襲撃されし魔王城

「お前というやつは……」

「話はあとだサリア、まずはこいつらをなんとかするぞ」

「気安く呼ぶな!!!」

「サリアったら!」


 サリアは何故かやたらと不機嫌であった。

 メルシスはそんなサリアを見てむんと怒った。


「あはは、面白い仲間たちだね!」


 その様子をピノが楽し気に見つめる

 そう話している間にも、少しずつ化け物の数を減らしていく。

 化け物はボロボロの剣でもどうにかなるほど一体一体は脆い。

 サリアは糸で切り、ピノは化け物を蹴っ飛ばして倒す。

 それでも数が減らない。


「……それにこれは……ゾンビでは、ないな。ピノ」

「あははは……そうみたいだね」


 化け物は確かにおどろおどろしい形をしているが、それはゾンビのそれとはまた違うものであった。

 土くれで出来た怪物……どちらかといえばそれは……


「これは……ゴーレムだ」


 ピノがそう言った。

 荒れ地の土で作られている魔法生物、というのが正確らしい。

 呻き声や姿によってゾンビだという噂が立ったのだろう。


「これがゴーレム……?……こんなゴーレム、見たことがありませんが……」


 どうやらサリア達はこのゴーレムの知識がないようだ。

 新しい技術で作られたゴーレムなのだろう。


「……ゴーレムというのはこうやって自然に湧くものなのか?」

「普通は違うねえ、ゴーレムを操ってるやつがいるはずだよ、それもそう遠くない距離に」


 となればどこかに隠れて自分たちを狙っているやつらがいる、ということか。


「サリア……幾夜……」


 メルシスが怯えている。

 なんにしてもまずはこの大量のゴーレムをどうにかしなければなるまい。

 幾夜は思案した。


「……試してみるか……ピノ、この剣を持ってくれ」

「ん?いいけど……どうする気?」


 幾夜はピノに自らの剣を渡すと、今度はサリアを見る。


「サリア、ピノ、やってみてほしいことがあるんだが……」

「私にこの誰とも知れないものと協力しろと?」

「ああ、頼む」

「……お前……」

「サリア、幾夜のお願い聞いてあげて!」

「……はあ、何をさせるつもりですか」


 メルシスの懇願にサリアはため息をつく。

 幾夜はその計画を口にした。


────


「あはは!面白いこと考えるねえ幾夜は!」

「……まあ、試してみる価値はありますか」

「頼む!」

「頑張って、サリア!……えっと」

「あたしピノ、よろしくね!」


 ピノはメルシスに微笑みかけてウインクするとふわりと飛び立つ。

 メルシスは手を振りながらピノを見送った。


「ピノ!頑張って!」

「おっけー!」


 ピノは遠くへ飛びながらぐっと上昇し、ゴーレム達がいない場所へと飛び出る。

 空から見ると、やはりメルシス達を中心に発生しているようであり反対側にも多数のゴーレムがいた。


「サリア、頼む」

「気安く……はあ、もういいですけど……それよりお前」

「なんだ?」

「私の姿……気にならないんですか」


 幾夜に鬼蜘蛛としての姿を見せたのは初めてだ。

 別に意図的に隠していたわけではなく、普段は人間の姿をしている方が無駄なエネルギーを使わない、いわば省エネモードである。

 だが普通の人間はこの姿には戸惑うだろう。


「サリアはサリアだろう。何も変わらん」

「……鈍いんですか?」

「フ、魔王は器が広いものだ」


 サリアは再びため息をつく。

 呆れたように幾夜からはそっぽを向き、サリアは指示通りに糸をピノへと飛ばす。


「よっと……!」


 ピノはその糸を先程受け取った剣へと巻き付ける。

 そしてにっと笑うと一気に地面に向かって滑空した。


「メルシス、しゃがめ!」

「うん!」


 メルシスと幾夜がしゃがむと、その上を糸が通り過ぎていく。

 そしてサリアを中心としてピンと張られた糸がゴーレム達に迫り……


『ウゴォー』

『ガァーッ』

『ボロロ……』


 糸によってゴーレムが一気に切断されていく。

 要は粘土を糸で切る要領だ。

 ボロボロな荒れ地から作られた砂のゴーレム程度ならこの程度でも十分に切れるほど脆い。

 そのままピノはそのまま城門をかするように円形に飛行を続け、次々とゴーレムを壊していった。


「ピノ!ゴーレム以外に何かいたか!?」

「見当たらない!」

「ならやはり……」


 幾夜は糸をよけ、タッと駆け出した。


────


「ふ、ふえええ……ぼ、ボクのゴーレム軍団があ……」

「やはりここか」

「ひえっ!!?」


 幾夜はそのぼさぼさの髪の毛の少女に剣を向けた。

 身長は思ったよりも低く、茶色いボロボロのケープを羽織っており、目は髪の毛で隠れている。

 少女は慌てふためいて尻もちをついた。


「な、ななな、なんでここに……?」

「あの飛行攻撃の役目はゴーレムの殲滅だけじゃない。あたりに怪しい者がいないか探す目的もあったのだ。

 だがどうやらあちら側に人影はなかった。となれば残るのは城の裏手側しかあるまい」

「ふええ……」


 目隠れの少女は慌てて四つん這いになり幾夜からそそくさ逃げようとする。

 するとその方向から突然声が響く。


「ファイアボール!!」


 その声に呼応するように、小さな火の玉が飛んでくる。

 火の玉は少女の目前に落ちて弾ける。


「ぎゃひぃんっ!!」

「今のは……!?」

「幾夜!」


 火の玉が飛んできた方向に立っていたのはメルシスであった。

 メルシスははあはあと息を切らしながらもなんとか手を振っている。


「今のはメルシスが……!?」

「わたくしだって……」


────


「お嬢様!危険です!!」

「……それでも、行くの!」

「どうして……」


 メルシスは幾夜の反対側へ向かうべく駆け出そうとしていた。

 確かに幾夜の予想通りに敵が城の裏手にいるならば挟み撃ちにするのは効果的だろう。

 だが、メルシスを危険な目にあわせるわけにはいかない。


「……わかってる。今回もサリアのいうことを聞いた方がいいんだってことは」

「ならば……」

「でも……わたくしは、さっきサリアの言うことを聞かずに、サリアを……みんなを心配させてしまったわ、その責任はわたくしがとりたいの!!」

「……ですが……」

「お願い、サリア……わたくしも……わたくしもみんなの為に戦えるようになりたいの!!」


 サリアは、これほどに決意の固めたメルシスを見るのも初めてだった。

 魔王となるため、最低限の魔法の修行はしている。

 これもメルシスの成長の時、なのかもしれない。

 サリアは迷った。そして。


「……わかりました。行ってください。メルシス様」

「サリア……今、わたくしの名を……」

「お早く!」

「……うん!!」


 メルシスは必死に走った。

 その姿はもう、ただ甘えたり何かを求めるだけのお嬢様ではない。

 サリアはまた、どこか温かな気持ちになったのを感じた。

 それはきっと良いことなのだろう。そう信じることにした。


────


「わたくしだって、魔王だもの!」


 そう言ってメルシスは笑う。


「……フ、そうか」


 幾夜は軽く笑うと、ひっくり返っている目隠れの少女の襟首を逃げられないようにつかみ、耳打ちする。


「仲間はいるか?」

「い、いぃ、いません……」

「そうか。お前が降参するというのならばこちらもこれ以上の危害を加えるつもりはない。どうする」

「ひうう……し、します……降参、しますぅ……」


 メルシスの後を追ってサリアとピノもやってきた。

 幾夜は念のため、ピノに本当にあたりに別の人影がいないかどうかの確認を頼む。

 こうして魔王城への襲撃事件は、無事魔王軍の勝利で終わったのだった。


────


「あううう……」

「それで、貴女、名前は」

「りゅ、リュミネリナと申します……はひ……」


 リュミネリナと名乗るその少女はサリアの糸によりぐるぐる巻きにされ動かないように拘束されていた。

 糸といっても戦闘に使っていたような切断できるような糸ではなく、束ねた綱のような糸であった。

 そんな糸も出せるのだな、と幾夜は思いつつリュミネリナに話を聞く。


「目的はなんだったんだ?」

「いえ、あの、まあ、その……なんといいますか……ふ、ひひ……その……」

「後悔したくないのであれば正直に話したほうが良いですよ?」

「は、はひっ!!!言いましゅ!!」


 こういう尋問に関してはサリアの方に一日の長があるようだ。

 リュミネリナはそれでももにょもにょとしながら少しずつ話していく。


「そ、そのう……ボクはその……ゴーレム……過去のつよいゴーレム……再現、したくて、ですね……ずっと、研究、してきた、わけなんですけども、ね……

 この辺の大地……全部掘り返す勢いで……ゴーレム作ってたら……この辺……こんなことになっちゃいまして……ゾンビとか……まあ、いろいろ言われて……ボクとしては……まあ、あの、研究に没頭できて……ちょうどよかったわけ、ですけど……ふへへ」

「簡潔に」

「は、はひっ!このお城がゴーレムの材料にいいのではないかと思いましてっ!!ちょっと脅かせば交渉が有利になるのではないかと思いましてっ!!!やってしまったわけですっ!!本当に申し訳ありませんでしたっ!!」


 過去のゴーレムがどのような素材で出来ていたかはわからないが、この魔王城は確かに過去の遺物であろう。


「つまりは見たことのない素材に血が騒いでしまったというわけか」

「は、はひ、本当、反省してます、もうしません、どうかおゆるしを……ひ、ひぐ……」

「……メルシス様、どう思われますか?」

「え?わたくし……」


 サリアは、このような時にメルシスに意見を聞くことは初めてだったかもしれない。

 メルシスを守るため、メルシスを正しく育てるため、ずっと自分の判断でメルシスの行動を決めてきた。

 だが、もう必要はないのではないかと考える、何故ならば。


「……私の主はメルシス様です。どうかメルシス様がご判断を」


 サリアはそう言って、メルシスにかしずく。

 メルシスはきょろきょろとあたりを見回して、幾夜と目が合う。

 幾夜は静かに頷いて微笑んだ。

 それを見て、メルシスも頷く。


「……サリア、糸をといてあげて」

「了解いたしました」

「ふ、ふええ……」


 リュミネリナは拘束を解かれ、わたわたと倒れこむように四つん這いになる。

 そんなリュミネリナの前にメルシスは立った。


「リュミネリナ。反省してますか?」

「は、はひ、本当に、反省してます」

「じゃあ……許しましょう!その代わり!」

「はひっ!!なんでしょう!!」


 メルシスは半泣きになりながら慌てるリュミネリナににこりと微笑んで手を差し伸べる。


「お友達になりましょう。リュミネリナ」

「は……ふえ……」


 リュミネリナはよろよろと膝立ちすると、メルシスの手を取る。

 にっこりと微笑むメルシスに、リュミネリナは感激に打ち震えた。


「て、天使……いや、女神様ですか……?」


 リュミネリナはそう言った。

 メルシスはその言葉を聞いて思わず噴き出してしまう。

 そして少しだけ後ろに歩いてから……


「天使?女神?ふふ、違います」


 メルシスは左手で顔を隠し、右手で左腕を抑える。

 両足で堂々と立ち、真っすぐとリュミネリナを見据えた。


「わたくしは、魔王!魔王メルシス・ディル・ヴォルクリオスです!!」


 その姿を見て幾夜は深く頷き、サリアは大きくため息をついた。

 リュミネリナとピノは頭に突然の発言にぽかんとしていたが。

 今この瞬間に、魔王メルシスの歩みが始まった事だけは、間違いなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る