


早苗:別に。ちゃんと相手してやんなさいよ。


弘樹:あ? サチさんはお前のパートナーだろうが。


早苗:いいから!


弘樹:なんだよ、急に機嫌悪くなりやがって…………、んん? いまこれどっちが勝ってんだ?


ムラサキ:我々二人ともストライクです。


サチ:コツは掴みました!


弘樹:コツってレベルじゃねぇんだよそれもうミスらなくね!?


早苗:…………。


早苗N:この日はムラサキさんとサチの圧勝に終わった。終わって、アタシはかすかに抱いていた違和感に気付いた。もしかして、弘樹が彼らと「勝負事」をしたのは初めてなんじゃないかって。今回は珍しいことにムラサキさんが持ち掛けたけど……。それはやはり、どこか心の奥底で、なにか一線を越えるのを恐れて、アタシたちが無意識に避けてきたことなんだと思った。この日、一線を越えたんだ。


* * *


《とある日、早苗の家》


サチ:いってきます、早苗様。


早苗:ほーい。


(間)


早苗:……ん。「行ってきます」って、サチ。……サチ!? アンタ一人でどうやって――あれ? どこに……ええ? なんで、アンドロイドは一人で行動しちゃ……。


《場面転換:弘樹の家》


弘樹:んあ? 早苗?


早苗:『弘樹! サチがどっかいっちゃった……!』


弘樹:連絡はとれないのか。


早苗:『携帯とかも持たせてないし……ああもう、欲しいって言ってたのに、こんなことなら買っておけばよかった……。』


弘樹:……落ち着け。ま、普段から一緒ならその意識も薄れるわな。つーかあの高性能で通信機能がついてないほうが正直不思議だが。……そんなに長時間帰ってないのか。


早苗:『や……30分くらいだけど……でも、今までこんなことなかったのよ!?』


弘樹:お前、一人で行かせたことないのか。


早苗:『無い……ていうか法律で禁止されてるでしょ……?』


弘樹:具体的には「人間の管理下にいなくちゃいけない」って話だ。思い出せ、俺もムラサキを一人にしてたことあるだろ。


早苗:『あったっけ……あ、もしかして。買い出しで抜け出した時。……あれどうやってたの!? ねえ!』


弘樹:落ち着けって。まずはサチさんの居場所だろ。なんか行きそうなところって心当たりないか? まあほとんど、俺らと一緒に行った場所にしか行けないはずだが……。


早苗:『ほとんどスーパーかショッピングセンター……その辺回ってくる!』


弘樹:そうだな。そのほかにはないか?


早苗:『えっと……ボウリングはこの前行ったし……あとはカラオケ、遊園地……。』


弘樹:(笑って)お前も結構連れて遊び回ってんな。


早苗:『違うの、サチが少し前に行きたいって言ってたの。テレビの影響で』


弘樹:ふーん…………。いやまて、それって……。


早苗:『どうかした? とりあえず『カイヨー』に行ってくる!』


弘樹:もしかしたら。


早苗:『なに!? 急いでるんだけど』


弘樹:――もしかしたら、ムラサキと会ってるのかもしれない。



* * *



《遊園地。ムラサキとサチが一緒にいる》


サチ:次はあそこに行きましょう! あれ、椅子がヒューンって落ちるやつ!


ムラサキ:ふふふ。こんなにはしゃぐサチさんを見るのは久しぶりですね。


サチ:このところ忙しかったですし、今日はうーんと楽しみましょう!


ムラサキ:……改めて聞くのもあれなのですが、良かったんですか?


サチ:……大丈夫です。もうそろそろ、分かってもいい時期なので。


ムラサキ:そうですか……。


サチ:さ! 行きましょ、ムラサキ!


* * *


《ムラサキとサチが一緒にいる場面を、影から見守る弘樹と早苗》


弘樹:遊園地かあ……いつぶりだ?


早苗:小学生以来。3年生とか。


弘樹:よく覚えてんなあ。


早苗:アンタんちと一緒に行ったじゃん。


弘樹:ああ……そうだったっけ。……もう落ち着いたか?


早苗:……なんか、楽しそうだね。あの二人。


弘樹:そうだな。


早苗:……アンドロイド同士が逢瀬を楽しむなんて、前代未聞だわ。


弘樹:そうだな。


早苗:アンタは、ショックじゃないの。その、サチのこと……。


弘樹:はあ?


