真なる魔王を目指すべく
次の日。
目を覚ました幾夜は軽く散歩がてら王の間への道を思い出しながら歩いていく。
時計がないので時刻はわからなかったがだいぶ明るくなっているのでおそらく朝にはなっているだろう。
メルシスやサリアは起きているだろうか。
と、道すがらサリアと出会う。
「おはよう」
「…………おはようございます。お早いですね」
「慣れない場所だから早く目が覚めたのかもな、詳しい時刻がわからないのは不便だから時計があると助かるのだが」
「残念ながらその手のものはすべて壊れていまして」
それもそうか、と幾夜は納得して腕を組む。
サリアは朝から不機嫌そうに、幾夜を怪訝そうな目で睨みつける。
「……まさか私たちの部屋を捜索していたわけではないでしょうね」
「そんなつもりはないと昨日言ったはずだがな」
「どうだか……まあいいでしょう」
サリアはそう言うと、王の間とはまた別の方向へと歩きはじめる。
「こちらへ来なさい黒ずくめ。食事くらいは用意して差し上げますので」
「それは……助かるな」
ちょうど腹もすいてきた頃合いだ。
しかし、この城に食材などあるのだろうか。
「まさか3000年前の食材じゃあないだろうな」
幾夜は冗談交じりにそう尋ねた。
サリアはくすりともせずただ幾夜を睨みつける。
「まさか私が、お前はともかくお嬢様にそんなものを食べさせるとでも?」
サリアは窓をこんこんと叩いた。
幾夜がそちらを見ると、そこには見たことのない大き目のまるまるとした鳥が飛んでいた。
サリアは窓を開けると鳥に向かって手を握ったまま何かを投げつけるような仕草を取った。
『グエーッ』
窓の外の鳥は奇声をあげると何かに引っかかったように動きを止め、じたばたと暴れはじめた。
サリアはそのまま手を握りつつ、ぐいと引き寄せる仕草を取る。
その動きと同時に、暴れていた鳥がぎゅんと窓に向かって飛んで、いや、引き寄せられた。
『グエッ……』
鳥は窓から廊下へと転がり落ち、幾夜の足元でぐったりとしている。
「触らないほうがいいですよ、指を切断されたいなら話は別ですが」
サリアはそのままもう一度ぐいと手を引っ張ると小さなグエという鳴き声と共に鳥は動かなくなった。
よくよく見ると、鳥の首には何かが絡まっているように見えた。
「……これは、糸、か?」
「ええ、まあ。私はこういう芸当が出来るので。お前もせいぜい変な気は起こさないように」
サリアはそのまま動かなくなった鳥を手に持って廊下へと歩いていく。
なるほど、この程度の調達はできるということか。
それにしてもまるで信用がないな、と幾夜は軽く笑った。
────
サリアに連れられた先には食堂のような場所があった。
魔王城にもこのような場所があるものか、と幾夜は部屋全体を興味深げに眺める。
その間にサリアは奥のキッチンらしい場所にさっさと向かってしまった。
ふと、長机の前の椅子のひとつにちょこんとメルシスが座っているのを確認できた。
メルシスは幾夜と目が合うとぱっと顔を明るくして手をぶんぶんと振る。
幾夜は軽く微笑むとそちらの方へと向かっていった。
「おはよう幾夜!よく眠れた?」
「ああ、おかげさまでな。メルシスはどうだ?」
「うーん、少し眠いかも」
「フ、そうか」
メルシスはえへへとはにかんで笑う。
幾夜はメルシスの向かいの席に座ると口で手を抑えてあくびをした。
「幾夜も少し眠い?」
「そうかもな」
「えへへ、一緒だ」
そういえばこうしてメルシスと二人で話をするのははじめてだ。
ここは少し彼女との親交を深めておこうと幾夜は考えた。
ついでに鬼の居ぬ間の洗濯、なんていうことわざが脳裏をよぎり、幾夜はフ、と笑った。
「ベルギオンと言ったか、お前の父親はどんな魔王だったのだ?」
「うーん……わたくし、よく覚えてないの。世界征服を成し遂げるべき魔王様だったってサリアからは聞いているわ」
「父親の記憶が、ないのか?」
「わたくし、お父様とあまり会った事がないの……生まれた時からサリアとしか遊んだことなくて……」
ふむ、と幾夜は顎に手を置いた。
浮世離れしていると言ってもいい純粋さはそもそもの交流の少なさから来ているものなのか。
魔王はそんな存在を後世の世界征服のために残したのか?
