告白
「・・・というようなことが実際にあったんだよ」と、オレは放課後の誰もいなくなった教室で彼女にキッパリと言った。
この世の中には異能と呼ばれるものがあり、オレを含めた世間一般には全く縁もゆかりも無い事象ではあるが、オレは小学校の母の死の周辺で起こった出来事は紛れもなくその異能によるものだと信じているからだ。異能はそこにあるものだ。幼い時に信じた都合の良い「かみさま」は母の死とともに死んでしまったが、だからこそ神様は裏切らない。人間にとって都合の良い「かみさま」はいないが、異能はそこに常にあるのだ。
「だから、オレはもちろん異能がこの世にあること、不思議なことがあることを知っているつもりだし、それを受け入れているつもりだ。だから、神鬼崎さんに異能があったとしても、神鬼崎さんがオレのことを嫌いだとかってことなら仕方がないけど、そういう理由じゃなくて神鬼崎さん自身の異能がオレを遠ざけるっていうのなら、オレはラグビー選手がタックルするように神鬼崎さんに全力で食らいついていくよ」
オレは一呼吸置いてから言葉を続けた。
「だって、オレは神鬼崎さんのことが好きだから」
オレはおそらく顔面だけでなく、耳から何から真赤になっていることだろう。それくらい全身で緊張している。
目の前でオレにいわゆる『壁ドン』されている二年乙組のそして全校生徒の憧れのマドンナ、
「あたしが怖くないの?
だって異能者だよ?昨日も見たでしょ?いつあたしの異能があなたを傷つけるかわからない。
それにあたしは一般の大学には行かない。
この高校を卒業したらおそらく陸軍か海軍の士官学校に入学しなきゃならないし、学校休んでるのも軍事教練で校外授業があるからなんだよ?
あたし達異能者一族は一般人とは違う。だから家に爵位があってこの民主主義の世の中にあって特権的な権益を持った上流階級としていられている。でも、それは一般のヒトたちと接することで傷つけたりすることを防ぐためでもあるの。だから、あたしの異能が今にきっと鷹島君のことを怪我させる。
うちの家格と鷹島君の家とじゃ、当然のことながら全くあわないから結婚することも当然できない。それでも良いの?」
「今、神鬼崎さんが言ったことはどれも神鬼崎さんの気持ちじゃないじゃないか。そんなことはどうでもいい」
「鷹島君には周りに可愛い子がたくさんいるじゃない。田中さんや橋詰さんはきっと鷹島君のことが好きよ」
「だから何度も言ってるだろ。神鬼崎さんじゃなきゃダメだって。
神鬼崎さんは、
いや・・・明日香はオレのことが嫌いなのか?」
「だって、昨日もあたしの異能で危なく怪我するところだったじゃない」
「異能のことはどうでもいいって言ってるだろ。
オレのことが嫌いなのか?」
彼女がオレの目を見ながら小さく息を呑んだのがわかる。
俯いて小さく彼女が呟く。「・・・な、わけないじゃない」
「もう一度、聞く
オレのことが嫌いなのか?」
その言葉に彼女は耳まで真赤になりながら、しかしオレの方をまっすぐ見つめ返して言った。気の強い彼女らしく、意志の籠もった視線でだ。
「嫌いなわけないじゃない。
好きよ。大好き。
『愛してる』って大きな声で街中でだって言える、叫ぶことだってできるわ。将来結婚して欲しいと想像したことだって一度や二度じゃない。
田中さんや橋詰さん達と親しそうに話しをしているのを見て、心が苦しくなった。嫉妬したわ。だって、幼稚園の時とはいえ、あたしは鷹島君のお嫁さんになりたいって心に誓ったんだもの。神鬼崎の女は執念深くて嫉妬深いのよ」
彼女の本心を聞けた安堵でオレは胸が張り裂けそうになった。心臓は先刻から早鐘のようになり続けている。
嬉しい。
彼女もオレのこと想ってくれていたんだ。これはいわゆる「両思い」という現象だ。もちろんオレもそうであって欲しいといつも思っていた。オレと目の前の壁との間に挟まれて立つ神鬼崎明日香を手に入れることを少なくともこの二年間、ずっと思い続けていたんだ。
「やっと素直になってくれたね」
オレは彼女のほおを優しく両手で包んだ。
彼女が目を閉じる。よし、ここはオレが漢を見せるところ。
告白から一気にキスだ。
接吻だ。
オレはヘタレじゃない。
やるときはやる男だ。バスケの試合ではブザービーターだって今まで何度も決めてきたじゃないか。
オレはちょっと屈んでゆっくりと顔を彼女に近づける。
オレの唇が彼女の柔らかい唇に触れる。
暖かい。
柔らかい。
匂いもとても良い匂いだ。
オレは明日香と初めて、今キスしている。
学校の放課後の教室で。微かにマスカットの味がするような気がするのは多分さっき教室に戻ってくる前にオレが口に放り込んだブレスケアの香りだと思う。
彼女はおずおずとオレの胸のあたりに右手を伸ばしてきた。それをオレは左手でしっかりと握る。
でも唇は離さない。こんな幸福な瞬間が世の中にあるんだ。
オレはこの娘を一生涯かけて愛し抜く。
この幸福が、永遠に続けば良いのに。
そう思った瞬間、教室の窓ガラスが一斉に粉々になって轟音と共にベランダ側に弾け飛んだ。
え?