早苗:気に入ってたじゃない。うちにもサチに会いにきたりしてさ。


弘樹︰なんでもかんでもそういうことに繋げんなよな。サチさんはアンドロイドだろ。お前ってホント安直。


早苗:……やっぱりアタシ、アンタのこと分かんない。


弘樹:はぁ(ため息)。俺だって、他人のことなんてわかりゃしない。あいつらのことも……。


早苗:アタシは、サチをちゃんと家族だって思ってる。


弘樹:……どうした急に。


早苗:でもちゃんとアンドロイドだって認めてる。充電は必要だし、どこに行くにしても一緒に行動してる。対してアンタは、人間と同じ扱いをしたい一方で、都合が悪い時だけアンドロイド扱いする。中途半端すぎて、なにしたいのかわかんない……。


弘樹:…………わかってたまるか。


早苗:え?


弘樹:俺はもう行く。サチさんも無事見つけたんだ。ムラサキがいりゃ心配ねえだろ。あとは好きにしろ、俺も暇じゃない。


早苗:は? ちょ、ちょっと……!


《制止を振り切り、弘樹は遊園地を後にする》


早苗:なんなのよ、……もう!



* * *



弘樹N:アンドロイドの外見は、ほとんど人間と遜色ない。

    血も通っていて、怪我をすれば血が流れる。ただし自己治癒能力は低く、血液の凝固で傷口を塞ぐ程度なので、病院で診てもらう必要がある。

    臓器もほとんど揃っており、人間と一緒に食事も可能だ。得たエネルギーはほとんど血液の活性化に回され、脳、人工心臓その他臓器の活動には電気エネルギーを別途充電しなければならない。

    問題は、脳だ。


弘樹:……はあ。ダセぇな、俺……。


早苗:なにふてくされてんのよ。


弘樹:うわ! 早苗……? なんでウチに。


早苗:あんなの追いかけるしかないでしょ。馬鹿なの?


弘樹:あの二人はいいのか……?


早苗:アンタが心配ないって言ったんでしょ、ならいいじゃない。それより、アタシはアンタに聞きたいことがあんの!


弘樹:ったく、母さんも勝手に家に上げんなよ。ここ俺の部屋だぞ……。


早苗:家の鍵なら開いてたわよ。弘樹のお母さんも見当たらなかったし。そうとうパニクってるわね。


弘樹:はぁ……(深いため息)。で、何が聞きたいんだよ。


早苗:アンタの態度がわけわかんないのもあるけど、まずはさっき言いかけてたこと。アンタ、どうやってムラサキさんを一人にさせていたの?


弘樹:ああ……「アンドロイドは人間の管理下にいなくちゃいけない」って話か。


早苗:それ! 授業でも習うし、法律だし、アンドロイドだけで行動してるところなんて見たことないし……。


弘樹:見たことない? 本当にそうか?


早苗:うん……同中の里穂りほのエリーだって、クラスメイトの瑞希みずきのキャロンだって、他にも……。


弘樹:知り合いはいい。お前は出掛けていて、まったく見知らぬ人たちの連れているアンドロイドをアンドロイドだって初見で認識できるのか?


早苗:認識…はしてるはず……。


弘樹:ああ、連れて歩いてればなんとなくな。もしくはあれだ、サチに教えてもらってるんだろ。「ああ、あれも私と同じアンドロイドですよ」ってな。


早苗:なに、アンタ……気持ち悪い。


弘樹:俺たちは、アンドロイドを区別する術を持ち得ていない。そんなんで、どうやって法律なんかを遵守したらいいんだ?


《弘樹は一冊の資料を机の上に放り出す》


早苗:これは……? ムラサキさんの……『取り扱い説明書、、、、、、、』……?


