魔王と魔王、温泉を楽しむ
リュミネリナと和解したメルシス達は、改めて物資を調達するために町へ向かうことにした。
町へはピノが先導し、安全なルートを示してくれる。
きょろきょろと落ち着かない様子のリュミネリナにメルシスは不意に声をかける。
「ねえリュミネリナ、リュミネリナのこと、もっと教えて?」
「ひゅいっ!?え、ええと、その、まあ、あの、ええと……ボクはその、ええと……」
「そうだな……まずは改めて自己紹介してもらえると助かるな」
幾夜がリュミネリナに助け舟を出す。
リュミネリナは狼狽えながらもぼそぼそとそれに答えた。
「あ、は、はひ、その……ぼ、ボクは、リュミネリナ・アルティスっていいます……い、一応、エルフ、です……」
「エルフ……?」
幾夜は、やや一般的なイメージのエルフとは違うな、と感じた。
エルフと聞いてイメージするのはもう少し長身で小綺麗な女性である。
リュミネリナは身長は低くどちらかといえば小汚い、しかし意外と胸が主張しておりかろうじて女性だとわかる。
この世界のエルフはそういうものなのだろうか。
「……本当にエルフなのですか?私の知るエルフとはだいぶ違いますが……これも時代による変化ですか?」
「いやあ、あたしの知ってるエルフとも違うなあ」
サリアとピノが口々に言う。
どうやらそういうものではなかったらしい。
「あの……ほら、一応、耳……ちょっと髪で隠れちゃってるけど……」
そう言ってリュミネリナがそのぼさぼさの緑色の髪を少しだけかきあげると確かに尖った耳がそこにあった。
「って、まあ、その……確かにボク、里でもちょっと異端っていうか……まあ普通に変人扱いだったといいますか……はひ……」
「ゴーレムの研究してるエルフなんて聞いたことないもんねえ、エルフってもっと自然を守ることとか考えてるもんだと思ってたよ、あんまり交流はないから知らないけどさ……」
「ご、ゴーレムもある意味自然の叡智といいますか……!!魔法と自然の一体となった素晴らしい作品といいますか……!!いや、まあ、他のエルフには全然わかってもらえませんでしたけど……」
ピノの発言にリュミネリナはわっと持論を展開し、勝手に落ち込んだ。
なるほど、確かに異端だ。
「エルフというのは……やはり森にこもっていたりするものなのか?」
「そうだねえ、あたしの知るエルフはそんな感じ。あんまり自分たちの住処から出てこないけど、エルフの商人とかはたまに見かけるかな」
「エルフはそこらへん昔とあまり変わりませんね。魔王様との戦いにも積極的に参加しなかったので放置されていたと聞いています。」
ピノとサリアの口ぶりから、どうやらエルフのイメージはそれほど大きく変わらないようである。
しかし自分の疑問にもすぐに答えてくれるピノはやはり得難い存在であると幾夜は感じた。
「いやあでもびっくりしたよねえ、メルシスちゃんとサリアさんが3000年前の魔王軍の生き残りなんて」
「さ、さすがにエルフも3000年は生きられませんから……なんていうか、その……さすが魔王の力って感じです……相当強力な封印だったんでしょうねえ……ふひひ……」
ピノとリュミネリナはそう言ってメルシスとサリアの事を見る。
メルシスは少しはにかみながらえへへと笑った。
「本当に教えてしまってよかったんでしょうか……」
「どうせ魔王城の存在もばれてしまったし、問題あるまい」
「黒ずくめには聞いていません。私はメルシス様の意見に従っただけですので」
サリアはぷいと幾夜にそっぽを向いた。
「大丈夫よサリア、ピノもリュミネリナももうお友達だもの!ね!」
「うん!このことは内緒にしておくよん」
「お、お友達……ま、魔王の、お友達……ふ、ふひひひ……」
メルシスはピノとリュミネリナの間に入り手を繋ぐ。
ピノは楽しげに、リュミネリナはそわそわして対照的な反応を示す二人であった。
「もう町に着くな。やはり土地勘のあるものがいると着く速さもまるで違う。メルシス達を助けに行く時もピノがいなかったらどうなっていたか……」
「にへへ、役に立ててよかったよ」
「私としては正直どうしてくれようかこの黒ずくめ、と思いましたが……まあ今回は不問にいたしましょう」
サリアがまたため息をつく。
