魔王と魔王、邂逅

 竜胆幾夜は光に包まれていた。

 夢と現の狭間にいるかのような、曖昧な感覚を覚える。

 光の中にいるにも拘らず、眩しいとは感じなかった。

 そんな光がやがて消えていくと、見覚えのない景色が幾夜の前に広がっていた。


「……ここは……」


 そこは城のようであった。

 大きな柱、冷たい空気、足元の赤い絨毯は真っすぐに扉の方へ伸びている。

 部屋全体はそれなりに広く、全体的に暗い印象であった。

 夢の中のような感覚は不思議と消え、現実の世界にいるのだという感覚が少しずつ湧き上がってくる。


「ああもう、お嬢様……召喚ゲートが繋がってしまったじゃないですか……まだ吟味の段階だったのに……!」


 この声は、と幾夜は振り向いた。

 そこには二つの人影があった。

 一人はメイドのような服を着たボブヘアーの金髪の女性だ。驚くことに額に一本の角が生えている。

 そしてもう一人は……


「だって、この人間は魔王なんでしょう?わたくしのお父様と一緒だわ!」


 九歳ほどの幼い少女。

 その美しい白い髪がなびいていた。

 大き目な漆黒のローブがそれをまた引き立たせる。

 あどけない笑顔をメイド服の女性に向け、大袈裟な身振りで喜びを表現している。


「お父様……?お父様が、魔王だと?」


 幾夜は少女に問う。

 少女はくりんとした大きな目を幾夜に向け、そして駆け寄ってきた。

 勢い余ってつんのめりながらもなんとか立ち止まり、そして礼儀正しくお辞儀をするとにこりと満面の笑みを浮かべた。


「はじめまして、異世界の魔王様。わたくしはメルシス。メルシス・ディル・ヴォルクリオス。

 かつてこの世界を支配していた魔王、ベルギオン・ディル・ヴォルクリオスの娘です」

「魔王の、娘……!!」


 幾夜は目を見開いた。

 何も状況がわからないまま見知らぬ場所に降り立ち、唐突に目の前に現れた幼い少女が魔王の娘であると自己紹介する異常な状況。

 しかし幾夜はそんな些末な事よりも自らの心から湧き上がってくる興奮を優先する。

 幾夜がメリウスに近寄ろうとしたその時、角の生えたメイドが間に割って入る。


「待ちなさい、魔王を騙る不埒で黒ずくめの怪しい人間。お嬢様にそれ以上近づかないでくださいませ」


 メイドは近づいてみると幾夜よりもいくらか背が高く、鋭い目つきが見下してくる。

 幾夜も身長が170はあるのでこのメイドはなかなかの長身だ。


「む……その声……間違いない、夢の中で俺を呼んだ声だな」

「チッ、気付かれてたか……」


 メイドは小声で悪態をつきながらも平静を保ち、優雅な立ち振る舞いと隙のない所作で幾夜に軽く礼をする。


「私はサリア、ヴォルクリオスに仕えるメイドです。確かにお前をここに呼び寄せたのは私です。ですが自らを魔王と騙る愚かな人間を呼ぶつもりはありませんでした。帰り道ならば用意いたしますのでどうか元の世界へお戻りくださいませ」