弘樹:親父の書斎を漁ったら出てきた。


早苗:にしては……薄すぎる、、、、


弘樹:いい観点だな。俺は親父に言われるまで気にも留めなかったよ。


早苗:あのお父さんにバレちゃったの? 大丈夫だったの……。


弘樹:お前の目で見定めてみろ、って言われた。だから色々試そうと思った。あの親父、なんでも簡単に教えてくんねーんだよな。


早苗:それで、ムラサキさんに一人で行動させてみたりしたのね。


弘樹:その説明書を見つけてようやく思い至った。人間の管理下ってなんなんだよって。一度も目を離したらダメなのか? 半径何メートルって指定があるのか? ……言われてみれば当然の疑問なのに、なんで気付かなかったのか……学校でも家でもそう習ってきたからな。


早苗:たしかに……アタシもそういうもんかなーって思ってた。なんとなく、傍にいるというか、サチがどこにいるのか認識していればいいのかなって。


弘樹:法律で決められているのに、縛りが弱すぎる。外圧的な強制力がないんだ。刑罰さえ曖昧だしよ。アンドロイドに通信機能はついてないし、逆に言えば遠隔で監視できない。法律を守るようなプログラムも組み込まれていない。……その説明書を読めばわかることだ。


早苗:……まって。頭痛い。ワケわかんないことばっかり……。つまり、アンタはなにがしたいの?


弘樹:…………分かんねえよ。


早苗:はあ。


弘樹:ただ知りたいだけだ。見定めたいだけだ。俺にとって、ムラサキがなんなのか……。


早苗:家族じゃ駄目なの? 兄弟みたいなものじゃないの? ウチと同じで、アンタも小さい頃から一緒だったじゃない。今さら変なとこほじくり返そうとしてどうすんのよ。


弘樹:……そうだよな。なにやってんだよって話だ。……今さら、か。たしかに目を瞑っていたほうがいいのかもな……。


早苗:…………いまのはカチンときた。


弘樹:は?


早苗:さっきから意味不明なことばっか。アタシは目を瞑ってたワケじゃない! ちゃんとサチのこと見てた! 少なくとも、アンタよりは!


弘樹:なんだよいきなり……。


早苗:こっちの台詞よ! ちゃんと……ちゃんと見てたのに、最近様子が変だって気づいてたはずなのにっ……。(涙ぐむ)今日、いきなり居なくなって、不安で、怖くて、アンタを頼った。……見つけることができた。でも! アンタの言うことは不安になることばっかり。変に悩んじゃってさ。大人ぶるのも大概にしろって感じ!


弘樹:おい……。


早苗:…………ぐずっ、…………ごめん。


《早苗が弘樹の部屋から去る》


弘樹:なんだよ……あの情緒不安定女……。


(間)


弘樹:はあ……人間にも、説明書くらい用意しろってんだよな。



* * *


《同日、遊園地。フリーフォール系アトラクションの座席に座るムラサキとサチ》


ムラサキ:うまく釣れたみたいですね。


サチ:え? なに!?


ムラサキ:サチさん。今回の目的忘れちゃってますよね!


サチ:忘れてませんよー!! …………ムラサキさん、来ます。


ムラサキ:……ごくり。


《フリーフォールが落ちる》


サチ:きゃあああああああああああああああ――――っっ!!


ムラサキ:(サチと同時に)む、ふぐっ、うおおおおあああああああああ――――っっ!!


(間)


ムラサキ:はあ……はあ……。もう、このくらいにしておきましょう。


サチ:え? どうしてですか。もしかして高所恐怖症でしたか?


ムラサキ:断言できる。あなたは! 目的を忘れたフリをしていますね!!


(間)


ムラサキ:これで、本当に良かったんですか。


サチ:今さら、ですよそれを言うのは。少し強引だったかもしれませんが……私には、時間がありません。あの子たちも、遅かれ早かれ知ることになるでしょうし。


ムラサキ:……そうですね。失言でした。


サチ:それに……。


ムラサキ:……?


《サチがムラサキの片手を握る》


サチ:一度でいいから、デートというものをしてみたかったんです。


ムラサキ:……まったく。あなたは生まれ変わる前から変わりませんね、サクラ。


サチ:えへへ。付き合ってくれてありがとう。


(間)


サチ:明日、あの子たちに打ち明けようと思います。



* * *



《次の日。コンコン、と早苗の部屋の扉をノックする弘樹》


弘樹:おーい。……おーい、早苗? いるんだろ。早苗ー。


(間)


弘樹:…………昨日は悪かったよ。俺もパニクってて、お前に言いたい放題だった。お前の言い分も聞かずに……その、ごめん。


(間)


弘樹:考えたんだ。やっぱり……うちの親父はなんか隠してる……ムラサキたちも。お前は嫌がるかもしれないけど、予感っていうか、なんか大事なこと見落としてそうで……。


(間)


弘樹:でも、お前のためになると思うんだ。だから、許してほしい。……あー、なに言ってんだ、俺……。俺は…………お前にっ――


早苗:なーに恥ずかしいセリフ言ってんのよ。《弘樹の背後から現れる》


弘樹:のわあっ!? う、後ろに隠れてんじゃねえよ……寿命縮んだわ。


早苗:いやあ、聞き入っちゃってたわ……。さ、続きをどうぞー。


弘樹:もう馬鹿らしくなったよ……元気そうでなによりだけど。


早苗:ふふーん、心配してくれたんだ。


弘樹:うっせ! お前、サチさんとはなんか話したのか?


