第2章 〈影〉と裏切りと破滅の太陽

第1話 大母上との出会い(前)

 万能粒子テイル。頭の中の想像を現実に変えることができる力を得た人類は、それを力として、理想の国という戯言のために争覇の戦いの道を選んだ。


 今、日ノ本は12の領地に別れ、それぞれを支配する最高位の〈人〉が理想の世界を作るために天下統一をかけた戦いの最中にある。


 〈人〉の支配する世界に人間の居場所はない。歴史上において、奴隷が主人に、平民が貴族に絶対的な支配をされていたのと同じように、人間もまた、その上位種である〈人〉に支配されている。


 人間は〈人〉のために奉仕する。その形はいろいろある。


 己の持つ技術を使って。己の動く肉体を使って。己の知識を使って。


 あるいは己を〈人〉のための武器となって。


 12家の1つ。日ノ本の中部地方の南側を支配する天城家もまた、その例に漏れない。


 彼らもまた己の領地の管理と運営のために人間を使う〈人〉であり、戦いに人間を使って理想の倭を作るべく、活動していた。







 名古屋城。かつての地名が唯一残る太古の史跡。外観は、先祖への敬意を示すためほぼ代えられていないが、中は一部を除き大きく改造されている。


 そこは天城家の本家として使われている建物の1つであり、当主並びに本家の人間が住まう地でもある。


 そして本家に仕えることを許された精鋭は、城の近くに自身の宅を構え、いつでも招集に応じられるようになっている。


 城内の茶席は城の中でも珍しく伝統的な様式が守られた部屋であり、現代では珍しくテイルではない本物でできた畳が敷かれたその部屋が珍しく使われていた。


 ここは本来、天城家の本家の人間でもめったに使わない部屋であり、次期当主の正人とその弟、来人が時々心を落ち着け、精神統一を図るために使われる。


 あるいは客が強く望んだ場合、そこで接待を行うこともあるが。


 そんな格式高い聖域に、不相応と言える人間がいた。


 藍色に近い黒のオールバックが特徴で、この期に及んでなおそれを解かず、目つきの悪さとそれなりに鍛えたことがうかがえる小さいとは言えない体を持つ少年。


 名を天江昇あまえ のぼると言った。


 彼は、天城家本家、天城来人てんじょう らいとの特別の招きによりこの茶室へと誘われたのだった。


「まったく。怖え連中だったな」


 正座になった昇の最初の一言はこれだ。


「この茶室は〈人〉であっても入ることができない俺と兄貴の秘密基地だ。お前がここにいるのも、俺の近衛候補だからだ」


「ここが特別な場所だってのは分かったが、だからってあんな目で見なくても」


「嫉妬と羨望はこの領地では栄誉の代わりだ。喜んどけよ」


 口をへの字にして『気に入らない』という意思をはっきりと示した昇の隣には、もう1人、女の子がいた。


 以前はロングヘア―だったが、心機一転。長さは4割のショートになり、後ろに流れる髪を全て、頭の真後ろにゴムでとめている。


 以前は歩家の正装を普段着としていたが、その服は戦いでボロボロになっていたこともあり全て放棄した。代わりに今は、黒のチュニック、腰でベルトを締め、下はストレートパンツという堅苦しさのない服になっている。


「昇、脚ごそごそさせないで」


「痺れ……」


「こういう場所では我慢よ」


「しぬぅ。なんで平気なのオマエ……」


 季里は隣でみっともない姿になっている昇に呆れていた。


 この2人は2週間前に起きた天城家領地のすぐ隣にある歩家。その壊滅のため起こされた革命戦争の中心にいた人物であり、革命を成し遂げたのち、次期当主天城正人の誘いで天城家で働くことになった。


