魔王と魔王、町を楽しむ

 幾夜とメルシスが約束を終えた頃、風呂場から出たサリア、ピノ、リュミネリナが待合室にやってきた。


「……リュミネリナか、ずいぶん雰囲気が変わったな」

「も、もう、もこもこにされたので……ふへへ……」


 ぼさぼさだったリュミネリナの髪は目は隠れたまま綺麗なエメラルド色のストレートになっていた。

 肌もだいぶ綺麗になり、これならエルフと言われても納得できる外見だ。

 

「ねえねえサリアさん、せっかくだしさあ、このままセレクトショップ行かない?洋服とか買おうよー」

「……このお金は決してあなた達のためにあるのではないのですが」

「そう言わずにさぁ、メルシスちゃんやサリアさんも新しいお洋服買った方がいいって絶対ー」


 ピノはそう言ってサリアの後ろをぱたぱたと飛ぶ。


「新しいお洋服……ちょっと欲しいかも」

「でしょでしょ~?」


 黒色のローブを少しだけ引っ張ってメルシスは言う。

 サリアは顎に手を当ててうーんと考える。


「まあ確かに衣服も重要ではありますが」

「決まり決まり!いい店知ってるんだ~!えへへ、新しい服~」

「ですからあなた達の服を買う理由は……」

「自分の服は自分で買うよ~、こういうのはみんなで行くのが大事でしょ~?」


 ピノはそう言って先導する。

 メルシスは楽し気にそれを追いかけて、リュミネリナもわたわたしながら追いかける。


「全く、調子がいいというか……」

「良いではないか、衣食住は大事だ」

「それはそうですが……まあ、いくだけいきましょうか」


 幾夜とサリアもその後ろを追いかけていく。

 町中を歩く途中、ピノは様々な人に声をかけられていく。


「ピノ、いい魚入ったよ!今日の晩飯にどうだい!」

「んー、悪くないんだけどごめん、今日はいろいろ予定があるからさ!」

「おやピノちゃん、今日も元気じゃのう」

「えっへへー、元気が取りえですから!」


 ピノはそのひとつひとつに丁寧にあいさつを返していく。


「ずいぶんと人気者だな、ピノ」

「ま、人望だよ人望、ふふふ」


 幾夜にそう返すとピノはぴゅいっと空を舞う。

 すると立派な体格をした豪快そうな獣耳の男性が話しかけてくる。


「おうピノ、サボりか?」

「フェンさん!サボりじゃないよ~、今日はお休み!」

「冗談だよ、それくらいわかってるさ」


 ピノはあっと声を出して向き直り、その男性を一同に見せるように話す。


「この人、フェンデルクさん。フェンさんでいいよ。まああたしの育ての親っていうか上司っていうか……まあ世話になってる人」

「見ない方達だが……旅人か?ピノは強引だから大変だったろ」

「いや、ピノにはとても世話になった。俺の仲間も助けてくれたからな」


 フェンデルクはほう、とピノを眺める。

 幾夜は姿勢を正してフェンデルクに話しかける。


「名乗るのが遅れた。俺は竜胆幾夜というものだ」

「あ、ど、ども、その、りゅ、リュミネリナ・アルテスティと、申します……」

「わたくしはメル」


 と、メルシスが言う前にサリアが間に割って入る。


「私、サリア・グリーフスと申します。彼女はメルシス。私の妹です」

「あ、えっと、はい。メルシス、です」


 メルシスはぺこりとお辞儀をする。

 フェンデルクは愉快そうににやりと笑うと、ピノの背中を叩く。


「なんでえ、ずいぶん楽しそうなやつらと仲良くやってやがるじゃねえか」

「もうフェンさん、痛いってー」

「俺はフェンデルク・ファーベルトだ。ピノと仲良くしてくれてありがとうよ」


 ファーベルト、ピノと同じ苗字だな。と幾夜は思った。

 父親というわけではなさそうだが、まあ他人が立ち入ることではないだろうと思い、何も聞かなかった。


「これからみんなでショップ行くから、またねフェンさん」

「おう、またな」


 フェンデルクは手を振ってピノを送り出す。

 ピノもまた手を振りながら、幾夜たちを引き連れて去っていった。


「ここ最近で一番楽しそうじゃねえか、あいつ」


 フェンデルクは嬉しそうに笑いながら、また歩いて行った。


────


 サリアはメルシスと共に建物の影に隠れると、メルシスにひざまずいた。


「メルシス様、咄嗟のこととはいえ、私の妹などと名乗らせてしまい本当に申し訳ございませんでした」

「え、べ、別にいいよサリア、なんだかちょっとわくわくしたし……」


 サリアは手をぶんぶんしながらメルシスに立つように促す。


「メルシス様の寛大なお心に感謝いたします」

 

 サリアは立ち上がり、改めてメルシスに頭を下げた。

 幾夜はぱたぱたと落ち着きのないメルシスをなだめながら先程の事を詳しく聞いてみることにした。


「先程名乗ったのはサリアの名字か?」

「あれは咄嗟に名乗ったものです。魔王城で生まれた私に名字はありません」

「む、そうか……すまない、不躾なことを聞いた」


 幾夜の言葉にサリアはためいきをつく。


「お前にはもう不躾なことを言われ慣れましたよ。不要な心配です。名字があろうとなかろうと私がメルシス様の従者であることに変わりはありませんので」

「サリア……あ、じゃあグリーフスってさっきの名字、サリアの名字ってことにしちゃいましょうよ」


 メルシスは名案を思い付いた、といった風に嬉しそうに手を叩く。


「メルシス様……」

「いいじゃない、わたくしの偽名兼サリアの名字、ね?だめ?」

「……いえ、メルシス様がそう仰るのであれば喜んで」


 サリアは少しだけ嬉しそうな顔をして、サリアにまたかしずく。


「フ、よろしく頼むぞ、サリア・グリーフス」

「お嬢様にたわまった名を軽々しく呼ぶんじゃない黒ずくめが!」


 しゃーっと言わんばかりに怒るサリアを見てメルシスはくすくすと笑っていた。


「ほらほらみんな、いつまでそんな建物の影にいるの、ショップまでもう少しだから早くいこうよー!」


 ピノが催促をしだしたので、サリアたちは改めてショップへと向かい始めた。


────


「あ、ほらほら見てサリアさん!この服とかかわいいんじゃない?」

「す、少し派手すぎませんか。メルシス様には早いです」

「そんなことないって、最近はこのくらい普通だよ普通~」


 ピノとサリアは共にメルシスにいろいろな服を見繕う。

 メルシスも試着室でいろいろと着替える。

 髪の色と同じ白いワンピース。

 ピンク色のひらひらとしたフリルドレス。 

 スポーティーな黄色いシャツに青色のオーバーオール。

 不思議なキャラクターが描かれた薄緑のシャツに黒いスカート。

 いろいろと着替えたが、どれを買うかは決めかねているようでもあった。


「あ、あの、ボク、お金ない……」

「リュミネリナの分はあたしが出してあげるから!ほら似合ってるよ!」


 そう言って試着室から出てきたリュミネリナは薄汚れた土色ではなく、セピアのケープをとスカートを身に着ける。

 綺麗になった髪とあわせて、ようやくエルフらしくなった。


「サリアさんは服買わないんですか?」

「私はメイドですので、メイド服以外の物は……」

「でも町に行ったときとかまたメルシスちゃんのお姉さんの振りするんでしょ?その時メイド服じゃちょっと不自然だよ」

「む、むう……」


 その正論にサリアは言葉に詰まる。


「サリアさんって意外とボーイッシュなのも似合うんじゃないかって思うんだけど……あ、でもやっぱり綺麗だから普通に大人の女性の雰囲気で……」

「い、いえ、自分で選びますので!」

「ふふ、サリアが慌ててるの珍しくて面白い」

「メルシス様……!」


 そんな女子たちの様子を幾夜は遠巻きに眺めていたが、ふとあるものに目を奪われた。


「これは……このコート……非常に魔王にぴったりではないか……」


 さらに幾夜はその横にある手袋に目を付ける。


「ワイルドバッファローのベルトにマミーの包帯風指ぬきグローブ……これは……いいぞ……フフフ……完璧じゃないか」


 幾夜は早速それらを試着する。

 もともと着ていた黒いシャツとズボンに茶色のベルトを合わせ薄手の黒コートを羽織り、包帯風グローブを手にはめる。


「フ……フフハハハハハ……いいぞ……俺にぴったりの服装ではないか!」


 意気揚々と幾夜は試着室から飛び出ると、サリアの元へと向かう。


「俺はこれを買う。いいだろう」

「……なんでお前に服を買わなくてはいけないんですか。というより黒ずくめが黒ずくめになっただけではないですか」

「何を言うか、この完璧なコーディネイトがわからんのか!メルシス!お前ならわかるだろう!」

「うん、幾夜に似合ってると思うな!」


 幾夜はフ、と笑い右手で顔を隠し、左手で右腕を支え、両足でしっかりと立った。


「そうだろう……フフフ、ハハハハハ!!どうだ、メルシスも着てみる気はないか?」

「えっ、わたくしに……?に、似合うかな……?うーん……」

「わかりました、買って差し上げますから、メルシス様の服装には二度と口を出さないでください」


 こうして幾夜は新たな衣装を手に入れ上機嫌のまま、サリアにショップから追い出された。

 女性陣はその後いくつかの服を厳選し購入したらしい。


「いやあー、やっぱこうやって友達と服を買うのは楽しいなー!」

「と、友達……ふ、ふひひひ……」

「うん!またいろいろ買おうね!」


 そういうと、急にお腹がきゅうと鳴る音がした。

 メルシスは恥ずかしそうにあうあうとみんなの顔を見回す。


「み、みんな!そろそろお腹減ったんじゃないかな!ご飯、食べにいこう!ね!」


 ピノはその様子を見てくすと笑った。


「そうですね、私のお腹もなってしまったことですし」

「え、さ、サリアさん?今のって……」

「リュミネリナ、お腹が鳴ったんですよ。間違えないでください」

「は、はひ……」


 リュミネリナはしょぼしょぼと引き下がる。

 ピノははいっと手を挙げて答える。


「はいはい!それじゃあ安くて美味しいご飯のお店ももちろん知ってまーす!!」

「さ、さすがピノ!すごい!」


 メルシスはまだ少し恥ずかしそうな様子でぱちぱちと拍手をする。


「そうだな、そろそろ俺も腹が減ってきたな、メルシス。いい判断だ」

「え、えへへへへー……」

「はいはーい!そんじゃあレッツゴー!!」


 そうして再びピノの先導の元、幾夜たちは料理店へ向かう事になったのだった。


(……そろそろ、話すべきだな。について……)


 幾夜はそう考えて、そして再び歩き出すのだった。

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