早苗:……ううん。ほんとにさっきまで部屋に引きこもってたからね。お腹すいちゃった。


弘樹:サチさん、お前に話があるって言ってた。でも俺の用が済んでからでいいって。どっか飯食いにいくか。


早苗:昨日の今日で、なんか怖いなあ。


弘樹:(微笑して)なんでだよ。


早苗:顔合わせづらくなっちゃった。そこの裏口から出てもいい?


弘樹:裏口っつーか窓じゃねえか。


早苗:昔はよくここから抜け出してたよね。1階とはいえ、小さい体じゃ危ないもんなー。そのたびにお母さんから怒られてたっけ……サチをひとりにするんじゃないよって。


弘樹:昔っていつだよ(笑)


早苗:小学校……1年とかそのくらいかな? あの頃はよく病院とか通ってたっけ……サチがうちに来たのも、そのくらい。


弘樹:振り返ってみれば、俺らの付き合いも長いもんだな……っと。ほら。


早苗:ん。ありがと。


弘樹:どこいこっかなー。もう昼時だし、お腹すいてんだよな。


早苗:あそこ、桜田さんのハートブレッド。サンドイッチセットとか買って公園で食べよ。


弘樹:昔を思い出すな。


早苗:昔っていつだよ(笑)


* * *


《公園にて、弘樹と早苗がベンチに座る》


弘樹:(もぐもぐ)……んまっ。サンドイッチなのにこのモチモチ感、たまんねえ。


早苗:ね。このホットドッグとかもう最高。いつもお世話になってますっ。


弘樹:お前んとこのメニューもこれだっけか。


早苗:評判いいんだー。……(ごくん)、それで、アンタの用ってなに?


弘樹:聞きたいことがあってさ。早苗は、昔のことをどのくらい覚えている?


早苗:どのくらいって……答えにくいなあ。でも物覚えはいいほうだよ。


弘樹:そうか。――俺は、ほとんど覚えていない。


早苗:まあ小さい頃のことだから……。


弘樹:直近5年くらいか……それ以前のことはまったく覚えていない。ムラサキと初めて会ったはずの日も、お前と遊んでたらしい日々も……すべてだ。


早苗:……え?


弘樹:悪い。思い出せる”昔”なんて、ほんとはなかったんだ。


早苗:……あ、そう……なんだ。へえ、まあ、そういう人もいるかもだからね。別にアンタが悪いわけじゃないでしょ。……いやまあ、いままで変に話合わせてくれてたってことだよね? こっちこそごめんね?


弘樹:そうだな……ずっと黙ってた。ずっと……、俺はほんとよく物事忘れるよなーくらいの認識だったんだ。昨日までは。


早苗:なに。昨日、なにかわかったの?


弘樹:そういう病気だったんだ。


早苗:……若年性アルツハイマーとか……?


弘樹:病名すら確信して言い渡されなかったっぽい。親父の書斎に忍び込んで、色々漁った。俺も昔、病院に通ってた時期があったらしい。


早苗:なんでもかんでも、答えはお父さんが隠し持ってるのね(笑)


弘樹:一緒だったんだ。


早苗:ん?


弘樹:病院を退院した時期と、ムラサキがやってきた日が。


ムラサキ:――弘樹様。《二人の背後から突如として姿を現す》


早苗:ムラサキさん。


ムラサキ:さすが、よく頭の回る方です。たった昨日のあれだけで……いえ、もっと前から、色々感づいていらしたのかもしれませんが。


弘樹:逆だろ。俺の脳は腐ってる――――お前がストック、、、、、そうだろ?


ムラサキ:そこまで……。私も、荷が重いというものです。


早苗:え? ……え、どゆこと??