 実際は勝手に近くで戦争を起こされた天城家が今後負うだろう損害分の賠償という形ではある。


 昇と季里は天城来人とともに、傷の療養を終えてすぐ天城正人に呼び出されたのだ。


 その目的は、天城来人の近衛として働くために、今後の流れを指示するためだと、昇と季里は聞いている。


「来たな……」


 茶屋の入り口が開けられた音が聞こえ、真っすぐ木の板を歩く音が響いてくる。


 緊張が高まる。実際、昇も季里もこの先どうなるか具体的には聞いていない。何を言われるのか、内容は全く予想できないのだ。


 ふすまが開けられる。現れたのは予想通りの男だった。


「立つな。そのままでいい。俺もすぐ座る」


 天城家次期当主にして現在、天城家本家最強の男。天城正人。


 あらかじめ来人が用意していた座布団に正座で座る。


「傷は癒えたみたいで結構。よく来たな、ガキども」


 こうは言うが天城もまだ19歳である。


「おかげさまで回復しました。ご厚意に感謝します」


「季里。いいぞ。早速俺を敬う態度ができてるじゃねえか。おい、クソガキ。おまえもなんかないのか」


「その点は感謝してる」


「お前なぁ。これからは近衛だぞ。口の利き方に気をつけねえと。俺はともかく他の熱狂的な近衛に殺されるぞ?」


「えぇ……そんな怖いん?」


「まあ、それはそのうち分かるだろ。今はサクッと本題に移ろうか」


 正人は一度深呼吸をして、表情を改める。それは天城家次期当主としての顔だった。


「俺の弟、天城来人が、お前達を近衛にしたいという希望を出した。本来は外の馬の骨なんざ死んでも近衛になんかしないが、今回はちと特別にな」


「兄貴、父上は説得できたのか?」


「親父は案外妥協してたぞ。問題は幹部どもだよ。親父に泣きついてやめろだの、今から近衛候補の2人を殺してくるだの」


(うわ、物騒だな……)


 昇の心の声は読まれた。


「物騒って顔だな?」


「ひぃ?」


「そうだぜ。天城家は実力主義。実績を上げるためならなんでもする物騒な連中だらけだ。それはさておき話を戻すとな。来人、お前が前から近衛を付けないって親父は悩んでたわけでな」


 来人は当然だろ、という最初の言葉を代わりに顔で伝えて反論する。


「だってよ、べったりくっつかれておぼっちゃまって呼ばれるのは嫌なんだよ」


「親父にはそれが悩みの種だったんだよ。それがここに来て外にちょっかいかけに言ったら近衛候補がいるって言ったんだから親父は泣いて喜んでたぜ。ようやくつけてくれる気になったかって」


「まあ……親父の心配も分かるからな。この2人なら俺も納得だとおもって」


「親父はお前の意見を尊重するって貫いたんだ。だからこそ親父の面目がつぶれないようにする必要があるよなぁ?」


 ここに来て、昇と季里に話が移った。


「すぐに近衛というわけにはいかねえ。近衛になりたければ十分な力と実績が必要だ。お前達にはその2つを得るために今から修業に入ってもらう」


 修行。


 昇も季里も、自分の戦闘力を高めるための訓練はしてきたことがある。しかし、12家最高位、徳位の称号を持つ天城家の修業となれば生半可なものではないことは明らかだ。


 昇の身が引き締まる。


「お前達には正規の順を追ってまずは天城家本家の戦闘員になってもらわないといけない。そして、入隊のためには、半年に1回行われる『天城試験』に合格する必要がある」


「試験……勉強か?」


「勉学と戦闘技術の両方が問われるだろう。次の試験は2か月後。さすがに短いな。独学じゃまあ無理だ。そこで、お前達には師匠をつけることにした。面倒を見てもらえ」


 天城が合図のために手を叩く。


 再び襖があき、そこに現れたのは、巨大な体の――。


「ばばぁ……?」


「誰がばばぁだとクソガキぃ?」


 身長2メートル越えのムキムキボディが浮き出ている老婆だった。 

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