世界の殻を割って外に飛び出る雛鳥の不安と期待

 音楽好きの女子と読書家の男子が、ふとしたきっかけからお互いにCDや本を貸し借りするようになるお話。
 ひと夏の青春の物語です。タグにある「友達以上恋人未満」という語がまさにそのまま本作の内容を表していて、つまりこの「以上」と「未満」のバランス感覚が最高でした。なかなか着陸の難しい狭い範囲にぴったり収まってくれるというか、「これだよこれ!」みたいなストライク感。このふたりの関係を説明するのに、「友情」という語は違うし「恋愛」というのはなおのこと違和感のある、つまりそう容易には言い換えの効かない関係。だからこそ物語で語られるべきであるかのような、「このふたりだけの特別」が非常に嬉しく思える作品です。
 仲のよい男女のお話なのですけれど、そう安易に恋愛らしい部分に傾いていかないのが好みです。実際いかにもという感じの描写はほとんどなくて(個人的な印象かも)、でも「物語のその後」として勝手に夢想するのを許してくれるくらいの余地はあるという、これが読んでいて本当に心地がいい。といって、では「あくまでも友情の物語」となるかというと、それはそれでまた少しニュアンスが違うというか、実は友人関係としても日が浅かったりするのが面白いです。
 あくまで互いの趣味を貸し借りし合うだけの関係で、でも「趣味が同じ」なのではなく、互いに自分のまったく知らない世界を教え合う間柄。ここが重要というかツボといいますか、考えようによっては「恋人以上」とも取れちゃうのが本当に好き。考えようによっては恋人に対してすら望めない関係性。自分の好きなものってそれこそ自分を形作るもので、それを他人に受容してもらえるかどうかって、すごくドキドキするものだと思うんですよね。不安と、そして受け入れてもらえた瞬間の嬉しさと。そういうものがさらりと、でもくっきり食い込んでくる形で描かれているのが、もう本当に青春という感じでたまりませんでした。この『前向きな不安』って最高じゃありません?
 その上で、というかなんというか、このお話の内容というか筋というか、向かう先の力強さが素敵でした。若干ネタバレになりますがタグにもあるので言ってしまいますと、このお話は『創作』の物語です。つまりはこう、さっき言った『自分を形作るものを需要してもらえるかの不安と期待』が、中盤からそのままいきなり十倍くらい濃厚になって(正確にはその可能性を匂わせる形から入るのですが)、あるいはそれと似たような経験があればこその感想なのかもしれませんが、でもその書き方・組み上げ方がもう本当にすごい。
 構成の面でのテクニカルさ。というのもこのお話、実は結構実験的なところがあって、主人公ふたりの視点を交互に行き来する形で描かれているんです。これがもう、本当に、すんごい活きているというかなるほどこの構成でなければこれは描き出せなかったというか、こういう『仕掛け』のようなものがしっかり仕掛けとして、作者の意図通りに機能している(そして読者としてそれに見事に嵌められる)感覚は、それだけでものすんごく楽しくなってしまうものがあります。
 というわけで、ここまで述べてきた主観的な感想というか、「嬉しく」「心地がいい」「楽しくなって」等々からも分かる通り、とにかく幸せな作品です。ハラハラする不安だって期待の裏返し、嫌なことや重たいものは全然なくて、とにかく前へと拓けていく、まさに「ハッピーエンド!」という感覚を与えてくれる作品でした。素直に好きになれる物語だと思います。