まどろみの夜

「この世界は"ファタモール"と呼ばれています。かつてベルギオン様はこの世界を支配しようとなされました」


 幾夜はメルシスとランタンを持ったサリアに連れられ、魔王城の別室へと連れられていく。

 廊下は先程の”王の間”とは違いボロボロでかつての戦いを思わせる。

 広い城だが、これではまともに使える場所は限られているだろう。


「結果としては……現れた勇者によってそれは阻止されてしまいました。

 しかしベルギオン様は未来に世界を支配する為の"種"を残しました。それが……」

「メルシスとサリアというわけか」

「気安く名前を……ごほん、その通りです……私とお嬢様は戦いの場から隠れ、魔術によって長き眠りにつきました」


 廊下の傷が少しずつ少なくなっていく。

 こちらの方までは戦いが及ばなかったようだ。


「長き眠りというと」

「大体……3000年ほどは眠っていたのではないでしょうか」

「それは……なかなかに長いな」


 その年数には流石に幾夜も驚いた。

 サリアは事も無げに話を続ける。


「それほど経てば、良くも悪くも我々を知る者はいなくなりますからね」

「なるほどな、だがそこまで時が経つと世界がどうなっているか予想もつかないんじゃないか?」

「ええ、そこで魔王様はもう一つ、私たちに手札を用意してくださいました」

「……それが、異世界からの召喚か?」

「察しが、よくて、助かり、ます」


 やや棘のある言い方でサリアは肯定する。

 サリアと手を握って連れられるメルシスは二人の会話に入れずに退屈そうにふわあとあくびをした。


「異世界から召喚した人間は時に大きな力となる。かつての勇者も異世界から召喚されたものだという話ですよ」

「ほお……それは興味深いな」

「私は眉唾だと思っていますけどね。人間などせいぜい捨て駒程度に用意なされたものでしょう」

「サリア!幾夜を捨て駒なんてだめだからね!」

「はあ……」


 捨て駒と聞いた途端にメルシスはサリアの手をぶんぶんと振り、軽い怒りを表現する。

 サリアは面倒そうにため息をついた。

 三人はやがて傷のない廊下までたどり着くと、サリアが突き当りの扉を開く。


「とりあえずはこの部屋をお使いください」

「うむ」


 その部屋はこじんまりとしていたが、十分に掃除されており机や寝床など、最低限の物が用意されている。

 ただし、どれも使えるものをなんとか寄せ集めた、といった程度の物ではあったが。

 人間を呼ぶ前にサリアが整えておいたのだろう。

 そういうところはメイドらしくマメなのだなと幾夜は思った。


「いいですか、私はまだお前を信用しているわけではありません。わたくしとお嬢様の事……特に部屋などについて詮索するのはやめるように」

「ねえ幾夜、暇な時にこの部屋に遊びにきてもいい?」

「お嬢様、私の話を聞いていませんね?」


 サリアはメルシスをぐいと引き寄せて幾夜から距離を取らせる。

 幾夜は右手で顔を隠してフ、と笑う。


「安心しろ、お前たちを襲うつもりなど毛頭ない」

「襲……っ」

「おそう?ってどういうこと?」


 サリアはメルシスをさらに強く引き寄せガルルルと聞こえてきそうなほどの威嚇の表情で幾夜を睨む。


「ねえねえサリア、おそうって?幾夜がわたくしをおそうの?」


 メルシスは何もわかっていないようでサリアに何度も同じことを聞いたがサリアは答えなかった。


「とりあえず詳しい話はお互い少し休んでからにしよう。サリアも俺を呼んだ儀式で疲れているのではないか?」

「気安く呼ぶなと言っている穢れた黒ずくめめ!」

「サリア、幾夜、仲良くしないとだめよ!」


 メルシスは二人にめっと指をさす。

 特に喧嘩を売っているつもりはないのだが、と幾夜は頭をかいた。


「幾夜、明日からいっしょに頑張りましょうね!」

「……ああ、そうだな」


 メルシスはにこりと微笑むと幾夜に手を振りながら部屋を後にする。

 サリアが何も言わずにバタンと扉を閉めて、部屋には幾夜だけが残された。


「……さて、俺の部屋、か」


 おそらくかつては小兵の詰め所といったところか。

 かろうじて人の住める部屋になってはいるが、もともとそうだったようには見えない。

 幾夜は何気なく窓の外を眺めた。

 夜に飛ぶ飛行機の窓のように、暗い空だけがただそこには映っている。


「地面がまるで見えないな……なるほど、浮遊城というわけか」


 3000年もの間、この城が誰にも荒らされずに残っていたのはそういうことか、と幾夜はひとりごちる。

 勇者との戦いが終わったあともこの城は空を漂い続けていたのだろう。

 おそらく魔法による隠ぺいもされていたと思われる。


「ふむ……少しずつこの世界のことはわかってきたが……問題は……」


 幾夜は寝床に寝転がると、メルシスの事を思い浮かべる。


「……魔王の娘か……」


 こちらに向けてくる無邪気な笑顔、恐れを知らない好奇心。

 あまりにも無垢、そして無知な少女、それが彼女の印象だった。


「彼女を、魔王として育てる……?……世界を滅ぼす為に戦い、いずれ勇者と死合うような魔王に……?……それは……」


 それは、何かが違う。

 幾夜は魔王という存在が好きだ。

 漆黒の力を携え、あらゆる魔物を使役し、圧倒的な力を持つ魔王というものが大好きだ。

 世界を支配することを望み、邪悪な者を束ね、絶対的な存在である魔王というものが大好きだ。

 だが、いや、だからこそ。

 彼女をそのような存在にしてしまっていいのか?幾夜はそう考える。

 あの純真無垢で明るい少女をそのような魔王に変えてしまっていいのか?


「……これは運命、なのかもしれないな」


 幾夜はそう呟いた。

 魔王が好きで、自らを魔王と名乗り、黒いローブのような服を好んで着続けた。

 例えその様を変わり者だと誰かに笑われようと、幾夜は決してその生き方を変えようとはしなかった。

 自分はこれでいい、そう思ってきた。そう思い込んできた。

 その自分が今、メルシスという少女を通して魔王とは何かと、そう問われているような気がした。

 彼女を真に魔王とするには。自らが真に魔王となるには。

 この世界に喚ばれて、このような状況になったのは決して偶然ではない。

 自分にとっての運命が、生き方が、正しかったのかどうかを試されている。

 思い込みかもしれない。だが幾夜はそれを運命だと信じたかった。


「……俺は……俺たちは……この世界で、どのような魔王になるべきなんだ……?」


 だからこそ、この世界を、もっと知る必要がある。

 そんなことを考えながら、幾夜はまどろみの中へと落ちていった。

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