情報が少なすぎる。今深く考えてもわかるまい、幾夜は頭を振って別の話題を切り出そうとした。
「メルシス、お前は魔王というものをどういう存在だと思っている?」
「んー……とても強くて……世界を作り替える、そういうものだとサリアが言っていたわ」
「メルシスはそういう魔王になりたいのか?」
そう聞くと、メルシスは少し困ったような顔をする。
少しだけうんうんと悩むと、メルシスはゆっくりと口を開いた。
「……考えたことなかった、わたくし、魔王になるということだけ考えてきたから」
「……そうか」
「幾夜はどういう魔王なの?」
「俺は……」
幾夜が口を開こうとすると、どんと目の前の机に大皿が現れた。
「黒ずくめ、お前お嬢様に変なこと吹き込んでいたんじゃないでしょうね」
「別にそんなつもりはない、魔王にしかわからない会話をしていたところだ」
「はあぁ……食事の用意ができましたよお嬢様」
「またチキン?」
丸焼きにされた鳥肉がどんと大皿に鎮座している。
味付けがされているようには見えない。
よくよく考えれば鶏肉があっても調味料やそれ以外の食材があるわけもなかったのだ。
「うむ、見事な鶏肉だ」
「文句がおありでしょうか?」
「いや、もちろんない」
ここで下手な事を言ったら下げられてしまいかねない。
幾夜は鶏肉にかじりついた。
味は肉そのまま、といったところだが焼き加減は絶妙で肉質も良い。
これはこれで意外と美味しく食べられるものだ。
「ねえサリア、わたくしそろそろチキン以外のものも食べたいわ」
「う」
どうやら自分が来る以前もしばらくこれでしのいできたようだ。
しかしこれでは栄養も偏るし何より飽きるだろう。
実際サリアは鶏肉に飽きているようであった。
「そ、そうですね。そのために人間を呼んだようなものです」
「俺を?」
「お前が前に言った通り、今どういう時勢になっているかわかりません。
そこで町にはまずお前が向かい、どのような状況かを報告していただきたいのです」
なるほど、今この世界が魔族を排他するような時勢であったならばメルシスやサリアが向かうのは危険だろう。
かといって人間が行って安全という保障もないが……
「役に立つと、そう言ってくださいましたわよね?黒ずくめ」
サリアはにっこりと微笑む。
もし人間が召喚できなければサリアが向かったのだろうが、こうして存在の軽い人間がいる以上はそれに偵察を頼むのは自明であろう。
「どうやら拒否権はないらしいな」
「幾夜……大丈夫?」
メルシスは心配そうな表情で幾夜を見つめる。
幾夜はフ、と笑うと右手で顔を隠し、左手で右腕を支えた。
「安心しろ、俺は魔王だ。その程度のこと造作もない」
「どうでもいいですけど、不審者に見られたくないのならば魔王などとたわけた自己紹介をするのはやめたほうがいいですよ」
「フ」
幾夜はただ微笑んで返答はしなかった。
サリアは呆れたようにため息をつく。
「さすがにお前も気付いているでしょうが、この城は空に浮いています。
事前にしっかりとこの城が降り立つのにちょうどよさそうな荒れ地を発見していますので、そこに降ろします。
あとはなんとか歩いて町までたどり着いてください。そう遠くない位置にあるはずですので」
サリアは放り投げるようにぼろぼろの紙を幾夜に渡す。
開くとそれは上空から見た荒れ地と町までの地図のようであった。
詳細はあまり細かくなく、かわいらしい絵で描かれており子どもが描いた宝の地図のようであった。
「メルシスが描いたのか?」
「私が描いたものであったら何か問題でもありますか黒ずくめ」
「い、いや、何もない」
今までで一番怒っていたような気さえするサリアから目をそらし、地図を眺める。
確かに地図を見る限りではそれほど遠くはなさそうだ。
