呪いの装備は外せません

常盤しのぶ

呪いの装備は外せません

「やってしもうた」


 率直な言葉だった。

 右手にあるそれを振り解こうと腕ごとぶんぶんしてみる。しかし、磁石にまとわりついた砂鉄のように、禍々しい装いをしたそれが右手から離れることはなかった。

 明らかに人の手で作られたわけではなさそうな剣は、明らかに人が浴びてはいけなさそうな濃い紫色のオーラを放っている。刃の部分から13個の眼が一斉に開いた。そしてそれらは不規則に、縦横無尽に辺りを見まわし、やがて持ち主を視認した。

「お前か、次の持ち主は」

 ただ、持ち物を整理したいだけだった。ふくろの中へ闇雲に手を突っ込み、最初に手にしたのがこの剣だった。持っただけで装備したことにならなくね? と思ったのだが、剣的には装備したことになるらしい。そんな馬鹿な。そして冒頭に戻る。

「ま、いっか。今から帰って教会行けば呪い解いてくれるよね」

 楽観的、しかし最善の対処方法である。現在攻略しているダンジョンは初心者殺しで有名な洞窟である。具体的に言えば武器屋に鋼の剣が並び始めた頃で、ここまで順当に進んできた初心者冒険者が「今までなんとなしで行けたから今回も行けるやろ」と油断しがちな場所に位置する。実際は洞窟自体がべらぼうに広く、更に中に跋扈するモンスターもこれまでと比較にならないくらい強い。なんかよくわからない呪文とか使ったりするし。なんでか2回攻撃とかしてくるし。ちなみにミッションは最奥に潜むといわれる魔王幹部(最弱)の討伐。

 明らかに呪われていそうなその剣は洞窟の第二層辺りに落ちていた。明らかに呪われているから触らないでおこうと思ったが、持って帰ればそれなりの値段で売れると思い、とりあえずふくろへ入れておくことにした。ふくろへ入れる時に足を使ったが、足では装備したことにならないらしい。へぇ。

「呪いの解除か。ククク……果たして上手くいくかな」

「いってもらわなきゃ困るよ。なんのための教会よ」

 教会では死者を生き返らせる他に呪いの解除も施してくれる。帰還の呪文で洞窟を脱出し、最寄りの教会で呪いの解除を施してもらい、さっさとこの気持ち悪い剣とオサラバしたい、そう思っていた。

「結構いいとこまで行けたと思ったんだけどなぁ。めんどくさいなぁ」

 この洞窟に挑んだのはこれが最初ではない。装備を十全に整えないまま気の向くままに突撃したはいいものの、予想以上にモンスターが強く、最初の階段を見ることもなく撤退を余儀なくされた。今回は二度目。装備を十分に整えた上での挑戦だった。

「仕方ない。命あっての冒険だしね」

 危険がないか辺りを確認し、帰還の呪文を唱えた。その間、呪われていそうな剣は不気味に微笑んでいた。



◇◇◇



「こりゃ無理だね」

「……は?」

 帰還の呪文で洞窟を脱出し後、最寄りの教会へ駆け込んだ。十字架の下で暇そうにしていた神父に声をかけ、呪いの解除を依頼した。ところが。

「無理ってなんですか。解除できない呪いなんてあるんですか」

「一応神父一筋40年の僕だよ。解除できない呪いはない。こんな依頼は初めてだ」

「そ、そんな……」

 膝から崩れ落ちる。口から魂が抜ける思いだった。剣は眼をギョロギョロさせながらケタケタと笑う。

「なぁ? 上手くいかねぇだろ?」

「ど、どうしよう……」

 剣ごと頭を抱えている間、神父が何かを言っていた気がしたが、まるで頭に入らなかった。無理やり振り解こうとしたが、やはり外れない。

「いいや、宿屋で休もう、これは夢だ」

 剣をズルズルと引きずりながら教会を後にした。剣は自発的に浴びたくない紫のオーラをうねうねと吐いていた。



◇◇◇



「これからどうすんだ? なぁ?」

「あんた楽しんでるでしょ」

 宿屋に到着し、荷ほどきを済ませる。相変わらず気持ち悪い剣は気持ち悪い何かをデロデロと吐き出していた。13個の眼が不規則に動くのが気持ち悪いし、時々全部の目が持ち主(アホ)を睨みつける。怖い。鍔に位置する口が不気味に笑う。なまじ人間の女性を模しているから尚更気持ち悪いし怖い。

