第28話 雷雲師匠

「そんなことないよ、霧子。」



下の名前で呼び合う二人。随分と仲が良さげに見えるが、何故だろう。


つい、不思議そうに見つめてしまうと、白波教官は俺の方に向かってくる。しまった、ジロジロ見すぎたか。



「それはそうと、外山。一体どうした。こんな時間に鍛錬か?」


「いえ……なかなか寝付けなかったので素振りでもしようかと。」


「なるほど。頑張るんだぞ。」



ポンと軽く俺の頭に手を置き、訓練所の出口へと歩みを進める。その後に続いてゾロゾロと訓練所内に居た人間が全員出ていくのを見送ると、この場に残されたのは俺だけとなった。


広い訓練所に取り残された俺は素振り千回を終わらせるべく、腰の長刀を抜く。



「ハッ!」



気合を入れて掛け声と共に、足を前に踏み出しながら長刀を真下に振り下ろす。ビュッと風を切る音と感覚が心地よい。


考えてみれば一輝さんとの気の修行は素手でしか行っていないが、もし長刀に気を乗せたらどうなるのだろう。



「ーーッ!」



お腹に力を込めて、気を練る。それをゆっくり腕へ、指先から長刀へと伝わらせる。


気が刀身を覆っていくにつれて、刀の表面を覆っていた金色の気流の色が濃く変化。俺の気の色は濃い金色か。


そのまま気を纏った長刀を地面へと垂直に振り下ろした。


すると、さっきの素振りとは比べ物にならないぐらいにスピードが出る。素振りをした張本人の俺が驚くほどの。



「気を乗せただけでこんなに……」



気の存在を知らなかったことに今更大後悔。最初からこれが使えたらもっと楽に戦闘が行えただろうに。



「なんで教えてくれなかったんだよ。……雷雲。」



自分の中に宿っている霊獣・雷雲に問う。すると、頭の中に龍の唸り声と人間の声が混ざったような声で返事が返ってくる。



『お前には必要ないと判断したからだ。それに我の力を宿しておいて気なんぞに頼られたら何故か気に食わん。』


『そりゃ雷雲の力は頼りにしているよ。でも、自分の力で解決したい時だってあるんだ。』



俺の回答にフン、と鼻を鳴らす。



『ひよっこが何を言っているんだ。我が気のことを教えなかった理由はもう一つ、お前にコントロールが出来ないと思ったから。もう体験しているだろうが気の扱いには緻密なコントロールが必要だからな。』


『 で、でも俺にだって使えるようになってただろ?』


『見た目はな。実際は十分の一もコントロール出来ていない。……ビルの屋上を飛び回る訓練をした時は我が手助けしていたからな。』


いとも簡単に一輝さんの真似が出来たのはそれが原因だったのか。なんかショック。



『……そもそも、足元からの気の放出量が多すぎる。もっとコンパクトに。』



ここで雷雲師匠の講義が始まる。


コンパクトに。なるべく意識して少量の気を足の裏に溜め、地面を蹴る。


トンッと軽い音がして三メートルほどの距離を詰めることに成功した。一見成功に見えるが、雷雲は唸りながらどうやら納得いっていない様子だ。



『一輝に言われただろう……薄く、濃く。だ。忘れるな、もう一度。』



そうだ。気の扱いの基本。張り巡らせる量は薄く、それで持って密度は濃く。


足の裏にできる限り表面は薄く、気を張り巡らせる。そして徐々に密度を濃くしていく。



『よし、行け!』



雷雲の合図で軽く地面を蹴る。すると、驚いたことに瞬時に五メートルもの距離を詰めることに成功していた。



『まあ、こんなものだな。あと、地面を蹴る時はもう少し軽くてもいい。接近戦しかできないお前が距離を取りすぎても意味は無いからな。一輝も三メートル程しか移動していなかっただろう?』


『一輝さんのはあれが全力じゃないのか!? 』


『馬鹿を言うな。我が察するに一輝が全力を出せハば十メートルは軽い。』


『じ、十メートル!?』



再び雷雲はフン、と鼻を鳴らした。



『当たり前だ。お前と一輝の経験の差は天と地程もある。ほら、あと九百九十九本素振り。残りを気を纏わせながらやれ。一切の手抜き無し。あくまでも薄く、濃くだ。』


『はい、師匠。』



言われた通りに素振りを再開させる。一振りする事に体力が削り取られていくのを感じた。






「くっ……」



素振りを始めてどのぐらい経っただろうか。気の纏わせ方はだいぶ慣れてきたみたいだ。その証拠に素振りのテンポは上がっていって残りの本数は十本。


ふと、窓の外を眺めると外が明るくなり始めて完全に夜が明けてしまっていた。早めに残りの素振りを済ませようと長刀を中段に構えると、訓練所の扉が開く音がする。


音の方向に目をやると、腰に双剣のホルスターを装備して上はタンクトップの一輝さんの姿があった。



「おはよう。戮早いね。 」


「おはようございます。一輝さん。」



俺が挨拶を返すと不思議そうな表情で俺の体を見る一輝さん。



「……その汗の量、もしかして夜からずっとここにいたのかい?」


「あはは……師匠に気の扱いが甘いと指摘されて……それからずっと気をコントロールしながらの素振りを。あと十本で丁度、千本目です。」


「君の師匠って霊獣のこと?それにしてもかなりキツめの先生だね。普通だったらとっくにぶっ倒れてるよ。」


「でもなんとなくですけど気の移動のコツがつかめてきた気がするんです。見ていてください。」



お腹に軽く力を込めて、発生した熱を即座に腕へと。そして指先から長刀の柄へと放出した。最終的には柄から刀身へと気流が移動している。


力が湧いてくるのを感じるとそのまま長刀を一気に振り下ろす。風が切られて軽い風圧が俺の周りに発生した。



「ふっ……」



体から力を抜いて一輝さんに向き直る。一輝さんはというと俺を見つめながら目を見開いていた。



「君の学習能力には目を張るものがあるね。一日で気の扱いをマスターするなんて……」


「前の屋上での訓練は雷雲……えっと俺の中の霊獣が手助けしてくれたみたいなんです。だから俺は自分の力だけで気の扱いをマスターしたかった。」



グッと拳に気を溜める。



「だからもう一度です。仮想空間の組手に付き合ってください。ビルが多めの市街地で。」


「うん、分かった。次は手加減しないよ。」



ニカッと破顔しながら拳に赤い気を溜めると俺の拳にコツンと拳をぶつけた。









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百合少女戦闘記 猫本クロ @nekomoto_kuro

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