魔王、町へ赴く
城を後にして、南へ歩き始めた幾夜は荒れ地から草原へとたどり着いていた。
地図によればこの草原を真っすぐに進めばそれなりに大きな町へとたどり着くらしい。
ゴールの町には笑顔のメルシスが描かれておりなんとも和ませられる。
「しかし、なんとも気持ちがいい草原だ。先程の荒れ地とはずいぶん違うな」
城を着陸させた荒れ地は草木も殆どない乾いた土地だった。
そこから少し歩くとぽつぽつと草原が現れ、今歩いているのは清々しいほどの大草原だ。
「何故あの場所だけあんなに枯れ果てているのだろうか……何か理由があるのか?」
そう幾夜は思ったが、考えていても仕方がない。
とにかく今は町にたどり着くことが先決だ。
まずは情報、次に食料、できれば人員も確保できればいいのだが、さすがに魔王の部下になりませんかと聞いてすぐに首を縦に振るものもいるまい。
「しかし、仲間を集めるのは迅速にしておきたいことの一つだな……何より、魔王軍にはあれが必要だ……」
そう考えて歩いていると、何か茂みから音が聞こえてきた気がした。
幾夜が身構えると、その陰から何やら赤色の小鬼のようなものが唸り声をあげながら現れる。
「む……お前はなんだ」
『グー……グー、ガー……!!』
何か唸っているが意志の疎通が出来ているようには見えない。
小鬼は本当に小さく、幾夜の膝下程度の大きさしかなかったが、それが臆する様子もなく威嚇を続けている。
ふとここを出る前にサリアが言っていたことが頭によぎる。
『あまり強い魔物の気配はしませんが、低級なゴブリンくらいはいるかもしれません。
小柄ですが力は強いので油断はしないように。まあ少し小突けば勝手に逃げるでしょうけど』
これがそのゴブリンなのだろうか。
しかしサリアが言っていたのはあくまで3000年前の知識だ。
この3000年でゴブリンが著しい進化をしているかもしれない。
そう考え、幾夜は慎重に剣を手に取る。
「ギーッ!」
「ぬあっ!!?」
それは恐るべき跳躍力であった。
足元にいたゴブリンらしきそれはあっという間に幾夜を飛び越さんばかりの勢いで襲い掛かってきたのだ。
「……っ!」
幾夜は顔面へ飛びつこうとするそれをなんとか回避すると隙を見せたゴブリンの頭を剣の腹で叩きつけた。
叩きつけたといっても全力ではなく、軽くごちんとぶつけた程度だが。
「ギ、ギーッ!!」
するとゴブリンはぴょーんと跳びはねるとあっという間に逃げ去っていった。
確かにサリアの言う通りだったようだ。
「本物の魔物、か……」
思えばサリアの調理した鳥も魔物だったのかもしれないが、自分で戦ったのは初めてだ。
かつて魔王ベルギオンはこのような魔物たちを率いていたのだろうか。
それともこれらのような野生の魔物はまた別の存在なのか。
そのあたりをサリアに聞いてみたいが果たして答えてくれるだろうか。
「……?」
なにか妙な音がする。
地鳴りというべきか、何かが大勢歩いているような。
幾夜は後ろを振り返る。
「ギーッ!!」
「キキーッ!!」
「ギャキーッ!!」
幾夜は見た。大量の赤い小鬼たちが自分めがけて走ってくるを。
その数は軽く30匹はいるだろうか。
一部は棒のようなものをその小さな手で振り回しながら押し寄せてくる。
「魔王の試練か……ふふ、面白い……!」
幾夜は逃げた。全力で逃げた。
この試練はまだ自分には早い。
何より意気揚々と飛び出して小鬼にボロボロにされた等とメルシスとサリアに申し訳もたたない。
今はまだその時ではない。逃げろ幾夜。全速力で。
────
「……ふう……なんとか撒いたか……」
膝を抑えながら幾夜は息を整えた。
小鬼たちも必死に追いかけてきたが流石に根本的なサイズの差は大きかった。
途中で放り投げた鶏肉も小鬼たちには効果抜群でそれで気を引いた隙に一気に突き放したのも大きかっただろう。
「……帰りに出くわさなければいいが……」
帰りのことは帰りに考えよう、それよりも、今は。