「こうしたら呪いが解けるぞーとか教えてくれない?」

「まぁ教えてやってもいいがな」

 いいかげんコレ(剣)を引きずるのも疲れた。重いし。あと街に入ってからの周囲の目が痛い。精神ダメージで天に召される勢いで刺さる刺さる。

「……やっぱ嫌だ」

「はぁ!?」

「あまりにも今の状況が面白いモンでな」

 ふざけるな! とばかりに剣を柱に打ち付ける。刃を当てると傷がついてしまうのでそうならないようにゴンゴンと。重いし結構うるさいのですぐにやめた。

「オレは元々あの洞窟に住う主の所有物だ。オレのことをどうにかしたいなら、所有者である主をどうにかするしかないと思うがな」

「てことは、結局あの洞窟にいる魔王幹部(最弱)を倒す以外に方法はないって感じか」

 大きめのため息をつく。右手にまとわりついているそれは今までの武器よりも威力が高いように見える。しかし、それを持ってしてもあまりある気持ち悪さのため、体力より先に精神力がなくなってしまうような気がする。

「とりあえず明日の朝に道具屋とか行って切らした薬草とかを買ってから再突入かな」

「いいぞその意気だ」

「あんたは私にどうしてほしいのさ……」

 気持ち悪い剣はあくまでこの状況を楽しんでいるように見える。楽しくなると放たれるオーラの勢いが増すらしい。あと眼がすごいギョロギョロしてる。なんだかこちらまで楽しくなってきた。

「まぁいいや。寝る前にトイレ行こ」

 立ち上がって違和感に気づく。どうやって用を足せばいいんだ?

「都合よく外れたりはしないからな」

「……ですよね」



◇◇◇



 翌朝。

 前回の洞窟探索で消費したアイテムを買い直し、洞窟の入り口までたどり着いた。街から洞窟までの距離はおよそ小一時間歩くほど。その間ずっと剣を引きずっていた。ズルズルと。足跡と剣の轍が残る。

「今回で終わらせる。なんとしてでも。もう疲れた。しんどい」

 見るからに呪われていそうな剣は忙しなく眼をギョロつかせ、その持ち主(アホ)は洞窟に入る前から呪詛のように恨み節を吐く。

「入る前からそんな調子か。オレなんかよりずっと呪われ度が高そうだな」

「何よ呪われ度って。いいから行くよ」

「置いていってもいいんだぜ?」

 睨む。



◇◇◇



「ヒッ! き、来ちゃったんですね……」

「……?」

 洞窟の最奥部。今まで倒すのに難儀していたモンスターも、右手から離れてくれそうにない剣を持ってすれば豆腐を切るより容易であった。今までの苦労はなんだったのだろうかと思わなくもないが、限りなく嫌な代償を払っているので仕方がないと思い込むことにした。

 それはそうと、洞窟最奥部には魔王幹部(最弱)が潜んでいるという情報だったが、目の前にいるのは年端もいかない少女であった。

「えっと、あんたが魔王幹部(最弱)?」

 目の前の少女はダボダボの白衣を引きずりながらパタパタと右へ左へ前へ後ろへ動き回る。どうやらかなり焦っているらしい。あわわとか言ってるし。あ、コケた。

「どうすんだ?」

「やりづらいなぁ……」

 地面に倒れたまま涙目になっている魔王幹部(最弱)を左手で起こす。魔王幹部(最弱)をなだめる勇者(アホ)。

 しばらくすると落ち着いたのか、魔王幹部(最弱)は静かに口を開いた。

「洞窟にいるあの子たちはみんな私の研究で出来上がったキメラなんです。あの子たちは外が危険だと理解して洞窟を出ようとしません。だから大丈夫かなと思っていたのですが……」