ムラサキ:私のほうから説明させていただきます。……ただし早苗様、多少ショックを受けるお話になるかと思われますので、ゆっくりと喋りますから疑問点は都度遠慮なく聞いてください。


早苗:……わ、わかりました。


ムラサキ:では。(咳払い)


(間)


ムラサキ:我々アンドロイドは、『介護用人造人間』と呼称されています。つまりは介護目的なのです。健全だと思われてた弘樹様、早苗様に我々が付いているということは、そういうことなのです。


早苗:弘樹に……いや、アタシにも、介護が必要な何かがあるってこと……。


ムラサキ:ええ。そしてこれは一般公表されてはいませんが、ほとんど「脳」に異常をきたしている人間に付くようになっています。弘樹様のような健忘症みたいな方から、感情の振れ幅が激しい方、正常な判断を下せない方、さまざまです。ただ、そうですね、やはり重度の障害のある方に優先して我々は派遣されているようです。もちろん、金銭的な問題もありますが。


早苗:たしかに、サチをいくらで……その、買ったとか、そういう話なんてしなかったし、したくもなかったけど、そうか。


ムラサキ:多少の援助はあります。ただ、私たちの場合は弘樹様のお父様の力が大きかったようですね。


早苗:アンタんとこのお父さん何者なのよ……。


弘樹:知らねえよ。


早苗:ていうか、もしかしてウチにも!?


ムラサキ:弘樹様のお父様の後援があったようです。詳しくは私も知り得ませんが……昔ながらの付き合いというのもあったのでしょう。


早苗:はあー……。


ムラサキ:……話を続けます。我々アンドロイドは人間と異なる構成をしていますが、ある部分だけは本物とそう変わりません。――人間に移植しても、差し支えないほどに。


弘樹:それが……「脳」。


ムラサキ:はい。我々の寿命……存在目的はそこです。最終的に移植させるための脳を育てること。


早苗:その移植させる対象が……アタシたち。


弘樹:脳に障害を持つ人間。


ムラサキ:そういうことになります。そのために我々は、できる限り移植対象の傍にいることで対象を観察し、データを取り続けています。移植後に余計な負荷がかからないように。


弘樹:監視されていたのは俺たち人間側だった。


ムラサキ:言ってしまえばそうですね。弘樹様もおそらく我々の取扱説明書なるものを見つけたのでしょう。読んで、その違和感に気付いたはずです。


弘樹:ああ、どれもアンドロイドを見張るような書き方をされてたが、むしろ人間が行動を制限されるような制約ばかりだった。


早苗:まってよ……記憶は? アタシたちとムラサキさんたち、どっちの記憶が優先されちゃうの!?


弘樹:記憶……そうか。ムラサキは、俺のために存在しているから……!


ムラサキ:(微笑んで)ええ。移植後の意識は、弘樹様のものになります。記憶もそうです。そのための、アンドロイドですから。


早苗:そんな……そんなのって……。サチ……。


ムラサキ:記憶齟齬きおくそごがなるべく起きないよう、我々の自意識は消失します。それでもやはり限界があるようで、いずれこのように対象者には説明がなされます。


弘樹:……まてよ、お前、このタイミングで話すってことは!


早苗:……?


ムラサキ:そうです。……もう、長くはないのです。――――早苗様。


早苗:……え? ……あ、たし…………?


弘樹:早苗が……。


ムラサキ:彼女は今日話をすると言ってましたが、結果的に私からお伝えする形になってしまい、申し訳ありません。ですが、余計な推測はパニックを起こしてしまうと思い……。


弘樹:……じゃあ、サチさんは……。


ムラサキ:結果、この場でお話できてよかったかもしれませんね。


弘樹:ムラサキ! サチさんはどうなるんだ……。


ムラサキ:先ほどお伝えした通りとなります。


弘樹:通りとなります……じゃ、ねえ! なんでサチさんが、死ななきゃならねえんだ……!


ムラサキ:死ぬのではなく、意識を失うだけです。


弘樹:屁理屈だそんなん……!!


ムラサキ:でなければ、早苗様の命が危ないのです。……それを救うことが、サチさんの希望なのですから。


早苗:…………サチが。


弘樹:はぁ……はぁっ……!


ムラサキ:ひとまず落ち着きましょう、弘樹様。あなたは、分かっていたはずです。


弘樹:お前……もう、いままで一緒にいたがいなくなるんだぞ! 会えなくなるんだぞ……!


