食べ慣れたモノは、食べなくても味がする
@
休日
「考えたことない?」
空を軽く仰ぎ、そう問いかけるのはつい先程知り合った人である。名前は…名無しのベーコンとか言ってた。意味がわからない。
ここだけ聞くと完全に不審者なのだが、お腹が空いたと言いながら足にしがみつかれたら構わざるを得ない。…何かしら理由があって困っているのだろうから。
そう考えることにし、ファミリーなマートでパンを買って渡したのだが、何故か今、隣を歩いている。実に謎である。お腹は満たされたではないか。何故ついてくる。
謎でしかないのだが、考えていても終着点は見えなさそうなので、とりあえず反応を示しながら本屋を探す。
「今、実は砂漠とかの場所にいて、見えている景色とか建物、触っているものは全部砂のような物質で、感じている物事は全て脳の錯覚である、みたいなことを」
急に何を言い出すのだろうと思った。しかし、反応をした手前、無視するわけにもいかないので、適当に返答をする。
「ないですね。どうしてそんなことを急に考えることになるのかって感じですし、そもそも砂でできているのであれば、建物は成立しないと思います」
屋根が砂でできているなら、落下してきて屋根は存在しないと思うのだが…。そう考えていると、渡ろうとしていた横断歩道の信号が点滅をしてしまったので、諦めて待つことになった。
「砂岩なら解決できるよ。砂岩で柱を作り、砂岩で屋根を作る」
盲点を突かれ、思わずああと声を漏らす。しかし、それに気づいているのかいないのか、その人は話を続ける。
「しかも、世の中には密度という考え方もある。砂岩以上に密度を大きくすれば、金属に匹敵する硬さになりうるでしょ?」
つい納得してしまったが、原子の大きさを考えたときに、密度に限界というものがあるのではないかと思った。砂岩の密度を高くして、金属並みに硬化させることができたとしても、世の中にある物質を全て砂が
信号が青になる。密度の限界について考え始めていると、その人は再び話し始めた。
「まぁ、私が想像しているのは砂のような物質であって、砂であるとは限らないんだけどね。要は同一の物体だけで構成されている単調な世界を、脳が錯覚を起こして、色鮮やかで様々な物体がある世界だと認識しているんじゃないかってことだよ」
話題に引き戻されると同時に、少しはっとする。段々わからなくなってきたのだ。そもそも何故こんなに複雑な話を、せっかくの休日に、さっき知り合った知らない人としているのだろうか。確かに、話を聞くことにはしたのは事実なのだが、こんなにややこしい話になるとは思ってもみなかった。とりあえずなんとなくわかったような反応をして話を終わらせることにする。
「おぉ、わかってもらえるの?嬉しいなぁ…」
すると、何故か1人で納得されてしまった。変な誤解は……してそうである。せっかく本屋に着いたのだが、誤解されていては後々面倒なので訂正をする。
「あ、いや、なんとなくわかったような気がするだけですよ。…結局、ベーコンさんは何が言いたいんですか?」
同時に、簡単な質問もしてみることにした。突飛な行動は誰にだって取りうることだから何も変では無いのだが、それにどのような意図があったのかが気になったのである。
「意味か…」
そう呟くと、その人は少し俯いて考え始めた。そこで考え込むのかと、思わず心の中でツッコミを入れてしまったが、意外と早く返答が返ってきた。
「意味は特にないよ」
笑顔を向けながら答えてきたが、こちらとしては拍子抜けである。少し呆れてしまったが問題はないだろう。話のキリもいいので、今のうちに本屋への入店を試みる。
「ただ君が、君自身だと思っているモノが君自身でない別の何かであり、君は本当は存在していないのかもしれないっていうだけだよ」
「えっ?」
意味深な言葉に、思わず振り返る。すると手を取られ、手の平サイズの円盤状のモノを渡された。
「価値観は人それぞれだ。君がナニをどう判断しようが君の勝手だけど、後悔のないないようにね」
その言葉を最後に、その人は入店せずにそのまま違う所へ行ってしまった。
食べ慣れたモノは、食べなくても味がする @ @_who_
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