幼馴染が「据え膳喰わぬは――」とか血迷ったことを言ってくる【短編版】
海ノ10
僕の休日……
休日とはいいものだ。
わざわざ時間をかけて高校に行かなくていいし、感染症騒ぎによって高校から義務付けられたマスク着用をする必要もない。
唯一の家族である父は仕事で家を空けているから好きなだけごろごろしていても文句は言われないし、邪魔をする人もいない。
ああ、なんて素晴らしいんだろう。
――ピンポーン
一人ソファーで怠惰に過ごしていると、唐突にインターフォンが鳴らされた。
誰か来る用事があったかと疑問に思いながら、インターフォンに付いているカメラ越しに外を見る。
「はぁ?」
そこに映っていたものに、僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
雨が降っている中、どういうわけか全身ずぶ濡れの状態で立っている一人の女子がいたのだ。
こちらが応答ボタンを押したことに気が付いたのだろう。彼女は口を開くと真顔のまま、
「妖怪濡女参上」
などとふざけたことを言った。
僕は黙って応答終了のボタンを押すと、風呂場に行ってバスタオルを3枚調達し、玄関に向かう。
玄関のドアを開けると、案の定そこには全身ずぶ濡れで見えてはいけないものがTシャツから透けて見えている少女がいた。
「…………」
どう話しかけたものか迷っていると、向こうは「お邪魔します」と呟いて家に入ってくる。
まぁ、僕たちの間柄的に今更勝手に入られたところで文句はないのだが、ずぶ濡れで男の家に来るというそのファッションセンスだけは幼馴染として文句を言わねばなるまい。
「あのなぁ、徒歩五分程度とはいえちゃんと傘さしてこいよ。土砂降りなのわかってるだろ?」
僕がタオルを投げつけながらそう言うと、くるみはそれを受け取って体を拭きながら答える。
いつも通り表情の変化は少なかったが、長い付き合いから僕のことをからかおうとしているのはわかった。
「
「今すぐ家から叩き出そうか? というか、男が興奮すると思ってるならそんな服で来るなよ……」
「押し倒されたらそれはそれでいいし」
「馬鹿なこと言わないの。大体ね、ここに来るまでに襲われでもしたらどうするのさ。そこまで考えなよ」
「……つまり、綾人宅ではどんな服装でも許されると?」
「そんなことは言っていない」
馬鹿なことを言う幼馴染の額を指で弾くと、溜息を吐く。こいつはいつもこんな感じで僕の平穏を壊してくるのだ。別に嫌いではないが、正直だからこそやめてほしい。僕は性欲が少ない方だしそう簡単には動じない鋼の心を持っているから彼女は無事で済んでいるが、それだって限界がある。いつ自分が耐えきれなくなるかこっちも気が気じゃないのだ。どうも貞操観念が緩そうに見えるこの幼馴染はもしそうなっても受け入れそうだというのが、余計に僕の心労を増やしている。
こういう行動をとるのが僕相手だけだというのもまた、僕の理性をガリガリ削ってくるのだ。
「濡れた服気持ち悪い。風呂入っていい?」
「お湯沸いてないけどそれでもいいならどうぞ。
というか、ほんとなんでそんな濡れてるんだ?」
「傘が飛ばされちゃって」
「じゃあ帰りは傘貸すよ」
「雨止むまでこの家に泊まるからいらない」
「今日中に止むか分からないけど……?」
「明日も休みだしノープロブレム。明日中に止まなければまた考える」
「泊まる前提かよ……まぁいいけど」
一通り体を拭き終わったくるみは、特に何を言うでもなく風呂場に入っていった。
僕は濡れた廊下を拭いて綺麗にすると、リビングに戻ってソファーに座ってスマホを弄る。
三十分ほど待っていると、シャワーを浴び終えたくるみがリビングに入ってきて、僕の横に座った。服は(何故か)我が家に常備されている彼女のもので、よくありがちな「サイズの合わないだぼだぼのシャツ」なんてラブコメみたいな展開にはならない。
今更普通のラブコメ的な展開なんて望んでもいないし、なるわけもない。
「何してるの?」
「ソシャゲしてる。くるみが風呂から出てきた時に僕が寝てたら怒るだろ?」
「当然。せっかくかわいい幼馴染が来てるのに寝るなんて許されない。スマホもアウトだからやめたほうがいい。怒りでくるみちゃんが爆発しちゃう」
「爆発するなら学校でしてこい。休校になるから」
「綾人が冷たい……うぅ……」
シクシク、と泣いたふりをするくるみだが、全力でスルーしているとやがて飽きたのか泣き止んで、スマホをいじり始めた。
暫くして、いつの間にかくるみと共闘クエストでボス敵を倒したところでスタミナが切れたのでスマホをいじるのをやめてテレビゲームを始めた。
くるみにコントローラーを渡し画面上で大乱闘を繰り広げながら雑談をする。
「そういえば、なんでうちに来たんだ?」
「お母さんと喧嘩したから」
「なんで揉めるようなことに? 成績悪すぎて進路心配されてるのにも関わらずスマホ触ってたとか?」
「お母さんがわたしの分のプリン買ってきてくれなかったから」
「プリンなら僕が買ってやるから今すぐ帰れよ」
あまりにもくだらない家出の理由に変な力が入った僕は操作をミスってしまう。
一瞬の隙を突かれ画面外に吹き飛ばされる僕のキャラクター。勝ち誇ったような顔をするくるみの顔がイラっと来たので、額を指で突いてやった。
「まったく……そんな理由でうちに来るなよ。この前おばさんに『いつもうちの娘がごめんねぇ、あの子ったらすぐ綾人君のところに行って……昔と変わらないんだから』って言われたよ?」
「それを聞いてますます家に帰る気がなくなりました。わたしだっていろいろ変わってるし。胸とか身長とか胸とか」
「どれだけ胸を推すんだお前は。精神面は成長してないのかよ。というか、平均サイズ以下な癖して何をそんなに誇って――」
「その口縫い付けたらわたしの成長を認めてくれる?」
「わかったから落ち着け我が幼馴染よ。話せばわかる」
「そのセリフを言ったなんたらって人はそのあと撃たれたって漫画で見た」
「なんたらって……犬養毅な」
「なんのキャラクター?」
「中学の頃の日本史の教科書を読み直してこい」
「面倒くさいからやだ」と言って次の試合を始めようとする幼馴染に僕は溜息を吐きながらも、付き合ってもう一戦やってやる。
決して悔しかったわけではない。決して「あそこでプリンの話をしていなければ勝ってた」などとは思っていない。本当だ。
「話を戻すけども、僕らだってもう高校生なんだし、いつまでも小学生みたいな感覚だったらおばさんも心配するだろ?」
「別に小学生の頃と同じ気持ちでここにいるわけじゃない。綾人もわたしの考えくらいわかってるくせにわざわざそういうこと言わなくていい」
「遠回しにそういう発想で家に来るなって言ってるのがわからんのか?」
「本気で来るなとは思ってないくせに」
「くるみこそ僕の考えくらいわかってるくせにそういうこと言う必要ないと思うけどね」
「考えてることはわかってるけどくだらないとは思ってる」
「だって考えてみてよ。幼馴染の家に行くってだけならおばさんもなんとも思わないだろうけど、恋人の家に行くってなったらいろいろ思うだろ? だから僕らはあくまでも幼馴染のままで――」
「結局異性の家に行ってるのは変わらないじゃん。据え膳喰わぬは男の恥って言うし、さっさとわたしを食べちゃって彼女にすればいいんだよ。それで全部解決」
「あのなぁ……」
「大体、お母さんはもうわたしと綾人が付き合ってるって思ってるし」
「……は?」
衝撃の一言に、僕は大幅にコマンド入力を間違えて画面外に突っ込んでいってしまった。
『1P LOSE』という文字が画面に出るが、そんなことを気にしている場合ではない。
「マジ?」
「マジ。お母さんに『付き合ってるんでしょ?』って聞かれたから、見栄を張って『うん』って答えておきました。てへ」
「なんで見栄はるんだよ! ああもう、今度どんな顔しておばさんに会えば……」
「大丈夫、悪い顔はしないから。たぶんゴム渡してくる」
「だから嫌だったんだよ! お互い清い体なのに『あいつらヤリまくってる』って思われるじゃんか! しかも君の母親はそれを後押ししてくるじゃん! 君の家の貞操観念はどうなってるんだ!」
「どうせ二人は将来結婚するだろうし子どもさえ作らなきゃいくらヤッても問題なし、って感じ。もっと言えば我が家では『真面目な綾人なら一回そういうことしちゃえば責任取って結婚までしてくれるだろ』って思ってる」
「だろうね! だから余計に付き合いたくないんだよ……」
「わたしのこと大好きのくせに?」
「だからこそ外堀埋められた状態で『さぁ召し上がれ』ってされるのは気に喰わない!」
「面倒くさいなぁ。もうあきらめてさっさとやることやっちゃおうよ。ね?」
ほらほら、とこちらに体を寄せてくるくるみ。いい匂いがしてドキッとしたので慌ててソファーから飛び出して距離を取る。
「顔真っ赤にしてるくせにそんなこと言わない! 自分の体を大事にしろ!」
「綾人にしか言わないし」
「だからたちが悪いんだよ!」
「というか、こっちが誘ってるのに食いつかないとか失礼にもほどがあるでしょ。女として負けた気分。だから今日という今日は既成事実を作ってやる。とう!」
「わっ! ちょっと待て馬鹿お前! ソーシャルディスタンスを保て!」
「マスクもつけずにずっとゲームしてるからもう手遅れ。覚悟!」
「覚悟なんかねえぇえええええ!!!!!」
飛びついてくるくるみを躱してから、僕を押し倒そうとしてくるくるみと揉み合いになる。
わちゃわちゃと二人でしているといつの間にかくすぐり合いが始まり、三十分後には二人そろって息を乱しながらカーペットの上で横たわっていた。
「二人で並んで寝転がってるし、汗もかいてるし呼吸も荒くなってる……これはもう実質セッーー」
「お前もう黙っとけよ……」
もはやツッコミを入れる気力すらなくなった僕は、深く溜息を吐いた。
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