第101話 決別 後編

【前回のあらすじ】


黒牟田と秋沢、2人の距離が急接近(物理)。








地元に帰ってから、私は仕事で忙しい秋沢氏の代わりに不動産屋のサイトを巡り彼の新居を探した。そしてスーパーから段ボール箱を取ってきて秋沢氏の荷物を詰められる分だけ詰めた。苦しい作業だったがこれも秋沢氏の安全の為だと思って続けた。

しかしある日、秋沢氏が仕事から帰るなり荷物を全部元に戻してしまった。何してんだよと私が秋沢氏の腕を掴むと「逆に何してんだよ」と返された。


「なんで僕の物を箱に詰めてんの?出てってほしいの?」


「出てってほしくなんかないよ。でも出ていかないと…」


「僕は出ていく気無いから」


そう言って秋沢氏は荷物を再び元に戻す。私は「君を殺すかもしれない」と説得したが今度は「それならそれで良い」と返してきた。


「良くないだろ」


「良いの!初郎君は警察に捕まりたくないだけだろ!」


「違うよ…!」


恐らく今後、秋沢氏がいなくなれば私は他の誰かが美味しそうに見えて、その人を手にかけてしまうかもしれない。対して秋沢氏は私から離れさえすれば平和に過ごせる。そう秋沢氏に説明するも彼は「出ていかない」の一点張りだ。


「逆になんでこの家に執着するの?」


「家じゃないよ。初郎君と一緒にいたいんじゃん。なんでわかってくれないの?」


「わからないよ…」


まるで別れ話をするカップルだ。結局膠着状態に陥ってしまい、この日は別居の準備を中断し普通通りの生活を送った。実は口論の時点から私の目には秋沢氏が最上級の霜降り肉に見えており、私は突発的に噛みつかない為に秋沢氏と距離を空けて過ごすよう努めた。




翌日、私は秋沢氏に引きずられて普段よく仕事を頂いている出版社に乗り込んだ。出版社では頻繁にオカルト本を扱っているので、私の身に起きた異常を払拭する方法を何か探れるだろうと秋沢氏が考えたのだ。

編集者の人々に事情を説明する秋沢氏の首に目をやりながら、私はああまたかと顔を覆った。彼の首に、前日私がつけたものと別にまた歯型が増えていたのだ。

痛かっただろうに、なんでそこまでして一緒にいてくれようとするんだろう。いい加減私から離れるよう、皆から秋沢氏に説得してもらおうと口を開きかけたところで、編集者の樹氏がハイと天高く手を上げた。


「ヤヨイさんに頼まないんですか?」


ヤヨイさん、という聞き慣れぬ名に2〜3秒固まってから、私は「ムラヤマさんか」と返した。

ヤヨイさんもといムラヤマさんとは私の中学時代からの友人で、私の知人界隈で1番の霊感を持つ女性だ。信心深い家で生まれ育ちお祖母様から除霊やお祓い、札の書き方などを教わった為に"霊能者"と呼んでも過言でない程の力を有しているが、私としては彼女に大蛇の対処を頼みたくなかった。今回の大蛇はムラヤマさんの手に負えるかわからないし、何より彼女に頼み事をすると必ず対価を要求してくるのだ。暴走した大蛇の対処なんてお願いしたら何を要求されるかわかったものじゃない。私は他を当たるからと樹氏の提案を拒んだが、樹氏のご厚意でムラヤマさんとの面会をセッティングされてしまったのだった。




その日の夜、樹氏経由でムラヤマさんから指定されたファミレスを秋沢氏と共に訪れると、先に来ていたムラヤマさんがピザを頬張っていた。


「んんー」


口をピザでいっぱいにしながら手を上げるムラヤマさんにこちらも手を上げて応答し、彼女の向かいに座る。そして私がチーズハンバーグ、秋沢氏がチゲ鍋を注文した後、ムラヤマさんが開口一番こう言い放った。


「その子を襲ったくだりだけ詳しくじっとりねっとりと聞かせて」


何故そのくだりだけなのかは問題解決と関係が無さそうなので聞かないこととして、私は初めて秋沢氏を襲った時のことをザックリと話した。

ムラヤマさんは少し物足りないと言わんばかりの顔をしつつもフムフムと頷き、険しい顔でピザを一口かじった。


「どうかできそう?」


恐る恐る訊いてみる。ムラヤマさんが険しい顔をするところを高校受験以外で見たことが無かったので、もしかしたらムラヤマさんでも対処できない程大蛇の力が強くなったのかと思った。しかしムラヤマさんは「できるよ」と言う。