早苗:……弘樹、もういいよ。


弘樹:なにもよくねえ!


早苗:アタシのために怒ってくれてるんだよね、ごめんね。大丈夫だから。


弘樹:…………クソッ!


早苗:そっか……そっかあ……。こんな、健康そうなのに、アタシ、駄目なんだあ……。


弘樹:早苗っ……。


ムラサキ:早苗様……。


早苗:アタシ、会ってくるね。サチと。


弘樹:……!


ムラサキ:かしこまりました。……おひとりで大丈夫ですか?


早苗:うん。今度は逃げないよ。……弘樹も、逃げちゃ駄目だからね。


弘樹:……お前っ……!


早苗:じゃ、行ってくる。


《早苗、公園から去る》


ムラサキ:……弘樹様は、どちらが好きなんですか?


弘樹:はあ?


ムラサキ:恋バナですよ、恋バナ。一度弘樹様としてみたかったのです。


弘樹:お前、ふざけてんのか。


ムラサキ:いえいえ真剣ですよ。まあ確かに、どちらも魅力的ですからね。甲乙つけがたし。悩むのもわかりますが、ここはハッキリいっておきましょう。


弘樹:アンドロイドのお前にわかってたまるかよ。


ムラサキ:……で、どちらなんです。


弘樹:(舌打ち)……………………決まってんだろ。


ムラサキ:ですよね。


弘樹:お前……っ! 本気で殴っていいか?


ムラサキ:弘樹様の将来の脳ですよ。


弘樹:大丈夫だ、影響のないところ殴るから。


ムラサキ:ふふふ。確かに、殴られたデータも集めておいたほうがいいかもしれませんね。


弘樹:……(ため息)。もう、色々考えること多すぎて面倒になっちまう。


ムラサキ:私も、恋をしたことがあるんです。


弘樹:あ!? ほんっとお前、唐突に変なこと言うよな。……つーかなんだ、アンドロイドにもそんな感情があるのか。


ムラサキ:脳は人間と同じですから。――というより、そのものなんです。


弘樹:は?


ムラサキ:人に恋慕れんぼの情を抱いたのは、この身体になる以前のことです。


弘樹:……はぁ、なるほどな。その脳は、お前自身、、、、なんだな。


ムラサキ:我々は脳が正常である一方、身体に大きな障害をもっていました。皆、そうです。


弘樹:そっちは、記憶があるんだな。


ムラサキ:なので、私も分かりますよ、ひとに好意を抱くということも。


弘樹:……どんな奴か、聞いてもいいか。


ムラサキ:興味をもっていただけるのですね。


弘樹:その、下手に出るようで上から目線のやつ、マジむかつく。


ムラサキ:いえいえ。今さら、もう終わる話ですので……切り返して聞いていただけるとは思っておらず、失礼しました。


弘樹:…………?


(間)


弘樹:…………サチさんか?


ムラサキ:…………!


弘樹:サチさんなんだな……?


ムラサキ:違います。


弘樹:違わねえよ! なんで黙った、すげえ運命じゃねえか!


ムラサキ:違います! もう終わったことで……、!


弘樹:やっぱり……。お前、いいのかよ……。


ムラサキ:なにがです。


弘樹:とぼけんな! サチさんのこと、今でも好きなんだろ? 終わったことなんて、なら、そんな、悲しそうな顔してんじゃねえよ……!


ムラサキ:今さら、なんになるというのです。我々はアンドロイド。弘樹様、あなた方を救うための道具なのですから。


弘樹:……その、道具ってやつ。俺は好きじゃねえって、言ったよな?


ムラサキ:申し訳ありません。


弘樹:……わかった。


(間)


弘樹:喧嘩しようぜ。


ムラサキ:なにを……。


弘樹:思えば、あのボウリングが初めてだったかもな、お前と「勝負」するの。今なら、今までお前が俺と「勝負」を避けてきた意味がわかるぜ。


ムラサキ:おやめください。私はこのようなことを望んだつもりは……、っ!《弘樹のパンチを避ける》


弘樹:へえ、もう見切ってきやがったか。でもまだ、学習しきってない間は俺にも勝ち目はあるよな?


ムラサキ:勝敗をつけて、何になるのですか?