「……どうやら、たどり着いたようだな」
煉瓦の壁を触れながら幾夜はそう言った。
その10mほどの壁は見る限り遠くまで続いているようで、中の町を守っているのだろう。
これもサリアの地図の通りだ。
あとは門を見つければとりあえず町の中に入れるだろう。
と、その時だった。
「……誰だ?」
幾夜は警戒をする。
頭上でくすくすと笑い声が聞こえてきたのだ。
そちらの方を見ると、壁の上に何者かが座っているのが見えた。
「あーごめんごめん、いやー、ホブゴブリンにあんなに翻弄されてる人間見るの久しぶりで面白くて」
「……」
「あ、降りなきゃ失礼だよねえ、ちょっと失礼!」
とん、と壁を蹴った音が聞こえる。
その何者かは空中をふわりと宙返りし、ゆっくりと地面へと降り立つ。
「ふふ、こんにちはお兄さん」
それは紫色の髪をした少女だった。
一見短めの髪の毛をしているようだが、実際は長い後ろ髪を髪飾りで紐のようにまとめて、長い尻尾のようにしているようだ。
服は簡素なマントとシャツ、そして革のズボン。
なにより特徴的だったのは、背中に生えている黒い羽であった。
「はじめまして、あたしはワーバットのピノ。ピノ・ファーベルトっていうんだ。よろしく」
「……ああ、俺は……幾夜。竜胆幾夜だ」
幾夜は魔王と名乗りたいのをぐっとこらえて、ごく普通に自分の名を名乗る。
「幾夜か、面白い名前だねぇ、北の方から来たみたいだけど旅の人?あっちなんもなかったと思うけど、なんであんなとこから?それとも方向音痴?」
急にばーっと言葉を並べられ、幾夜は返答に困る。
するとピノははっと気付いてにへへと笑った。
「ごめんごめん、あたしってばつい喋りすぎちゃう癖があってさあ、よくないよね
。少しずつでいいから教えてよ、外から来た人の話、興味あるんだ」
「ああ……そうだな、俺の方からも聞きたいことがいくつかあるんだが……」
「おっけおっけ、んじゃあちょっとお話しようよ。こんなとこじゃなんだし、町の中でさ」
────
ピノは確かに少々喋りすぎるところはあるが、悪い者ではなさそうな雰囲気であった。
幾夜はいくつか自分のことを話した後、今度はピノに話を聞くことにした。
「この町の生まれなのか?」
「そうだよ、ここはラピスの町。まあちょっと田舎だけど楽しい町だよ」
ピノは相当な話好きらしく聞いてもいない補足情報をどんどん教えてくれるため幾夜にとってはだいぶ助かった。
例えば先ほどの小鬼はホブゴブリンといい、うっかり手を出すと大勢で襲ってくるため下手に手を出してはいけなかったことなども楽しそうに話してくれた。
ホブゴブリンはいわゆる"魔物"であり、この町で暮らすような"魔族"とはまた別の存在であるらしい。
「大昔、太陽の勇者が魔王を倒したことくらいは知ってるでしょ?あれから太陽の勇者はずいぶんと人間と魔族の架け橋になってくれたらしくてねえ、勇者のおかげでみんななかよく平和に暮らせるようになりました。っていう絵本もたくさんあるじゃない」
「いろいろあってそのあたりには疎くてな。助かるよ」
「本当に幾夜って面白いなあ。まるでずいぶん昔から来たみたい」
当たらずとも遠からず、といったところだな。と幾夜は思った。
この様子ならメルシスやサリアが来ても問題はなさそうだ。
次はメルシスを連れてきてやろう、と幾夜は思った。
そして幾夜は魔王と対を成すその存在に思いを馳せる。
(太陽の勇者、か)
今ではすっかり伝説の存在となっているようだが、このような世界を作り上げるにはずいぶんな苦労があっただろう。
この世界に魔王がよみがえったと知ったらどのような反応をするのだろうか。
今はまだ何をすべきかも定まらない魔王だが、それでも勇者という存在はやはり気になるものだ。
「ほら幾夜、ここが換金所だよ。でも幾夜、換金できるものなんて持ってるの?」
「心配無用だ」
幾夜は換金所に入る。
その黒ずくめな姿とボロボロの鞄、ボロボロの剣。