「できるけど…今回の対価はかなり高いかなぁ。年中発情期になるとかエレクトリカルパレードが流れる度に歯が虹色に光るとかぐらいは覚悟してもらわないと」


「それムラヤマさんのメリットが無くない?」


どこまでが本気なのかわからないがとりあえずツッコんでおいた。隣に座る秋沢氏の顔に「この人大丈夫かな」と書いてある気がして可哀想になった。


「現物支給とかじゃダメなの?」


「良いよ。現金8000円くれ」


「安っ」


安っとは言ってみたが薄給のライターには少々厳しい価格設定だ。さすが氏神を除霊するだけある(トイレのトラブルとそう変わりない値段なのは悲しいが)。

しかし私と秋沢氏の平穏を考えれば8000円など容易いものだと財布を取り出そうとすると、それよりも早く秋沢氏が財布から8000円を取り出しテーブルに置いた。


「秋沢君」


「僕に払わせて下さい。離れたくないって我儘言ってるのは僕なので。お願いします」


「秋沢君…」


ムラヤマさんが「どっちでも良いよ」と言って8000円を回収しようとする。その手を、私は思わず掴んでしまった。


「何?」


ムラヤマさんが怪訝そうに私を見る。

何と言われても。反射的に掴んでしまったので上手く言葉が浮かばない。それでも何か言わねばと頭をグルグル口をパクパクさせ、やっとこさ言葉を絞り出した。


「俺が払う」


秋沢氏が「ダメだよ」と言ったが私は引かなかった。秋沢氏と離れたくないのは私も一緒なのだ。


「初郎君、これは僕のエゴだよ」


「俺のエゴでもある」


「初郎君は僕のこと考えてくれたのに」


「俺だって本当は離れたくないんだよ」


それから2人で(8000円ごときで)揉めた後、結局4000円ずつ折半してムラヤマさんに支払うことになった。ムラヤマさんは8枚の英世をさっさと財布に仕舞い「まいど」とだけ言った。


「ちなみにムラヤマ先生、僕達の熱い友情に免じて割引をして頂けるとかいうことは」


「無いよ」


無いらしい。


「私は友達だろうと何だろうと対価はしっかり取るよ。サービスはしてやらない。それだけ私がデキる子だってことだからね」


何とも自信に満ち溢れた台詞で羨ましいものである。




翌日、私はムラヤマさんに呼ばれて市内にある彼女の祖母宅へ招かれた。そこの仏間には夏の心霊特番で見るような祭壇が設置されており、中心の座布団に座るなりそれっぽい衣装に身を包んだムラヤマさんが数珠を片手に何やら唱え始めた。除霊という奴が始まったのだ。

除霊中、TVみたいに私が奇行に走り出すのではないかと不安を抱いたが、そんなことは起こらず法事かと思うぐらいの静けさの中1時間程度で除霊が終わってしまった。


「お疲れ様でーす。今夜からもうお風呂入れますからね」


「予防接種か。じゃあもう僕は大蛇の化身ではなくなったと思っていい?」


「いや化身のままです」


「な、なんで…?」


大蛇自体を取り払ってくれたのかと思ったのに全然そうじゃなかった。やはりムラヤマさんの手にも負えなかったのか。


「『化身』って意味わかる?君自体がそのなんか何?氏神?たる大蛇になっちゃったからそもそも除霊するもんなんか無いんだよ。ただ君の力を鎮めるだけ」


「えぇ〜…!」


つまり私自身が大蛇である為、ムラヤマさんをもってしても私に秘められた暴力性を鎮めることしかできないと。


「まあ向こう5〜10年は大丈夫だと思うけど、もし悪くなることがあったらまた見せに来て下さい」


「そんな病院みたいに…」


何はともあれしばらく秋沢氏と離れなくて済むなら良いか。ムラヤマさんにお礼を言って帰ろうとした矢先、唐突に呼び止められた。


「黒牟田君、少し早いけど」


何やら冊子を渡され、表紙を見てみる。彼女の勤め先であるケーキ屋が出したクリスマスケーキのカタログだった。考えとくとだけ答えておいた。




家に帰ると、仕事から帰ってきたばかりらしいYシャツ姿の秋沢氏が「どうだった?」恐る恐る近づいてきた。私は秋沢氏の丸顔を数秒見つめてみたが、特に異常な食欲が湧くとかそういうことは無く、嬉しくなって彼に抱きついた。


「苦しい苦しい」


そう言って私の腕を叩く秋沢氏の声も嬉しそうだった。


この日の夜、私は秋沢氏と並んでソファに座りTVを見ながら、ふと思い立ち「なんで一緒にいてくれるの?」と訊いてみた。


「なんでって言わなきゃ駄目?」


「気になるじゃん」


「えー恥ずかしい…親友だからじゃ駄目?」


「ちょっと味気ないな。もう一捻り」


「何それ意味わかんない」


秋沢氏が照れ笑いを浮かべる。それが面白くて、彼の頭を両手でワシワシと撫で回しながら笑った。

無理矢理出ていかせなくてよかった。助けてくれる人がいてよかった。目から流れる涙が、笑いすぎによるものなのか別のものなのかわからなかった。

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黒牟田初郎の長い話 むーこ @KuromutaHatsuro

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