魔王の道、彼女の道

 日もそろそろ暮れはじめた頃、幾夜たちはひとつの料理店に入る。

 気兼ねなく話せる個室をオーダーし、今料理を選んでいた。


「ねえねえどれにする?」

「あ、え、ええと、ボクはトゲニンジンのカチカチ炒め、た、食べよっかな……」

「ねえサリア、ポムポム食べていい?」

「それはデザートですよ。ちゃんとごはんを食べてからです」


 幾夜はメニューを眺め難儀していた。

 そう、料理名に馴染みが薄く、どれを選ぶべきか悩んでいたのだ。


「私はフライワームグランにします」

「ここの紅ひらめのアオバナ煮、お気に入りなんだー」

「むう……」


 どういう材料かはなんとなくわかるものは多いが調理法がまるで想像がつかない。

 ここは無難そうなものを行くべきか。

 しかし魔王がそれでいいのか、と幾夜の中に葛藤が起こる。


「んー……わたくし、クリームコルベアにする!幾夜は?」

「う、うむ、そうだな……やはりここは……ガルムルカレーにしよう」


 幾夜は結局、カレーと名がついたそれを注文することにした。

 きっとカレーだろう。たぶん。


「へー、幾夜、結構通なの頼むんだね」

「う、うむ」


 カレーではないかもしれない。

 だが頼んだ以上は何が来ても食べるつもりだ。

 そうしてやってきた様々な料理はどれも見たことのないものだった。


 トゲニンジンのカチカチ炒めはその名の通りニンジンらしきものやその他肉野菜がカチカチな何かにコーティングされている。

 リュミネリナは意に介することなくそれをボリボリ言いながら食べていた。


 サリアが頼んだフライワームグランはやはりというか、虫のようなものがカラリと揚がったものが出てきた。この世界では特に虫を食べるのは珍しくないのだろう。

 サクサク揚がった衣の中から何かがとろりとしており、見た目だけであれば十分美味しそうだ。


 紅ひらめのアオバナ煮は真っ赤な魚を炒めたものに青くて甘い香りのするソースがかかっていた。

 見た目は少しばかりカラフルだが美味しそうなにおいがする。

 あとで知ったがアオバナとは青いバナナのような果実のことらしい。

 トゲニンジンなどもあったりと、食べ物に関しては意外と自分の世界と共通しているらしい。


 メルシスのクリームコルベアはまさにクリームシチューのような食べ物であった。

 少し違うのは真ん中に大きな肉がごろりと入っていることでどちらかといえば肉がメインの料理らしいということだった。


「お待たせしました。ガルムルカレーです」

「……これは」


 そして幾夜の頼んだガルムルカレーは、なんとも形容しがたいものであった。

 真っ黒な塊に紫色のソースがかかっている。

 正直なところあまり食べ物の見た目ではなかった。

 だが幾夜は何も言わず、それを口に運ぶ。


「……ふむ……美味い」

「い、幾夜さん、ルカレー、お好き、なんですね……結構、好き嫌いわかれる味、ですけど……」


 どうやらこれはカレーではなくルカレーであったらしい。

 黒い塊は肉であり、確かにやや癖のある味と匂いはあるが、幾夜の口には合っていた。


「どうせどんな料理かわからず語感で選んだんでしょう黒ずくめ」

「む……」

「それはガルムの肉を岩石油で揚げたドワーフの郷土料理ですよ。かかってるのは地下リンゴのソースです」

「岩石油、結構癖あるんだよねー、あたしはちょっと苦手かも」


 ガルムの肉も岩石油もどんなものかはわからないが、まあ美味しく食べられているので問題はないだろう。

 しかし、今度からは恥を忍んで先にどんな料理か聞いてから頼むことにしようと思った幾夜であった。


────


「ポムポム美味しい!幾夜も食べる?」

「いや、メルシスが食べるといい」

「うん!」


 そういいつつ、メルシスはぷよぷよとした餅か饅頭のようなそれを頬張った。

 食事も終わり、ひと心地ついた今、そろそろ幾夜はずっと考えていた話を切り出そうと考えていた。


「みんな、少し話があるのだが、いいか」

「……あまりいい予感はしませんが」

「フ、そんなことはない。重要な話だ」

「はあ……あまり大きな声は出さないでくださいね」


