第2話 大母上との出会い(後)


 これまで修羅場をいくつも乗り越えて生きた昇だったが、その巨体に見えるの老婆放つ覇気に、つい、

「ごめんなさい」

 と口走ってしまった。


「ふぅむ。後で覚えておきな……?」


 残念ながら許されなかった様子。天城正人の後ろで姿勢よく立った老婆に正人は一言かけた。


「ばあちゃん。今回は俺がお願いをする立場だ。堅くなるな。座布団あるだろう。座ってくれ。茶をたててこよう」


 そう言って天城正人が立ち上がる。


「いえいえ。未来の当主様にお手を煩わせることなどできませぬ。このばあをいかようにも」


「そう言うなよばあちゃん。昔から世話になった祖母代わりのあんたといとこと、ここでくらい立場をうやむやにして仲良くさせてくれや」


 本家の次期当主となる天城正人は、領地の中では2番目に権力を持つ男だ。その男がここまで言う相手とあって、さすがの昇もその老婆がただ者ではないことを察し始める。


 最も隣で座っている季里は一目見てすぐに気が付いていて、遅すぎる、とあきれたくらいだが。


「お言葉に甘えて。久しぶりに正人様との茶会を楽しむことにいたしましょう。俊人としひと! 入ってきな」


 この部屋にもう1人の来客。老婆に俊人と呼ばれた男子。見た目は昇や季里と同じくらいの年齢。


 〈人〉であれば、20歳を越えたあたりから、肉体年齢の老いが人間の3分の1になるが、それまでは人間と同じスピードで成長する。しかしまだ20というにはやや幼く、故に同年齢であると特定できた。


「大母上。お呼びでしょうか」


「正人様が茶をたてるそうだ。持ってきた菓子を並べておくれ。そこまで本家の方を動かすことは近衛筆頭、天樹家には許されん」


「はい。……そこの弟子候補には?」


「茶室は律を守る者誰もが平等だ」


「では、そのように」


 左手に持っていた土産の紙袋の中から、箱を取り出し封を切る。デバイスを使って皿を生み出したのち、きれいに取り出した菓子を並べ始めた。


 正人は一度部屋を出て、準備に取り掛かる。その間、来人と昇と季里、来人は口を閉じ静寂に耳を傾けていた。


 茶室に雑音はなく、誰もが口を閉じるとしゃべっている時には気づかない小さな音も大きく聞こえるものだ。


 その中で、しばしの静寂を楽しんだ婆が、にこにこという擬音が聞こえてくるくらいの満面の笑みで来人を見る。


「大きくなられましたねぇ……来人おぼっちゃま。このトメ、感激でございます」


「最後に会ったのは1年半前だっけ」


「そうですね。それ以降はなかなか本家に来ることもなく。こんなにも逞しくなって、自分の判断で戦いに赴くほどになるとは、この婆感激で涙が」


「いやあ、でも兄貴と親父にはめっちゃ怒られたけどね」


 マジかぁ、と口にはしないが、表情で昇が物語る。


「ご無事で何より。しかし、言ってくださいましたらこのトメ、すぐに馳せ参じて歩家などという弱小一家を討滅することなど簡単なことですのに」


「そりゃばあちゃんが本気出せば。虐殺は容易いだろうが、そうじゃない。俺は反逆軍を含めて、人間の戦いをそばで見たかったんだ」


「人間のですか。確かに、京都が自治区になりましてからは、反逆軍の成長は目を見張るものがございます。いかがでしたか?」


「大満足だった。命を懸けたかいがあったね」


「それはそれは。して……」


 トメは昇と季里に目を向ける。


「もしや、彼らとはそこで?」


「ああ。戦争の中心にいた人物だ。俺はこいつらを気に入った。だから、せっかく迷惑料を支払ってもらうなら近衛になってもらいたくてね」


 目の前に菓子が並べられ、昇はさっそく手を伸ばそうと腕を動かし、それを季里は肘打ちで阻止する。残念ながら昇に常識というものはない。ここで『なんで?』と理解できないのは彼について言えば不思議のない反応だった。


 その一瞬の攻防をしっかりと目に焼き付けたトメは季里に名前を尋ねる。


「可愛い子だねぇ。お名前は?」


「季里です」


「名字はないのかい?」


「はい。故あって捨てました」


 頷き続けて昇に目を向けるが。途端に険しい顔になったトメに、昇はあまりの態度の変わりように困惑を隠せなかった。


「お前は?」


(ええ……。態度変わり過ぎじゃね?)


「天江昇っス」


「ほう。アマエノボルねぇ。大層な名前で前の戦争の中心人物の割にはなよなよした体だねぇ」


(シンプルにディスられてるぞ俺!)