どうみても金のなさそうなその姿に換金所の人間も苦笑いを浮かべている。
「これを換金してほしいんだが……」
────
「幾夜すっごい!!あたしこんな大金はじめて見たよ!!」
「フ」
「幾夜、あんなすごいお宝どこで見つけたのさ!?」
「それは秘密だ。ピノに教えたらすぐ町中に広がりそうだしな」
「ありゃ、これは一本取られちゃった」
それに魔王城にあった正真正銘の魔王の宝、などと言っても信じるまい。
換金したのはほんの少しの宝石だけだがそれでもかなりの金額になったらしい。
この手のものはたくさんあるとサリアが言っていたし、当分金に困ることはないだろう。
「いやあ幾夜さん、あたし幾夜さんのことが気に入っちゃいましたよ、へへへ」
「金が目当てなのが顔に書いてあるぞ」
揉み手ですり寄ってくるピノに幾夜も冗談めかして返す。
ピノはにへへと笑いぱっと両手を開く。
「いやいやもちろんそれもあるけど、それだけじゃないって。
話してても面白いし、馬が合うって言うの?人間とこうもりだけど。なんちゃって」
「フ」
幾夜としてもこのおしゃべり娘との会話はなかなか楽しいものであった。
なんだかんだで話し上手で聞き上手であり、なによりその黒い羽は幾夜の中二心をくすぐった。
「ま、その黒ずくめはどうかと思うけど、せっかくお金も入ったんだし着替えたら?」
「これは俺のポリシーなのでな、変えるつもりはない」
「ふーん、それじゃあ出会いを祝して一緒にご飯でも食べる?」
「それも楽しそうだがな、少しやらなくてはいけないことがある」
幾夜としてはメルシスやサリアを差し置いて一人で食事をとるのは気が引けた。
まずはこれで適当な食事でも買って二人に持って帰ってやろう。
できれば剣の新調もしたいところだが……まあまずは魔王城に戻ってからか。
「え、北に戻るって?さっきも言ったけどあっちの方には何もないはずなんだけどなあ」
「まあなんだ、向こうの荒れ地の方にキャンプを作っていてな、仲間が待っているんだ」
「荒れ地に?それは……ちょっとまずいかも」
ピノの顔が少し険しくなる。
「まずい?」
「あそこになんで草木が生えないか、わかる?腐った土地なんだよ。
なんで腐ってるかってそりゃ……いるんだよ。大量のゾンビがね」
「ゾンビ……だと?」
「そう、昔の戦いの名残なのかそうじゃないのかはわからないけど……あそこには夜、大量のゾンビが現れるんだ。噂によるとそのゾンビを操って危ない実験をしてるやつもいるって話で……」
「……」
幾夜は思案する。
さすがに城がどうにかなることはない、と思いたいが……
もし本当にゾンビを操って何かをしている者がいるのだとすれば。
そいつが城やメルシスに目を付けて何かを仕掛けてくる可能性も十分にありえる。
「幾夜がいくよりあたしが行ったほうが早いよ!そのキャンプの人たちに伝えてくる!」
「いや、待て!そういうわけには……」
飛び立とうとするピノを幾夜は制止する。
この平和な世界で魔王城の存在が世に知られてしまったら、メルシスが魔王の娘だと知られてしまったら、彼女が危険な目にあうかもしれない。
「何言ってるのさ!!大事な仲間なんでしょ!?このままじゃ危ないかもしれないんだよ!!」
「ピノ……お前……」
「まだ知り合ったばっかりだけど、幾夜がいいやつだってあたしわかるよ!だから……助けになってあげたいんだ!!」
幾夜は自分のことを恥じた。
このわずかな間でも確かに言葉を、心を通わせた相手ではないか。
ピノは、信頼できる。
「わかった、だが俺も行く!!」
「おっけ!急ごう、夜になっちゃう前に!!」
二人は急ぎ荒れ地へと向かった。
一方、荒れ地では。
「……あの城……ボクの実験材料に……ちょうどいいかも……ふひ、ふひひひひ……」
怪しい影が、確かに魔王城に忍び寄ろうとしていた。
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