 サリアは半分諦めたようにそう言った。

 幾夜は右手で顔を隠すと、目を閉じる。

 そして満を持して、それを口に出した。


「俺とメルシスは魔王だ。今後、魔王として活動していくにあたってしておきたいことはたくさんあるが……まず魔王軍には決して欠かせない存在がある」

「か、欠かせない、存在……?」


 リュミネリナが首をかしげる。

 幾夜は目を開き頷いた。

 そして、高らかに宣言した。


「そう……魔王軍には、四天王が必要だ!」

「四天王」


 ピノがオウム返しをする。

 そう、魔王に付き従える強大な仲間。

 それが四天王。

 幾夜が魔王になるうえで決して外せないポイントであった。


「俺たちには仲間が必要なのだ、魔王としての使命を全うするための仲間が!サリアとメルシスもそう思うだろう」

「……四天王ですか……確かにかつての魔王城にもおりましたが……」


 幾夜はフと笑う。

 そして改めてそこにいる面々を見た。

 ずっと共にいて感じていたこと。

 彼女達なら、素質は十分だ。


「ピノ、リュミネリナ。お前たちに魔王軍の四天王を担ってもらいたい!!」

「え、えぇ……!?」


 リュミネリナは目に見えて狼狽えているようであった。


「え、ええ、よ、よくわかんないけど、その、四天王って、すごい、ポジションなんじゃ、ないの……?」

「ああ、最重要ポジションといってもいい」

「そ、そそそ、そんな場所に、ぼ、ボクが入って、いいの……?」

「リュミネリナなら素養は十分だ。エルフとしての知識、ゴーレムを操る技術、そして何より」


 そう、何よりも大事な、幾夜にとって譲れない条件がそこにある。


「メルシスを大事にしてくれる。そうだろう?」

「あ、え、ええと……その……」


 リュミネリナはメルシスを見る。

 一度は襲い掛かってきた自分を許してくれたメルシスに報いたい気持ちは確かにある。


「え、ええと、その、ぼ、ボク、ボク、その……ぼ、ボクで、いいの、かな、本当に……め、メルシス……」

「うん!リュミネリナが仲間なら、わたくしとっても嬉しい!」

「……!」


 リュミネリナはあまりの気恥ずかしさにふにゃふにゃとその場で身もだえる。

 そして、答える。


「わ、わかった、ぼ、ボク、不安だけど、その、や、やってみるよ、し、四天王……」

「そうか、ありがとう……!」

「ありがとう、リュミネリナ!」

「……不安ですが、まあ、いいでしょう。秘密も知られてしまっていますしね……」


 リュミネリナは了承してくれた。あとはピノだ。

 ここで幾夜は気が付いた。

 いつもであったらこういう話には真っ先に食いついてきそうなピノが、妙に静かだ。


「……ピノ?」

「断る」


 その声は、とても冷たかった。

 メルシスも、サリアも、リュミネリナも、幾夜もピノを見た。

 ピノはただ、静かに俯いていた。


「……ごめん。あたしは。魔王軍には入らない」

「え、ど、どうして……?」


 思わずリュミネリナがそう問う。

 ピノは俯いたまま答える。


「……ごめんね。あたし、ずっと黙ってたことがあるんだ」


 ピノは懐から何かを取り出す。

 それは太陽の形をしたバッジのようであった。


「……あたしの仕事は、"太陽の警備団ガーディアン"、かつての勇者の遺志を引き継ぎ、世界を守ると誓った者たち」

「太陽の……それは勇者の……」


 そう、かつて魔王と戦った存在は太陽の勇者と呼ばれているという話は彼女から聞いたものだ。

 サリアは顔をしかめる。


「……つまりあなたは、勇者を信仰するものでありながらずっと私たちと行動を共にしていたと」

「それ、は……」


 ピノは唇を噛みしめる。

 そして顔をあげた。


「それは……確かに、ずっと黙ってたのは。ごめん。私が悪い。

 でも、騙そうと思ってたわけじゃないんだ。

 みんなと一緒にいるのが楽しかったのは、本当で。

 ……だから、言い出せなかった。

 もちろんみんなが魔王だからってそれを言いふらしたり今捕まえたりしようとするつもりはないっていうのも本当だよ」


 でも、とピノは続ける。

 その顔はとても悲しく、寂しそうであった。