そんなサリアを尻目に、メルシスは町の門に駆けていき目を輝かせる。
「わあ……これが、町……本当に人がいっぱいいるのね」
「……そうか、メルシスは町を見るのも初めてなのか……」
「うん……だから幾夜やサリアや、ピノやリュミネリナと初めて町に来れて、すごく嬉しい!!」
「お嬢……いえ、メルシス様……」
「フフ、そうか」
一瞬感極まったサリアと本当に嬉しそうなメルシスを見て、幾夜も顔をほころばせる。
ピノはぴゅいっと宙に舞い、門の中へと入っていった。
「ほらほら入口で感動してないで、中はもっと楽しいんだから!ね!」
ピノはそういってウインクする。
幾夜もそれに同意して、皆を町の中へと先導した。
「ところで、まずはどうする。食事でもするか?」
「いえ、それより先にまずすべきことがありますね」
サリアはそういうとリュミネリナを見る。
リュミネリナはきょろきょろして周りに誰もいないことを確認してから、自分のことを指差して首を傾げた。
────
「リュミネリナさん……ずっと貴女の事が気になっていたんですよ」
「あ、その、えっと、あのボク……」
サリアとリュミネリナは服を脱ぎ、お互い裸でそこにいる。
リュミネリナはどうしてこんなことになったのか、そわそわと居心地が悪そうにしていた。
「動かなくても構いません、私に任せてください」
「あぅ、や、そ、そんな、じ、自分ででき……ひゃんっ……」
サリアがふれたところにリュミネリナが反応をする。
リュミネリナは恥ずかしそうに俯きながらもサリアに体を委ねることにする。
「本当にっ!なんでこんなに薄汚れてるんですか貴女は!メルシス様と接するのにそんな泥だらけでっ!!見過ごせません!!」
「その、ゴーレムの研究をしていると、そのどうしても……あの……」
「どうして、ちゃんと、お風呂に、入らないのですかっ!!」
「あ、あうう、その、み、水浴びくらいは、ちゃんと、していましたと、いいますか……」
「その程度だろうと思いましたよ!あなた自分で洗ったら適当にやって終わらせてしまうでしょう!!少しじっとしていてください!!」
「ひゃ、ひゃいい……」
そういってサリアはリュミネリナの髪や体をごしごしと洗い始める。
リュミネリナは体をもぞもぞさせながら現れるのに耐えている。
「サリア、食べ物とかこぼすとすっごい怒るの」
「ははは、几帳面そうな人だもんねえ」
「それでああいう風にわしゃわしゃわたくしの事洗うの、ふふふ」
メルシスとピノはその様子を微笑みながら見るのであった。
────
「……ふう……まさかいきなり温泉に行くと言い出すとはな」
幾夜は男湯で一人、ゆっくりと湯につかっていた。
女湯の方はやたら騒がしいが男湯のほうは静かなものだ。
少し多めにお金を払い、温泉を貸し切りにしたのである。
幾夜はそこまでする必要があるのかと感じたが、サリアが絶対に貸し切りに、というのでそうすることにした。
「なんにせよこの広さの温泉に一人というのは……フフ……まるで世界を制したようではないか」
温泉の心地よさも相まって、テンションが上がる幾夜であった。
────
「メルシスちゃんはもう一人でからだ洗えるのかな~?お姉さんが洗ってあげようか?」
「もうピノったら、わたくしだって、本当だったらもうひとりでお風呂に入るんだから」
「まあまあ、そう言わず、お背中でもお流しします?魔王様」
「もー、ピノ!」
二人がきゃっきゃとはしゃいでいると、ふとピノがあることに気付く。
メルシスの背中に赤い悪魔のような紋章が刻まれているのだ。
「……メルシスちゃん、これなに?怪我……じゃないよね」
「……!」
サリアがそれを聞いた途端にメルシスを庇うように立ちはだかる。
ピノは驚いて後ずさり、リュミネリナは泡でもこもこになっていた。
「サリア、大丈夫だよね。だからピノとリュミネリナにも来てもらったんだもんね」
「……そう、でしたね……申し訳ありません……」
「なになに……なんなの……むぐ、これは……!」
リュミネリナは泡でもこもこになったままメルシスの背中を見る。
「あの、これ、えっと……もしかして、ですけど、魔王の紋章……?」
「……わかるのですか」
「は、はひ、まあその、一応、研究の一環で見たことがある程度ですけど……やっぱり、本当に、魔王の娘、なんですね……」