弘樹:お前の目的はわかった。お前が俺を救って、サチさんが早苗を救う。――でも、俺の目的は違う。


ムラサキ:…………まさか。


弘樹:お前らアンドロイドに必要なのは、人権と……生きる貪欲さだな。


ムラサキ:弘樹様、あなたは馬鹿なのですか?


弘樹:ああ、馬鹿だから。喧嘩しようぜ。来いよ。


* * *


《早苗の自宅(カフェ:臨時休業中)。サチがコーヒーを淹れ、カウンターに早苗が座る》


サチ:どうぞ。


早苗:ん。……(コーヒーを一口飲む)うまくなったね。


サチ:ありがとうございます。


早苗:……ムラサキさんから色々聞いた。


サチ:そうでしたか。本当は私の口から、と思っていたのですが。申し訳ありません。


早苗:謝る必要なんてない。そんな必要ないよ。サチは、いままでずっと私の傍にいてくれた。


サチ:ええ。色とりどりで、優しさに満ちた日常でした。


早苗:うん……全部、全部覚えているよ。事細かく、詳細に。……きっと、アタシの脳がこう優秀すぎるから、無茶して、ボロボロなんだね……? 無理しちゃって、寿命を縮めているんだよね。ごめんね。


サチ:早苗様が謝ることなどひとつもありません。私はようやく、この使命を全うできるのですから。


早苗:……ようやく? サチにとっては、私と一緒で苦痛だった?


サチ:そんなこと!


(間)


サチ:そんなことありません。もう一度言いますが、優しさに満ちた日常を過ごさせていただきました。この町での暮らし方から、コーヒーの淹れ方まで、私のすべては早苗様、あなたにあるのです。


早苗:……大袈裟。サチはアタシと同じで物覚えがいいから、楽だったなー。


サチ:苦労しましたよ。早苗様は教え方が下手すぎます。私だからよかったものの。


早苗:言うじゃんー(笑)。…………本当に、あなたはいいの?


サチ:本当に、とは?


早苗:アタシはほんと、物事をごちゃごちゃに考えちゃうから、今でも正直混乱してる。で、単純なこと言うけど、アタシはサチがいなくなるなんてやだ。


サチ:光栄なことです。でも、拒否されることを覚悟で私は今日、お話しています。どの家庭でもやはりこういうところで拗れることがあるらしく。噂では、最初から脳のストックであることを明かしている家庭もあるようですよ。


早苗:うん。そこは当たり前の大前提。サチの言い分もわかるし、そもそもの存在意義とか、今まで暮らしてきたサチの想いとか、そういうところもわかってる。


サチ:私の……想い。


早苗:アタシが聞きたいのはそこ。……サチ、あなたに思い残すようなことはないの? 後悔はないの、本当に?


サチ:思い……残す……私に、後悔なんて……。


早苗:嘘。乙女のアタシにはわかる。あなた、好きな人いるでしょ?


サチ:……!? な、なにを……。


早苗:白状しなさいっ。弘樹とムラサキ、どっち!?


サチ:ど、どっちなんて……! 早苗様、どうされたのですか……!?


早苗:いっとくけど、アタシは弘樹が好き。これは譲れないわ。


サチ:そ、そんなことはわかってます! 私がどれだけ早苗様の傍で見続けていたか……。


早苗:あれ、バレバレだったんだ。ちえっ、もうちょっと動揺させてやりたかったのに。


サチ:充分動揺しましたよ……安心してください。弘樹様ではありませんよ。


早苗:……あ、じゃあムラサキさんだ。


サチ:……!?


早苗:あなた、分っかりやす! そんな顔もするのね、もっと早く知ればよかった。


サチ:さ、早苗様。冗談はこのくらいにしましょう。


早苗:……真剣だよ。あなたのことでしょ。アタシは、自分よりサチが幸せになってくれないとやだ。


サチ:……早苗様。駄々をこねる時間もないのです。もう早苗様の寿命は……。


早苗:アタシは……感謝してるの。楽しい時、サチは隣で笑ってくれた。辛い時、サチは正面から優しく抱きしめてくれた。アンドロイドだけど、それ以上に、最高の友達なんだ。(泣きそうになりながら)……そんな友達が、後悔を残して、アタシのために死ぬなんて、そんなのってないじゃんか。


サチ:……違いますよ。私は死にません、早苗様の中で生き続けます。


早苗:だったら! ……だったら、なんで泣いてるの?