「でも、もしみんなが今後……本当に"魔王軍"になるときがきたら。

 ……あたし達は、戦うことになるかもしれない」

「……」

「あたしは"太陽の警備団"を裏切れない。だから、魔王軍には入れない。

 だから……ごめん、そして、さよなら。今日は……とっても楽しかったよ」

「ぴ、ピノ、待って!」


 メルシスが呼び止めるも、ピノはそのまま出て行ってしまった。

 リュミネリナはただおろおろとあたりを見渡すばかりだ。


「……追いかけて、始末しますか」


 サリアが立ちあがりかけたところを、メルシスが全身で止めに入る。


「だめだよサリア!ピノは友達だよ!!」

「……メルシス様。覚えていてください。友達だろうが、時には始末しなければならないこともあるのです」

「そんなことない!!そんなの……わたくしは嫌!!」


 メルシスは涙をこぼす。

 それはピノに誘いを断られた悲しみか、ピノと敵対する可能性があることへの苦しみか、ピノへの感情がないまぜになり、本人もわからなくなっているようであった。


「……」

「……おい黒ずくめ。どうするつもりですか」

「どう、とは」


 幾夜は平然としていた。

 サリアはその様子に苛つくように声を荒げる。


「これがあなたが勝手に話を進め、勝手に信用できると判断したものを勧誘した結果です。その結果お前はメルシス様を失望させた。この埋め合わせをどうするつもりかと聞いているんです」

「……」


 幾夜はほんの少し息を漏らすと、メルシスを見つめて語る。


「メルシス。お前はどういう魔王になるべきか、もう決めているな」

「う、うう……ぐすっ……」

「お前……!!」


 憤慨するサリアに幾夜は少しだけ待ってほしい、と手をかざした。

 サリアは、渋々と椅子に座りなおす。


「メルシス。俺は……俺はこの世界を、さらに一つにする魔王になりたい」

「……ぐす、幾夜……」

「そこにあるのは世界征服でも、恐怖でもない。皆が魔王を受け入れ、共に歩んでくれる世界だ」

「……!」

「……お前が悲しむことのない世界を、俺は作る魔王になる」


 幾夜はそう言って、右手で顔を隠した。

 メルシスは涙をぬぐい、そして言う。


「わたくし……わたくしは、みんなと、もっとみんなと仲良くなりたい。

 お父様の魔王とは、全然違うのかもしれないけど……でも、わたくし、今日思ったの。

 こんなに楽しくて嬉しい世界を、壊したり、なくしたりするの、いやだって……

 だから……わたくしは、新たな魔王として……もっと、みんなが楽しくて、嬉しくなれる世界を作りたい」

「メルシス、様……」


 サリアはその言葉に驚愕した。

 しかし、またあの温かな気持ちが心から湧いてくるのを感じる。

 この二人の理想は、同じところにある。

 そしてそれを、自分も心の中で望んでいるのかもしれない、と。


「……ならば、まだだ」

「……まだ?」

「まだ、ピノとの交渉は終わっていない」


 幾夜は両足で立ち上がって、改めて右手を隠し、左手で右腕を支えた。

 たなびく黒のコートが、幾夜をいつもよりも大きく見せる。


「俺たちが目指す新たな魔王軍に、ピノは必要な存在だ。だから、俺はまだ諦めない。

 メルシス。お前はピノと仲良くなれる世界を目指すか?」

「……」


 メルシスは立ち上がり、左手で顔を隠し、右手で左腕を支える。

 両足でしっかりと立って、自分の言葉を真っすぐに貫く。


「……わたくしは、目指す!わたくしとピノが……こんな風に別れる世界なんてわたくしは認めない!そんな世界は……そんな世界を……」


 幾夜とメルシスは頷いて、同じ言葉を紡ぐ。


『そんな世界を、作り替える!魔王として!!』


 それが、二人の目指す魔王の道。

 それはピノの目指す道と、決して遠くないところにあるはずだと信じて、進み出す……!

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優しい世界の魔王と魔王 氷泉白夢 @hakumu0906

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