「ほう、ならば一体どのような人間を呼ぶつもりだったのだ?」


 話の後半を全く無視した返答をする幾夜にサリアは眉間にしわを寄せ大袈裟に咳ばらいをする。


「お前に教える義理は……」

「あのね幾夜様!わたくしが新たな魔王となる手助けをしてほしいの!」


 ひょこりとサリアの後ろからメルシスが顔を出してそう言った。


「お、お嬢様、勝手に……」

「俺の名を知っているのか」

「さっきあなたが名乗ってくれたわ」


 なるほど。と幾夜は納得した。

 あの空間で話した内容はメルシスにも聞こえていたらしい。

 そして当然幾夜の興味は新たな魔王という言葉へと移る。


「お前が、魔王となるのか」

「そうよ。わたくしはお父様のような魔王になるの」

「お嬢様……」


 メルシスの瞳は輝くほどに真っすぐだった。

 サリアは心配そうな声を出しながらしゃがんでメルシスに寄り添った。


「……なるほど」


 幾夜はそう呟くと、小さく笑いだした。


「フフフ……ハハハハハ……!!」


 笑いは次第に大きくなり、静かなその大広間に大きく鳴り響く。

 メルシスはその様子をぽかんと見上げ、サリアは異常なものを見る目で幾夜を見ながらメルシスを抱き寄せた。


「フハハハハハハ!!メルシス、お前は運がいい!!」

「わたくし、運がいいの?」

「そうとも……この竜胆幾夜……俺以上に魔王を知る人間はいないと言っても過言ではない!!」

「ほんと!?」

「お嬢様、こんなおかしな男、信用しないほうが……」

「サリアと言ったな」


 幾夜は右手の手のひらを顔の前に、左手は右腕の下に流すように。

 両足で堂々と立ち、正面を見据える。

 警戒するサリアに幾夜はそうしてびしりとポーズを決めた。


「この世界がどこだかは知らないが、俺の住んでいた世界と違うことは確かだ。

 そしてお前はわざわざ別の世界から俺を呼び寄せた。

 それは今この場に頼れる者がおらず、かつ即戦力を求めての行動だと予測できるが、どうだ?」

「う……それは……」


 サリアは言葉に詰まり、顔を背ける。

 幾夜はフ、と微笑み話を続けた。


「目的はおそらくメルシスを守りつつ魔王として育てるための人材の確保といったところか。

 この場所の気配、お前たちの存在から考えてこの場所は魔王城だと考えられる。

 にもかかわらず誰かがいる気配もない。

 全てを組み合わせて考えれば……既に先代の魔王がいたのはかなりの過去の事だと予測できる」

「う、ぐぬぬ……」

「すごい幾夜様!全部あたりだわ!」

「お嬢様……!!」


 メルシスは惜しみない拍手を幾夜に送った。

 幾夜は右腕をバッとおろして、不敵な笑みを見せる。


「まあ俺ほど魔王に精通していればこの程度の予測は容易ということだ。

 さてサリアよ」

「き、気安く名を呼ばないでください」

「お前は先程俺のことを元の世界に帰そう等と言ったがそれはおかしい」

「な、なにがですか!!お前のような人間は信用できないと言っているんです!!」


 サリアは極めて心外そうに声を上げて立ち上がった。

 幾夜はそれに対して冷静に切り返した。


「本当に人手不足ならばわざわざ俺を帰さずに次を呼べばいいではないか。何もどのような人間かをいちいち調べて吟味するよりもまず数を揃えるべきだと思わないか?」

「そ、それは……お嬢様に悪影響な人間がいると困りますから……!」

「それもまあ嘘ではないのだろう。だがもっと深刻かつシンプルな問題があるのではないか?わざわざ人間をしなければならない理由が」

「……う……」


 幾夜は不安そうにするメルシスに目線を合わせて優しく微笑むと、再びサリアに向き合う。


「サリア、お前は『人間を一人しか呼べなかった』のだろう?」

「っ……!!」


 サリアが言葉に詰まる。

 それは幾夜の推論が正しいことを雄弁に物語っていた。


「ならば俺を元の世界に戻せるというのも……」

「み、見損なわないでください!それは可能です!!元の世界に帰すことは!!」

「だが、そうすればもう頼ることのできる人間を呼ぶことはできない。そうだろう?」

「……」


 サリアが再び言葉に詰まる。

 幾夜は少しばかり息を吐くと、サリアに少しだけ歩み寄り、手を差し伸べた。


「……な……?」

「俺を頼れ。いや、利用しろと言ってもいい。

 もとより外の世界から人間を呼ぶしかない程に困窮している状況なのだろう?

 ならば遠慮などするな。帰すなんて勿体ないことをするな。

 俺はお前たちに協力することを惜しまない。

 何故なら俺は……」


 幾夜は再び右手で顔を隠す、左手は右腕を軽く支える。

 両足で堂々と立ち、真っすぐに前を見据えて、言った。


「魔王とも呼ばれる人間なのだからな!!」

「…………」


 メルシスはサリアのメイド服の裾を引っ張って楽しげに笑う。


「ねえサリア。わたくし、幾夜様はきっと本当にすごい魔王なのだと思うの!

 わたくし、幾夜と魔王を目指してみたい!」

「…………」


 サリアはため息をついて頭を横に振った。

 そしてじっとりと幾夜を睨みつける。


「……ただの人間が魔王などとありえません。こいつはただの黒ずくめのおかしな人間です。

 ……ですが……確かにこのまま帰すのはわざわざ使用した術式が勿体無いですね……

 人間、そこまで言うのなら少しでも役に立ってくださるのでしょうね」

「フ、魔王を目指すというのであれば俺以上の適任はいないぞ」

「それならば……」


 サリアは幾夜の差し出した手を軽く払い、しかし先程よりは警戒を解いた様子で幾夜を見据える。


「役に立ってみてください。ただし、お嬢様の教育に良くないと判断した時は即刻帰ってもらいますので」

「フ、契約成立だな」

「よかった!幾夜様!これからよろしくお願いね!」


 幾夜はメルシスに目線を合わせると、にこりと笑った。


「俺とメルシスは同じ魔王だ。幾夜でいい。俺と共に究極の魔王を目指そうではないか」

「……はい!幾夜!」


 メルシスがぱっと手のひらを差し出す。

 幾夜はその手のひらに自分の手のひらを重ねた。

 こうして、"魔王"と"魔王"は、ここに出会いを果たしたのであった。

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