「道中がめんどくさくてボスである魔王幹部(最弱)が弱いパターンかぁ」

「そういうこともあるだろうな」

「あの……」

 魔王幹部(最弱)が申し訳なさそうに手をあげる。

「わ、私、魔王幹部(最弱)じゃないですよ」

「……え?」

 少女は元々街中でモンスターの研究をしていた。それが他の住人に煙たがられ、元々無人のこの洞窟に引き籠るようになった。出来上がったキメラ型モンスターを適当に洞窟内に放っていた。そのモンスターがあまりにも強かったため、人々の噂は「魔王幹部(最弱)がいる洞窟」にまで膨れ上がった。そう、今目の前で涙目になっている少女は魔王幹部(最弱)などではなく、普通の人間の少女だったのである。

「……ん? じゃああんたはどうしたらいいのよ」

「ククク……」

 相変わらず剣が不気味に笑う。今までの話を聞く限りでは今右手にある剣は少女の持ち物でもなさそうだし、ましてや少女を倒したところでどうにかなる話でもない。

「それ、呪われていないですよ」

「……え?」

「だから、その剣、最初から呪われていないですよ」

 すごい呪われそうな見た目してますけどね、と補足。当事者(剣)は何かが爆発しそうなのを堪えるようにグラグラと揺れながらクククと笑う。勇者(アホ)はただただ呆然としている。

「私、おじいちゃんが街で神父をしているんです。蘇生はできないですけど、呪いの仕組みくらいならわかるので」

「な……な……」

「まさか勇者様ともあろうお方が見た目だけで呪いが外せないと思い込むなんてことはないでしょうが……」

 右手をゆっくりと広げる。今まで呪いで外れないと思い込んでいた剣が手からするりとこぼれ落ち、鈍い金属音を響かせながら地面に落ちた。

「ブァーっっハッハッハッハッハッハ!!!!! そうだよその通りだ少女よ!! このアホは自分が呪われていると思い込んだままずぅーっとオレを右手で掴んでいたんだよ!! 便所や風呂でも欠かさずな!! ッハッハッハ!!」

 自由になった両手をわなわなと震わせ、膝をつく。顔を覆う。そのままうつ伏せになってしまい、動かなくなってしまった。

「そりゃ教会に行っても呪いなんて解けないだろうよ。最初から呪われていないんだからな!!」

 またも剣が高らかに笑う。ドッキリ大成功の札がないのが何より惜しい。

「もう生きていけない」

「大丈夫だアホよ、このことを知っているのはここにいるオレ達だけだ」

「じゃああんたを置いていく! そうすれば真相は闇の中なんだから!!」

 帰還の呪文を唱えようとする勇者(アホ)。しかし呪文は発動しない。

「え、なんで」

「そりゃそうだ。MPが足りない」

 呪われていると思い込んでいた強い剣があったとはいえ、洞窟の中はべらぼうに広いため、普段よりMPの消費が激しかった。そのため、帰還の呪文を唱える分のMPまで残っていなかったのだ。

「じゃあ歩いて帰る!」

「できるか? お前に、オレなしで」

 難関と言われた洞窟の最深部まで到達できたのは、少なからずこの剣のおかげである。その剣無くして無事に歩いて帰還できるかと言われれば、答えはNOだろう。

「かくなる上は死んで強制送還する他ないか……」

「そ、そこまでなさるくらいなら素直に持って帰られたほうが」

 ボスだった少女が勇者(アホ)を哀れむ構図。


「こんな辱めを受けるくらいなら死んだほうがマシだ!!」

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