「……やはり、今の時代でもわかる人はわかるのですね。貸し切りにして正解でした」
サリアがほっと胸をなでおろす。
「そっか、サリアさんはそれが心配で……」
「ええ……やはりメルシス様が魔王のに連なる者だとばれてしまうのは今は危険ですので」
「ぼ、ボクたちは、ほら、もう、知ってます、し、あの、と、と、と、友達、ですし、ね?」
「そうそう、というかサリアさんやメルシスちゃんがあたし達を信頼してるってわかって安心したよ」
「……ありがとうございます」
サリアはそう言って頭を下げる。
と、その時だった。
「魔王の紋章だと!?メルシス、それは本当か!」
「幾夜!?」
男湯の方から声が聞こえてくる。
どうやら会話が聞こえてきたらしい。
「見せてくれメルシス!頼む!!」
「おい黒ずくめ、八つ裂きにされたいようだな」
メルシスが返事をする前にサリアが殺気を露わにする。
「幾夜ー、さすがに女の子のこんなところを見せろはちょっと……」
「いや、まあ、その、気持ちは、わかりますけど……それは、アレですよ、はひ……」
「何を言う!!俺は純粋に魔王の紋章に興味があるのだ!!メルシス!!見せてくれ!!頼む!!」
「メルシス様、ダメですよ、絶対に。わかっていますよね」
メルシスはえっと、えっとと言いながらもじもじと指をくるくるさせる。
そして男湯の方に向かって声をあげる。
「そ、その……幾夜……に、は、その……えっと……」
「メルシス」
「……うー……や、やっぱり、だめっ!」
「メルシス!?」
顔を赤くして拒否したメルシスに幾夜はショックを受ける。
サリアの方は我が意を得たりとばかりに幾夜に追撃を加える。
「ほら黒ずくめ!!潔く諦めなさい!!」
「ぐ、ぬぬ……ぐう……」
男湯の方が静かになった。
女湯側からは見えないが幾夜は悔しそうに、意味もなく右目を抑えながら風呂を出ていったのだ。
サリアはふうとため息をついた。
「……やれやれ全く……」
「あ、あのう、サリアさん、そろそろ、ボクの、この、泡を……流していいのかとか……その……言ってくれると……はひ……」
────
温泉から出て待合室に入ったメルシスは幾夜のところにてぽてぽと歩いていく。
幾夜はベンチに座って若干うなだれていたがメルシスを目にするといつもの調子を取り繕う。
「あ、あの、幾夜、その、ご、ごめんね……」
「いや……確かに俺の方こそデリカシーに欠けていた。本当にすまない」
「う、うん……あの、あのね……」
メルシスは少し不安そうに幾夜の方を見る。
「……あのね、幾夜。魔王の紋章って、大いなる災いの元になるんだって」
「む……」
「や、やっぱり、いつか、わたくしのこれも、災いに、なっちゃうのかな……そしたら……わたくし……どうなっちゃうのかな……」
「……メルシス」
おそらくそれはいずれメルシスが本物の魔王となるべくベルギオンが課した術式なのだろう。
なんの意味のない紋章ではないことをきっとメルシス本人が一番わかっているのだ。
メルシスは言われるがままの魔王ではなく、自分の目指すべき魔王を探すために歩みだした。
故に今、災いを呼ぶというそれが不意に気になり、不安になってしまったのだろう。
だがそれでも、幾夜は不安そうにするメルシスに向かい合うと微笑みかける。
「案ずるなメルシス。そんなものがあろうとなかろうと、メルシスはもう自分の道を行くと決めたのだろう?」
「……うん」
「ならば問題ない。そんな災いなど抑えつけてやれ。
……いや、もしお前の望まない災いが降りかかったら、必ず俺がなんとかしよう」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ。約束しよう」
メルシスはぱっと明るく微笑むと幾夜の手をぎゅっと握る。
「えへへへへ、幾夜、ありがとう」
「ああ」
幾夜はすっと小指を差し出す。
メルシスは不思議そうな顔でそれを見る。
「俺の世界では小指を結んで約束の契りとするのだ」
「そうなんだ……じゃあ、約束だからね」
そう言って幾夜とメルシスは小指を結んだ。
メルシスからはもう、不安は消えていた。
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