優しい世界の魔王と魔王
氷泉白夢
夢、それは序曲
世界が、暗い。
その空間には何もなかった。
ふわふわと浮いているようで、地に足がついているような、不可思議な感覚がある。
俺は夢を見ていた。
夢の中でこれが夢であるということがわかっていた。
そう、いわゆる明晰夢というやつだ。
さしもの俺も明晰夢を見たのは初めてだったので内心非常に高揚感を覚えている。
俺が興味深くも動きが定まらず、ただ漂いながら世界を眺めていると、不意に声が聞こえた。女性の声に聞こえる。
『……人間……人間、この声に応えなさい……』
ほう、人間と来たか。これはなかなか俺好みの夢である可能性があるぞ。
なんにせよこのような時に手を抜くような俺ではない。
全力で相手をしてやろう。
「人間、とそう言ったか」
『……違うのですか?』
「いや、違わないさ……俺は人間だ。だが、そうだな……」
俺はここでいつものポーズを決める。
右手の手のひらで顔を隠し、左手は右腕を軽く支える。
両足で堂々と立ち、そして正面を見据える。
空間が浮付いているせいでいまいち決まらないがまあよかろう。
そして俺はいつものようにこういうのだ。
「そう、俺を”魔王”と呼ぶ者もいる……」
『は?』
「俺はこの世界を変えうる力を持っているといっているのだ……最も、その力は今は封印しているがな……」
『……』
フフフ、完璧な掴みだ。
これでイニシアチブは完全に俺が握った。
「……お嬢様、やめましょうこいつは、危ないヤツですよ」
相手はなにやらぼそぼそと別の何かと話しているようだ。
何かは知らんがここで退く俺ではない。
ここはさらに畳みかけるとしよう。
「安心せよ、貴様らに危害を加えるつもりはない。むしろ貴様らは俺に用があるのではないか?だからわざわざこのような空間に呼び出したのだろう。聞いてやることもやぶさかではないぞ」
『いえ……その、別の方にしようかと思いますので……いや、ちょっとお嬢様、面白そうじゃなくてですね……』
「隠さなくてもいい。貴様らは俺の力を必要としているのだろう」
そう、ここで俺は颯爽と名乗りを上げる。
「この俺……
『いえ、結構ですので……本当にお帰り頂いて……ちょ、お嬢様、引っ張らないでください!術式が……!!』
ふと、空間に歪みが生じたのを感じた。
方向もよくわからないが、何か光のようなものが差し込んできている。
「なるほど……この光の方に向かえということか……良かろう!」
俺はその光へ向かって一気に駆けだす。
正直駆け出したという表現が適当かどうかはわからないが、とにかくそちらへ全力で向かったのだ。
そのように意識したせいか足元もなんとなく定まり俺は確実に光の方へと向かっていく。
―――ずっと、憧れていたのだ。
ゲームや漫画、アニメで見る悪役、特に魔王と呼ばれる存在に。
別に世界征服がしたいとか、悪いことがしたいとか、そういうことではない。
俺はその魔王と呼ばれる存在の漆黒のカリスマに魅入られた者の一人だったのだ。
それは漠然とだが、確実に俺を形作る上で重要な感情であると自覚していた。
だから、きっと、この道に至るのは運命だったのだろう。
俺は、この日、魔王と邂逅することとなるのだ―――
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