サチ:……これは、……! 違います、これは、早苗様につられて……!


早苗:友達に、見え透いた嘘なんか、通用しないもんねっ。アタシはサチに生きてほしい! 後悔のないよう、夢があるならその夢を叶えてほしい! アンドロイドだからなんだ、そういう運命だからってなんだ! 白状しろ――――っ!!


(間)


早苗:……ぐずっ…………。


サチ:……私には、恋人がいました。ここから遠く離れた、別の国でしたね。凍えるような寒さが年中続く国でした。私たちはとても貧乏でしたから、長い夜は働きづめで、太陽が顔を出す短い時間に会っていましたね。彼は、太陽より暖かいんです。凍え切った身体を温めてくれるのは、太陽よりも彼でした。結局、それぞれ別の奴隷商に売られて離れ離れになってしまうのですが。……この身体に私が移し替えられる以前の話です。


早苗:……ずずっ(鼻すする)…………そう、なの……?


サチ:驚くことに、その方もまた姿形を変え、私の前に再び現れました。二度と会うことはないと思っていたのに……。


早苗:それが……ムラサキさん?


サチ:はい。運命というのであれば、これがそうなのでしょう。


早苗:素敵な話ね。


サチ:そうでしょうか。悲しい話だと私は思いますが。


早苗:ううん。大変だったかもだけど、ずっと愛し合ってきたから、今再会できてるんだよ。


サチ:二人とも、アンドロイドなのです。その結末なんて、あの方も承知の上だと思います。


弘樹:じゃあ、そんな結末、塗り替えちまおうぜ。


早苗:……弘樹!?


サチ:弘樹様……? どうされたのですか、その怪我。


弘樹:なに、名誉の負傷ってな。


早苗:あちこち傷だらけじゃない……! それに、ムラサキさんは?


弘樹:ああ、言うこと聞かねえんで、ボコッておいた。サチさん、手当てに行ってくれねえか。そこの公園なんだけど。


サチ:な、なにが……。


早苗:ほんっと、男子ってわかんない……。


弘樹:…………早苗。


早苗:……弘樹、アタシ、ひとつワガママがあるんだけど。


弘樹:奇遇だな。俺も、ひとつワガママがある。


* * *


《公園。ボロボロになったムラサキがベンチでぐったりしている》


サチ:……ロイドさん。


ムラサキ:…………サクラ、か?


サチ:ひどい有様ですね(笑)


ムラサキ:徹底的にやられたよ。……二人は?


サチ:どっか遠くに行っちゃいました。家族のことも、友人のことも、みんな放ったらかして、本当、無茶苦茶ですよね。


ムラサキ:馬鹿……止めなきゃだめだろ。


サチ:ごめんなさい。止めないと、みんなに迷惑がかかる。本人たちにも、未来はない。…………そんなこと分かり切ってるのに……ごめんなさい、あの子たちの、あんな笑顔を見ちゃったら……あたし……。


ムラサキ:泣くな。ほんとう、君は昔から泣き虫なんだから。


サチ:ごめんね……ロイド……。


ムラサキ:弘樹を止められなかった僕も僕だよ。ああ、ダサいなあ。面倒な主人をもってしまったなあ。


サチ:あの子たち、あなたに伝えてくれって。


ムラサキ:……なんだって。


サチ:「幸せになってくれ」だって。


ムラサキ:……ああ、わかってるよ。もう少し捻ったこと言えないのか。


サチ:そんな、無理に動いたら……!


ムラサキ:治療しなきゃいけないかもね。まったく、手加減てものを知らないんだから。


サチ:……これからどうしましょう。


ムラサキ:……そうだな。面倒事は多々あるが……。


サチ:…………。


ムラサキ:サクラ。僕のワガママをひとつ、聞いてもらえないだろうか?


サチ:ワガママ……? ふふっ、なんでしょう?


ムラサキ:なんで笑うんだよ……。僕と一緒に、二人を探しに行かないか?


サチ:それはまた…………うん、うん、そうですね。


ムラサキ:なんだよ。


サチ:……はい。行きましょう。ロイドさんとなら、どこへでも。


(間)


サチ:どこへでも、行ける気がします。




サクラ‐アンド‐ロイド  了


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【声劇台本】サクラアンドロイド(2:2) アダツ @jitenten_1503

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