明日香の大きな瞳が一際大きく見開かれる。彼女も予期していなかったことなのだろう。
彼女の双眸からたちまち涙が溢れ出す。
「うそ、
やだ、
あたし・・・じゃない・・・よ?!」
彼女はオレを力強く押し戻してオレが壁との間に作り出した愛の結界から逃れると呆然とした表情で一気に全滅した窓ガラスを見つめる。
「おい、なんだ今のは」
ガラッと開く廊下側の引き戸。思ったよりたくさんの生徒が残っていたんだな、今日は部活ないはずなのに・・・。
「うお!窓ガラス全滅じゃねぇか」
「何があったんだ?」
「だれか先生呼んでこいよ」
「あ、神鬼崎さん、怪我はない?って、泣いてるじゃないどうしたのよ」
「まさか、鷹島にやられたの?やられたのね??襲われたの?それとも触られた?あー、色々信じられない!」
「怪我してるやついるのか?おい、ガラスの破片には気を付けろよ」
「先生呼びに行けって」
「鷹島君、なにがあったの?神鬼崎さんに何かしたの?」
うわぁ、せっかくの告白が・・・。なんか色々と台無しじゃ・・・。
★ ★ ★
結局当初から教室にいたオレと明日香は校長室に連行された。
オレと明日香は校長と教頭、教育指導の立花に尋問されるがまま、オレの告白の部分は省いてはいるが、ことの経緯を応えることになった。
おそらく明日香を動揺させたことで彼女の異能でガラスが割れたのだから、動揺させたオレが全面的な責任を取らないといけないはずだ。気が進まないが父に連絡を入れたところ、父は「わかった」とだけ一言いうと、後は校長と話しをしたいとかで、色々とオレのことについて校長と話しをしていたようだった。幸いなことに、全教科の期末試験は全て終わっているから、明日は終業式しかない。なのでオレと明日香は終業式の後にもう一度事情を聞くということで、今日のところは帰してもらえるということになった。
しかし、今まで明日香が動揺した時に窓ガラスにヒビが入ったりすることはあった。だから教室の窓ガラスは全て割れても破片が飛び散らないような特殊なフィルムが貼ってあったわけだし、そのおかげでオレも明日香も怪我をしなかったのだろう。
もう、日も暮れようという時間になったが、明日香は家に連絡が入ったのか、黒塗りのメルセデスベンツが三台ほど迎えに来ていたので、どうやら車で帰宅することになったようだ。
オレはトボトボと正門の方に向かって歩きながら、事件のあった窓ガラスの方を向いた。まだ電気がつけられており、何やら作業がなされている。割れた窓ガラスのうち、半分はすでに取り付けの作業がされていたが、何やら現場検証的なことも同時にしているように見える。少し大袈裟な気もするが、一歩間違えば相当な怪我人が出てもおかしくない規模だったわけだから大袈裟すぎることもないのだろう。
正門のところには一人の人影があった。
「よう」
「おう、どうした?待っててくれたのか?」
「うん」
「ありがとう」
正門から二人で最寄駅に向かって歩き始める。
オレが先。そして麗奈はオレの三歩後ろをついてくる感じだ。
なんだか様子がちょっと変な感じだ。歩きながら麗奈が言った。
「あのさ、カズキ」
「うん?」
「神鬼崎さんと何があったの?」
「何って?」
「今までこんなことなかったじゃん」
「そうだな。あの窓の割れっぷりは半端なかったよ」
「カズキが何かしたんでしょ?」
「・・・」
何かしたか?
何かしたもなにも、色々としている。
余罪をあげれば、壁ドン、顎クイ、おまけに
キスまでしているわけだ。情緒酌量の余地は無いな。
オレのせいだ。
オレのせいで彼女を動揺させ、精神的に揺さぶって追い詰めた。そこで彼女の異能が発動して、窓ガラスが割れた。
キスのせいで窓ガラスが割れた、と言ってもおそらく間違いではない。
「・・・」
「ふーん」と、麗奈は狼狽るオレの様子を見ながら考えるように言った。
「まさかと思うけど、キスでもしたの?」
図星を突かれてオレは沈黙で応えるしかなかった。
「呆れた、まさか本当にしたの?」
「ああ、告白して、キスした」
「ふーん、カズキにしてはやるじゃない。ただのバスケバカじゃないってのは見直したわ。
で、その結果として窓ガラスが消しとんだ、と」
「不可抗力だ」
「不可抗力っていうより、不純異性交遊よね」
「ぐぅ・・・」
「相手は神鬼崎家の棟梁娘よ?自覚あるの?」
「自覚は、多分あるよ」
「わかってないわね。あたしのパパ、神鬼崎のお屋敷に行ったことあるって言ってたけど、その時のパパの話しを聞くと所謂下々とはかなり違うってよ?」
「知ってる」
「本当に?この二十一世紀にも身分違いの恋ってのはあるのよ」
「そうだな。でも好きなんだからしょうがない」
「本気なのね?」
オレは振り返って麗奈の顔をまっすぐ見返した。
「本気だ」
たっぷり一分くらいその場で俺たちは互いを見つめあった。というか睨み合ったという方が正しいか。
「本気・・・なんだ・・・」
麗奈はちょっと残念そうな表情で言うと今度はオレの前を率先して歩き出した。
「よし、じゃぁ田中さんがアホなカズキにコーヒーを奢ってあげよう」
そう言って麗奈が1ブロックほど先に見えるレンガ造りの建物のコンビニを指差す。
「あのガラス割れたので、どうせこってり絞られたんでしょ?」
麗奈に買ってもらったコンビニコーヒーはブラック無糖、ノーミルクだった。
祈りはきっと届かない 朝矢 真宗 @2boldly5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます