第2話 完璧
「お疲れーい」
「お疲れ様です」
南条さんがバイト先に入ってきてから三日目の夜、モダン調にデザインされ、整理整頓されたマンションの一室で僕は晩酌を交わす。対面に座っているのは一つ上の同じバイトの先輩、仁君だ。
仁君は髭面の渋い男前で、高身長で、仕事もできて、おまけに可愛い彼女もいて、僕とは正反対の人間だ。片岡さんには、『仁君先輩ってグーで女殴ってそう』とか言われてるけど全然そんなことはない。仁君は僕より一ヵ月くらい前に今の店に入ったらしく、入った時期や年齢が近いこともあり必然的に仲良くなった。とは言っても、それだけじゃこんな風に週一くらいのペースで一緒に飲んだり話したりはしない。仁君は、入った時期こそほぼ一緒だが、全然仕事ができなかった僕をサポートしてくれて、くだらない雑談や相談まで乗ってくれる他の誰よりも頼れる先輩だ。正直、なんでこんなに仲良くなったのか僕が一番よく分かってない。
仁君の家で飲むときはだいたいバイトの愚痴か一緒にゲームしたりするだけなのだが、今日は最近入った例の人の話で盛り上がった。
「優太さあ南条さんと一緒に仕事した?」
「初日が一緒だったのでその時とあと今日も一緒に働きましたよ。なんか三日目の人の働きじゃなくないですか? もう教えることほとんど無くてびっくりしましたもん」
「それがさあ俺昨日一緒だったから一日中つきっきりで教えてたのよ。そしたら教えたことは全部一回で覚えるし接客は完璧だしまじでびびったわ。女の人ってみんなあんなに仕事できるもんなの?」
「いやーあの人が特殊なだけですよ絶対」
どうやら南条さんはめちゃくちゃ仕事ができるらしい。顔もいいのに仕事もできるなんていよいよなんで僕みたいなやつと一緒に働いてるのか分からなくなってきたぞ。そんなことを思ったが、仁君が放った次の一言に僕は妙に納得してしまう。
「でもああいう完璧タイプの人ってさ、どっか掴みにくいところあるよな。めっちゃ自分に自信ありそうだし、あと俺らみたいな男なんて眼中になさそうっていうか(笑)今でこそ普通に会話してくれてるけどさ、仕事に慣れてきたら目も合わしてくれなくなりそう」なんてことを言う先輩に、
「いや見た目で判断しすぎ! あと偏見も入りすぎ!」とツッコミをいれるが、内心は僕も先輩と同じことを思っていた。確かにそうだ。本来ならば会話するだけでも料金がかかってしまいそうな人と、僕みたいな人間が仲良くできるはずもない。初めこそ仲良くできたらいいななんて思っていたけど、もう完全に諦めモードに入ってしまっていた。
初めて会った時に感じたこの人とは住んでいる世界が違うという感覚が、自分の中で膨れ上がっていくのを感じた。
次の日の朝、いつもより少し遅めにバイト先に到着した。中では店長が開店作業をしていた。
「おはようございまーす」
軽く挨拶して更衣室へ向かう。ドアを開け、カバンを降ろそうとした所で僕はとんでもない事に気が付く。
バタンッ
僕はドアをものすごい勢いで閉めた。
今中に誰かいた気がする。仁君や他のバイトの男の子じゃない。お尻の上くらいまである長い黒髪と、膨らんだ胸部。明らかに男性では無い身体つきの人間が中で下着姿になっていた。
いやいや落ち着け僕。昨日飲みすぎて頭がボケたままなだけかもしれない。
一度深呼吸をして更衣室のドアの性別マークを見る。剥がれかけのシールに描かれた青色の棒人間。間違いない、ここは男性用の更衣室だ。じゃあ僕が中で見たのは一体なんだ?
そんなことを考えながらドアの前で立ちすくんでいると、内側からドアがゆっくりと開いた。
中から出てきたのは南條さんだった。
「あっ月城さんおはようございます。すいません鍵を閉めるの忘れちゃってたみたいで」
いやいやいやいや待て待て待ってくれ。鍵もそうだけどここは男子更衣室なんだって!
「あのー南條さん、ここ男子更衣室なんですよ。女子更衣室は休憩室の真横にあるのであっちですね。分かりにくいですよね、へへっ」
随分気持ち悪い言い方をしてしまった。最後の愛想笑いがもう変態のそれだったが、恐る恐る南條さんの反応を待っていると、目の前には頬を赤らめて泣きそうになった女性が居た。
「ご、ごめんなさい……私全然確認もせずに入ってしまって」
弱々しい声でそう言った後にこう続けた。
「私が全部悪いので、私の下着見た事は気にしないで下さい!!」
店中に響いたんじゃないかというくらいの大きな声でそう言った南條さんは、逃げるように店のホールへ出て行った。
「えっなにお前南條さんの着替え覗いたの?」
着替えようとしていた店長がどうやら一部始終を見ていたらしく、割と真剣な顔でそう聞いてきた。
「いやいや違いますって! 鍵空いてたから誰も居ないと思ってドア開けたら中で着替えてたみたいで」
「まあまあまああんな美人さんが居たら着替え覗きたくなる気も分からんでもないよ。俺も男だしな」
「だから違いますって!!」
必死に弁明しつつも、頭の中はさっきの南條さんの表情でいっぱいだった。南條さんってこんな漫画みたいな間違いするんだ。南條さんってあんな表情をするんだ。そんなことを思った。
(今日一緒に働くの気まずいな……)なんてことを思いながら着替えを終えた僕は、いつもより少し高いテンションで店のホールへ向かった。
僕と一途と優しさと れぜさん @rezesan
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