誰が為に私は在るのか
魔王城にて。
私こと、サリアとお嬢様は王の間にて二人、黒ずくめの帰りを待っていた。
玉座に座ったお嬢様は至極退屈そうにあくびをする。
「ねえサリア、ここ退屈だわ、他の場所で遊びたい」
「お嬢様、いずれお嬢様はこの城を統べるお方。その為には今からでもこの場に馴染んでいただかなければ」
「んむー……お外で遊んじゃだめ?」
「いけません」
私はただ、お嬢様の傍らに立ち続けている。
お嬢様にとってはそれがまた退屈だったらしい。
「外は何があるかわかりません。危険です」
「……幾夜は外に一人で出て行ったのよね」
「あれはいいんですよ。その為に呼んだのですから」
お嬢様はぶーと頬を膨らませる。
私はその様子に首を傾げた。
お嬢様は玉座から乗り出すように私に質問をする。
「どうしてサリアは幾夜にそんなに冷たいの?」
「どうして、と言われましても……」
「幾夜は……わたくしに何をすべきなのか、一緒に考えてくれるわ」
「それは……」
私は、何か反論をしようとした。
だが先程のお嬢様と黒ずくめの会話。それを見た時にふと感じた
それを思い出すと何も言えなくなる。
「……わたくし、サリアと幾夜にはもっと仲良くしてほしい。だってわたくしは二人とも大好きなんだもの」
「……お嬢様……」
私は声を詰まらせる。
それでも言わなければ、お嬢様の教育係として、唯一残った自分にできることを。
「……世の中は、それほど上手く回りません。例えお嬢様がそう思っていたとしても、仲良くなれるかどうかはまた別の問題なのです」
「……」
「……それに、お嬢様はいずれ魔王となられるお方です。そのような、好き嫌いの感情だけで動かれては困るのです」
「……」
お嬢様は目に見えて怒っていた。何せ頬が先程の二倍は膨れている。
私は努めて冷静に言葉を並べていく。
「あの黒ずくめが
「……いや!」
「お嬢様……!」
お嬢様が明確な拒否の反応を示したのは、私は初めて見た。
いつも多少の感情の違いはあれど、全てを受け入れてきたお嬢様がこのような反応をするなんて、信じがたいことだった。
お嬢様は目に涙をためて私を見上げる。
「わたくしは……わたくしが成るべき魔王は……」
私はそれを遮るように、告げる。
「ベルギオン様の意思を継ぐことが、お嬢様の成るべき魔王なのですよ!!」
「わたくしは……わたくしは……」
お嬢様は玉座をぴょいと飛び降り、全速力で走った。
私は反応が送れ、お嬢様をそのまま見逃してしまう。
「サリアのばか!ばか!……ばか!」
お嬢様はそのまま一直線に走り去ってしまう。
城門に出てしまうつもりだろうか。
私は慌ててお嬢様を追いかける。
「お嬢様……お待ちください!!」
それと同時に、私は何故か初めてお嬢様と出会った時のことを思い出していた。
────
お嬢様は誰にも触れられないように、魔王城の奥深く。
誰も知らない空間で育てられた娘だった。
そんなお嬢様の教育係として、一介のメイドであった自分が選ばれた理由はわからなかった。
そんなことは考えても仕方のないことだ。自分は定められた仕事をやるだけ。
「……」
「はじめまして。お嬢様。私はあなたの教育係を命じられたメイドです」
「……うん」
お嬢様は自分に興味がなさそうに背中を向け、積み木のブロックで遊んでいた。
本当にただの童女のように。
「あなたはベルギオン様の後を継ぐべく、世界を支配する魔王となるのです」
「……うん」
そっけない返事が返ってくるが、その方がやりやすい。
ベルギオン様も戯れのつもりだろう。
勇者などに魔王軍が敗北するなど、ありえない。
彼女はいずれ直々にベルギオン様に教育を受けることになるだろう。
自分はそれまでの繋ぎなのだ。
「ねえ」
「……はい」
突然、お嬢様が振り返った。
真っすぐな瞳が私を捕らえる。
「おなまえ」
「……」
「おなまえ、おしえて?」
教える必要などない。
そう思っていた、はずなのに。
お嬢様の目は、あまりにも綺麗だったから。
「……私は……サリア、です」
「……サリア」
ぱっと、お嬢様が明るく笑った。
そしてお嬢様は言うのだ。
「わたくしは、メルシス。よろしくね、サリア」
────
お嬢様は黒ずくめに出会って、急激に成長したように思える。
今までのように無心に魔王になることだけを考える存在ではなく、自分がどのような存在になるべきかを考え始めている。
それは黒ずくめに会ったからこその悪影響。
私はそう考えていた。