「あんたと季里ちゃんはこれから私の弟子になることになる。覚悟しておくことだね。あんたは苦しめてやるよ」


(俺なんかしたか?)


 トメのストレートないじめ発言に今後の未来を恐怖して迎えるしかなさそうであり、期待不安が半々だった昇の未来予想図が不安に塗りつぶされる。






 正人が戻ってきて、彼が立てた茶を楽しむ。


 今回は茶会というわけではないため、作法に従って厳格に、ではなく、純粋に飲むためのもてなしとして置かれている。


「にがいけど、うまいな」


「ほう、馬鹿でもこの美味さは分かるか。舌だけは悪くないな。だが、今後は舌だけじゃ困るぞ」


「分かってるよ。俺達は近衛になるために、修業をするんだろ。どこで、どんな感じで?」


 ビクン、と体を一瞬震わせる男が1人。トメが名前を呼び捨てにしていた男。天樹家の人間、その名前は天樹俊人あまぎ としひと


 黒髪の中に白髪が多く混ざっており、目が透き通った水晶のような瞳になっている。倭の人間派黒やそれに近い色の濃い瞳が多く珍しい色だ。


「馬鹿野郎……!」


 その男が隣をちらり。


 男の隣にいる老婆は、その男が細身であるのと対照的。


(ムキムキだな。その体で今めっちゃ見られているの怖い)


 昇が本能的な恐怖を覚える。白髪で長い髪を後ろで三つ編みにしている。そんなキュートな髪型からは想像できないほどの覇気を放つ。


「まあまま、ばあちゃん。今は落ち着いてくれ。俺は別に嫌な思いはしてないからさ」


「しかし正人ぼっちゃま。失礼、正人様。この不届き者を私はげんこつしなければ済みませぬ」


「こういう大胆不敵なのはうちじゃ珍しくもないだろう。態度は後々。委縮してガッチガチになっている奴よりは好ましい」


「はあ。そういうのであれば」


 ごめんなさい……、と言わんばかりに季里が少し頭を下げる。それを見てか、婆は仕方なしと怒りを収めた。


 ようやく本題へと戻ることになり、正人は来人と隣に座る新たな近衛候補に告げる。


「新人を一堂に集め、その力を競う。天城武闘入門大会。お前達の最初の舞台はそこだ。それまでに本家にいても恥ずかしくないだけの力をつけてこい。そして来人。こいつらが近衛になるまでは、必要なとき以外一切の接触を禁ずる」


「なんでぇ、兄貴」


「本家の人間が、何の実績もない馬の骨と一緒にいるところが見られると、何かの便宜を図っていると勘違いされるかもしれん。たとえお前達のその気はなくても、実力主義の天城家は蹴落としあいも活発だ。たとえ本家の奴あいてでもな。要らない口実を作る必要はない」


「まあ、そうか。はぁ」


 来人がため息をつく。


「もうしばらく寂しい状況になるなぁ」


 珍しく弱気な発言をした来人に昇が反応する。


「なんだぁ。寂しいのかお前」


「だからこそ近衛が欲しかったんだよ。でも、兄貴みたいに、年でも遠慮なく話せる相手の方がいいからな」


「へえ。安心しろよ。すぐに駆け上がって、寂しくないようにしてやる。そのために強くなるさ」


 昇の宣言に、目の前からトメが目を大きく開いて反応。再び昇をじっくり見つめた。


(いや……マジで覇気あるな。ただ者じゃないのがここからでもわかるぜ)


 昇はトメの様子から、これからの修業期間に少しだけ期待し始める。


 隠し切れないワクワク顔の面白さに失笑した正人。


 こほん、と咳ばらいをして表情をつくりなおすと、

「お前ら。ここから先は地獄だと思えよ。せいぜい生き残って這い上がって来い」

 挑発の意味を込めた笑みを向け立ち上がる。


「来人、行くぞ」


「え?」


「さっきも言っただろ。必要以上に接触するなって。必要なくなったら去るんだよ」


「ああ。……じゃあ、期待してるからな」


 来人は素直に近衛候補になった2人へ言葉をかけ、正人と共に部屋を去った。


 残ったのは昇と季里、そして師匠となるトメと俊人の4人。


 トメは目の前に残っていた茶を全て飲みきって、容器を置く。


「表に出な」


 てっきり改めて挨拶をする流れになると予測し自己紹介の文を考えていた季里は、予想外の初手に困惑する。


 その意図をトメを次に示した。


「弟子になるあんたらが今どの程度か見極める」


 昇は笑った。


「いいね。分かりやすいじゃねえか」


 トメは昇の返答に、一瞬だけながら満足げに唇の端を釣り上げた。

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Against 〈human〉:炎と剣の双英 剣の少女との下剋上戦記 とざきとおる @femania

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