学校から帰ると……




「あっつ……」


 夏の日差しを浴びながら、僕は思わずそう呟く。

 学校が終わってから少し友人と課題をして帰ったのだが、まだまだ日は高く暑さは衰えない。夏休みが終わったというのに天気は自重してくれないようだ。


「ただいまー」


 どうせ返事がないことはわかっているが、いつもの習慣でそう言いながら家に入る。唯一の家族である父親は仕事で家を空けているので、この家にいるのは僕一人だ。

 ……そのはずなのだが、なぜが家の中が涼しかった。

 先に家に誰かいてエアコンをつけて待っていてくれた……なんてことはあるはずもなく、ただ僕が消し忘れて家を出ただけだろう。

 普段はしないミスに少し落ち込むが、くよくよしていても始まらないので、部屋に荷物を置いて制服から部屋着に着替えてから、テレビゲームをするためにリビングに向かう。

 エアコンで涼しい部屋に入りいつものようにソファーに腰掛けようとした瞬間ーー


ーー僕の高校の制服を着た女子が一人、うつ伏せでソファーに倒れ込んでいた。


 思わず体を震わせてしまったのも仕方ないだろう。大声を出さなかった僕を褒めてほしい。


「おかえり〜」


 我が幼馴染であるくるみは、うつ伏せのまま顔だけこちらに向けてそう言う。

 その怠惰な様子に思わずため息を吐く。大方、合鍵を使って入ってきたのだろう。僕の家とくるみの家は家族ぐるみの付き合いで、よく家を空ける僕の父は何かあったときのためにくるみの家に鍵を一つ預けているのだ。


 しかし……足をパタパタさせるものだから、スカートがなかなか際どいことになっている。

 というか、うつ伏せになって胸が苦しかったりしないのだろうか。いや、くるみには苦しくなるような胸なんて……これ以上は考えないでおこう。なぜか寒気がした。


「で、なんで着替えもせず来たの?」

「家に帰りにくかった」

「なんでさ。またプリン盗られて喧嘩した?」

「そうじゃなくて……これ」


 くるみはそういうと、ソファーの下に雑に置かれていた鞄に手を突っ込んで暫く漁った後、一つの小さな箱を僕に投げてよこす。軽いそれのパッケージを見てみると……


……ゴムじゃん。えっちなことするためのやつじゃん。


「……なんでこんなものが鞄に?」

「朝、お母さんに渡された」

「毎回思うけどくるみの家どうなってるの? 年頃の娘にこんなもの渡すものなの? しかもなんか箱開いてるし」

「気になったから一つ開けちゃった。中そうなってるんだね」

「……ねぇ、それやばくない?」

「なんで?」

「だってこのままくるみが家に帰ったらさ、一つなくなってる状態ってことでしょ? しかも僕の家に寄って帰ってる。

 これって……僕らヤったって思われるのでは?」

「あっ……」


 全然そんなことは考えていなかったらしく、くるみは僕の持っている箱を見つめてフリーズしている。

 気まずい沈黙。


 いやね、別に僕らが付き合ってて勘違いされるとかなら仕方ないかなってなるんだよ。でも、僕らは付き合ってるわけじゃない。付き合ってもいないのに勘違いされるのは嫌だ。

 まぁ、「異性の幼馴染が毎日のように家に来てるのに何を今更。勘違いされる要素しかない」と言われたら何も言い返せないけど。



「……まぁ、開けちゃったのもは仕方ないし、これは捨てたことにして……」

「いや、勘違いじゃなければいいんでしょ?」

「……は?」

「だから、勘違いじゃなければいいってことだ。つまり、いまから二人でヤれば解決。ほら脱げ。

 据え膳がここにあるぞ? かもーん」

「…………」


 仰向けになり、僕に向かって両手を広げハグを待つような体勢になっているくるみ。そんなくるみの姿に僕は……


「馬鹿なこといわないのっ!」


 手に持った箱を全力で投げつけた。

 さすがに近距離から投げられた箱を取ることはできなかったようで、胸の少し上に当たってからソファーの下に落ちる。


「毎回思うけど、綾人あやとは堅物すぎる。いいからわたしのことおいしくいただいて、既成事実作っちゃえばいいの。ほらほら」

「だーかーら、外堀埋められた状態で召し上がれってされても食べる気になれないの! そういうことじゃないの!!」

「……そんなこと言って、わたしが他の人と付き合っちゃったらどうするの?」

「え……?」

「今のうちに自分のものにしておかないと、盗られちゃうかもよ?」

「…………」

「だからほら、今すぐおいしく……」

「いただかないっての!」


 くるみの頭にチョップを入れて、深くため息を吐く。

 全く、油断も隙もない。一瞬揺らぎそうなこと言いやがって。


「むぅ、つれない」

「だいたいね、そういうのは僕ら二人ともちゃんと大人になって結婚とか考えるようになってからしようよ。高校生なんて早すぎる」

「いやいや、イマドキは高校生でも普通に……ん?

 今の言い方だと、大人になったらわたしと……」


 気まずい沈黙が二人を包む。

 顔を赤くするくるみだが、僕の顔も似たようなことになっているだろう。


「い、いやいや、いやいやいや。僕が言ったのは一般論であって……」

「でも、綾人さっきま『僕ら』って……」

「い、言ってない!! いいからもう帰れよ! 密だ密! ソーシャルディスタンス!」

「ふーん、綾人もやっぱり乗り気だったんだぁ?」

「そんなことない!!」


 全力で否定し続けたのだが、そのあと一時間くらいそのことを言われ続けて、僕は終始恥ずかしさで死にそうだった。




――――――お知らせ――――――


突然失礼します! 作者の海ノ10です

この短編を連載版として書きなおしたので、ぜひ読んでみてください!

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幼馴染が「据え膳喰わぬは――」とか血迷ったことを言ってくる【短編版】 海ノ10 @umino10

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