だが、本当にそうだったのだろうか。
『ベルギオン様の意思を継ぐことが、お嬢様の成るべき魔王なのですよ!!』
自分の放ったはずの言葉なのに。
かつて何度も言ったはずの言葉だったのに。
何故今、自分はこの言葉を否定したがっているのだろう。
「きゃああああっ!!」
「!!?」
お嬢様の声だ。
この叫び声はただ事ではない。
私はすぐに駆け出した。
「……お嬢様……ッ!!!」
私は自らのメイド服をふわりとたくし上げる。
そして自らの足を、本来の形である節足の姿に変化させる。
その六本の節足を動かし、全速力で外へと向かう。
これが私の本来の姿。『鬼蜘蛛』だ。
「お嬢様ッ!!どうされましたか!!?」
「サリア……っ」
お嬢様は城門から離れた荒れ地の真ん中に座り込んでいた。
いつのまにかあたりは少し暗くなっており、夜が近づいている。
私は目を凝らす。
「そこか……ッ!!」
私は自らの指から糸を噴き出す。
その糸はお嬢様に近づく何かを捕らえた。
『ウ……ヴァアアア……!!』
「これは……?」
その者は明らかに生きている者ではなかった。
呻き声をあげるそれは、糸を気にせずお嬢様に近寄ろうとする。
「……ッ!」
私は容赦なく糸を引き、それをぶつ切りにした。
そしてお嬢様に近づく。
「お嬢様!!ご無事ですか!?」
「さ、サリア……あの……わたくし……」
ばつの悪そうな顔をするお嬢様に私は詰め寄るように問いかけた。
「ご無事なんですね!?」
「う、うん……」
私は、お嬢様に掴みかかる。
お嬢様がぎゅっと目を閉じたのが一瞬だけ見えた。
「よかった……本当に……」
「……あ……サリア……」
私は、お嬢様を強く抱きしめていた。
本当によかった。
お嬢様が無事で、心からよかった。
「……サリア……ごめんなさい……わたくし……」
「いいんです。それより……」
私はお嬢様を守るように立ちあがる。
まだ……いる。それも大勢だ。
『グァァアア……』
『ウブアアアア……』
『オオォ……』
それらは非常に不気味な姿をしていた。
見渡すだけでも軽く10体。
いつの間にか城門の前にまで現れている。
一体何が目的なのかわからない。だが。
「お嬢様を……傷つけさせるものかァッ!!」
指から出した糸でその化け物たちを次々と切断していく。
一体一体は大したことないが、数が多い。
切っても切っても湧いて出てくる。
いつの間にかその敵の数は20体ほどにも増えていた。
「……く……」
「サリア……」
「大丈夫です……!!」
自分が、お嬢様を守らなくては誰が守るというのだ。
この幼くも健気な少女を、私が守らなくては。
──ああ、そうか。
誰よりも自分がお嬢様に"魔王"になってほしくなかったんじゃないか。
「サリア!危ない!」
「……ッ!!」
『ウゴァアアッ!!』
今更そんなことに気付いたのは、なんのおかげだろう。
自らの言葉にまで違和感を覚えるようになって。
お嬢様がこんなに大切だとわからされて。
一体、何が自分をも変えた?
「──はぁあああッ!!」
『ゴォオオ……!?』
「……どうやら危ないところだったようだな」
自分たちに襲い掛かろうとした化け物が倒れこんだ。
そしてそこに立っていたのは、ボロボロの剣を持った黒ずくめ。
その黒ずくめは右手には剣を持ち、左手で顔を隠す。
両足で堂々と立ち、私たちを見る。
「……安心しろ。俺が戻ってきたからには奴らの好きにはさせん」
「幾夜!!おかえりなさい!!」
そうか、わかった。
私はこの男に……
「一体倒したくらいで調子に乗るんじゃない黒ずくめ」
「当然だ。ここからだぞサリア」
「だから、気安く名前を呼ぶなと何度言えばわかるのですか」
「もう、サリア!」
嫉妬しているんだ。
お嬢様を変えたこの黒ずくめに、私は限りなく嫉妬している。
……だけど、だからこそ。
「……早くこいつらをなんとかしましょう。黒ずくめ」
「ああ、もちろんそのつもりだ」
少しだけ、ほんの少しだけ仲良くしてやろう。
お嬢様がそう望まれるのだから。
「幾夜、結構足速いんだね、びっくりしちゃったよ」
「ピノがナビしてくれたおかげだ。感謝している」
「……待て黒ずくめ。そいつは一体誰だ」
「彼女は協力者だ。大丈夫、危険はない」
やはりこいつを信用するべきではないのかもしれない。
私は深い深いためいきをついた。
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