問題は信ぴょう性だがそこを問うたら本格的に怒られそうな気がした幾夜は尋ねるのをやめた。
「すぐに行くことになるのか?」
「城が着陸するまで待つ必要がありますからもうちょっとかかりますね。それまでどうぞ鶏肉でも食べていてください」
「チキン以外の物食べたーい」
鶏肉の骨を空皿にぽいと捨てながらほんの少しむくれるメルシスを幾夜は眺める。
『幾夜はどういう魔王なの?』
その質問に幾夜はどう答えるべきだったのか、と自問する。
所詮はサリアの言う通り、自分は魔王を自称するだけのただの人間だ。
特別な力があるわけでも、世界征服ができるわけでもない。
幾夜は昨日寝る前に感じたことも含めて、真剣に考えた。
彼女を真の魔王にするには。己が真の魔王になるには。
「メルシス」
「幾夜?」
「俺がどのような魔王かと聞いたな」
幾夜は右手で自分の顔を隠し、左手で右腕を支えながら立ち上がった。
両足で堂々と立ち、視線は真っすぐにメルシスに向けて。
「俺はメルシスと共に、成長する魔王だ。きっと俺はそのためにここに来た」
「わたくしと……共に?」
「そうだ」
サリアはまた何を勝手なことを、と言おうと思った。
だが、メルシスの目が、幾夜の目がとても真剣だったため、何かを言うのをためらわせた。
「ただ世界を征服するだけが魔王ではない。
父親のやりかたを継ぐだけが魔王ではない。俺はそう考えている。
メルシス、俺とお前は、共になりたい魔王になるんだ」
「わたくしが……なりたい、魔王……?」
自分がなりたい魔王。
今まで考えてもいなかったこと。
お父様を追うのではない魔王の道、そんなものがあるのだろうか。
もしそれがあるのならば。
「……わたくし、どういう魔王になりたいのかしら」
「まずはそれを共に見つけるんだ。この世界で、どのような魔王になるべきかを。自分たちの手で」
メルシスは自分の手のひらを見つめた。
どのような魔王になるべきか。幾夜と一緒なら、それを見つけられるのだろうか。
「……わたくし、見つけたい。どんな魔王になるべきか、それを自分の手で。幾夜と一緒に!」
「……ああ、俺も見つける。この世界で為るべき魔王を、メルシスと共に」
二人はまた、手を重ね合わせた。
幾夜は月明かりのように静かに、メルシスはぱっと花が咲くように笑った。
「……お嬢様」
サリアはその様子を見て、何故だかほんの少しだけ温かな気持ちになった。
その理由は、サリアにもわからなかった。
────
太陽が高く昇った頃。
魔王城が荒れ地に降り立ち、その門が開く。
簡素なできる限りの旅支度を整えた幾夜はメルシスとサリアに見送られていた。
「本当にそんな剣でいいんですか?相当ななまくらですよ?武器としてならまだ棍棒とかの方が役に立つと思いますが」
「いいんだ、俺はこの剣で戦う。魔王が棍棒など恰好がつくまい」
「またこの黒ずくめは意味不明な事を……」
サリアはまたため息をつく。
メルシスはそんなサリアと手を繋ぎながら、もう片方の手をぶんぶんと振り幾夜を見送ろうとしている。
「幾夜!がんばってね!」
「ああ。期待して待っていてくれ」
「……まあどうか役に立ってくださいませ」
そうして幾夜は城の外へ歩き出した。
目指すはここから南にある町。
意外と大きいらしく、真っすぐ進めば何とかたどり着けるだろう。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……愉しみだな」
「気を付けてね幾夜!」
メルシスはまだかいがいしく手を振っている。
それに軽く手を振り返して、幾夜は南へと歩き出した。
同時期、少し離れた場所に人影が一つ。
「……ボクの場所に……城……なに……あれ……」
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