カメラ小僧が太陽を盗んだから世界が終わる

ちびまるフォイ

自撮りで入れたい部分

『今日は1日晴天となるでしょう!』


お天気キャスターの後ろには青空が広がっていた。

そのうち、一部だけがなぜか不自然な四角い無地になっていた。


「テレビの故障かな」


天気予報が終わると空に浮かんでいた無地エリアは消えてしまった。

見間違いかと自分を納得して外に出ると。


「見間違いじゃないじゃん……」


今度は直に欠けている空を見つけてしまった。

青い空のいち部分に不自然な四角い無地がある。

まるで誰かが貼り紙でもしたようだ。


「これはなんかの異常気象かもしれないぞ!」


携帯電話を取り出し欠けた空が入るようにカメラを調整する。

撮影ボタンを押すときれいに空を撮ることができた。


この写真をどこでお披露目しようか考えながらもう一度見上げると、

さっき撮影したばかりの場所が無地になっていた。


「えっ!? なんかでかくなってる!?」


画面にさっきの写真を表示させながら空に携帯電話を重ねる。

写真と空の欠けた部分はパズルのようにぴたりと一致した。


「そ、空を切り抜いちゃったんだ……!」


写真に収められてしまい、空にはぽっかりと青空が欠けていた。

もう戻すことはできない。


「待てよ。俺が撮影する前に空が欠けていたってことは

 すでに誰かが写真で切り抜くことに気づいてるんじゃないか!?」


そのことに気づいたがもう遅かった。

注意する前に太陽が撮影されてしまい、空から太陽が消えた。


おそらく太陽があった部分は無地がさらけだされている。

太陽は写真を撮った人の手元にしか残らない。


あたりは真っ暗で街灯の心細い光が道を照らしている。


「なんてことしてくれたんだよ……ちくしょう……うう、寒い……」


真冬の夜のように冷え込み始めた。

この後にどんなサバイバルが待っているかわからない。

今のうちに買い出しをしておこうと車を走らせた。

そしてすぐに止まらざるを得なかった。


「は、橋がない!」


谷を超えるための橋は根本からバッサリと途切れていた。

きっと誰かが写真を撮ったせいで切り抜かれたのだろう。


土砂で事故で通行止めならまだしも、橋そのものが切り抜かれたら復旧のしようもない。


「これは思っていた以上にやばいんじゃ……」


事態の深刻さにじわじわ気づき始める。

そのとき、暗がりから一瞬だけフラッシュが点灯した。


フラッシュが焚かれた場所に目を向けると小太りの男が荒い息をしていた。


「ふ……ふひひ。やった。やっと手に入れたぞ。僕だけの美香ちゃんだ……」


男の近くには切り抜かれた風景と、ちぎれている女性用のバッグが落ちていた。

男は持っている写真を何度もなめている。


「お、おい……あんた……」


声をかけると、男は血走った目でにらみつけた。


「なんだよぉ!! お前も僕になんか文句あるのかぁ!!

 僕はずっと美香ちゃんのために通い続けてきたんだ!!

 誰よりも貢献したんだ! ひとりじめする権利はある!!」


「ちょっ……ちがう、俺はただ……」


「お前も写真に切り取られたいのかぁ!」


男は返事を待たず、首に下げた一眼レフカメラを構えてシャッターを切った。

俺のすぐ横の地面が切り取られて無地になる。


「ちぃ! ちょっとブレちゃった!」


「うそだろ!?」


「お前ぇ、逃げるなぁ!」


男は追いかけながらもシャッターを切りまくった。

写真に収められまいとわざと曲がり角の多い路地をひたすら逃げた。


その間にも写真で撮られた場所はえぐれ、切り取られていく。


なんとか猛ダッシュで引き離してマンホールから下水道にかけこんだ。


「くそぉ!! どこにいきやがったぁ!!」


マンホール越しに地上の声が聞こえてきた。

足音が遠ざかっていくのを聞いてひと安心。


「人間を写真に閉じ込めるなんて……」


写真の中に収まってしまったら現実世界からは消えてしまう。

いくら手元に置きたいからといって人間を撮影する人がいるなんて思わなかった。


「はぁ……これからどうしよう……」


精神的にも物理的にもお先真っ暗。

悩んでいると、わずかに照らしていた街灯すら消えてしまった。


「……誰かが電気を止めやがったか」


電柱を撮影したのか、発電所を撮影したのか、地下を撮影したのか。

原因はわからないが電気は寸断されて夜よりも暗い漆黒に包まれた。


橋も切り取られ、空も太陽も切り取られ、はては人間同士で撮影し合う末路。

このまま現実世界で普通に生活できる自信がない。


「俺はどうすればいいんだ……」


答えを求めるようにして写真を見返していた。

最初に撮影した空の写真を見ていると、雲が流れていることに気づいた。


「え、これ雲動いているよな!?」


何度見返しても間違いなく雲は写真の中で流れている。

ためしに近くの虫を撮影すると、写真の中でも虫は動いていた。


「間違いない! 写真の中でも生きていられるんだ!」


俺は携帯電話のライトが照らすわずかな光をたよりに写真屋さんへ向かった。

鍵はしまっていたが壁を撮影してくり抜けば中に入れる。


「あった! フィルムがあった!」


いまやロストテクノロジー化しているカメラのフィルム。

現像な文化が失われてから使われることがなくても、写真屋さんにはあった。


いくつものフィルムを強奪すると、ふたたび人のいる避難シェルターへと向かった。


カメラを隠してシェルターに入って中にいる人のうち好みの美人を狙って撮影した。

シェルターが大混乱にならないよう、入り口にはリモート設定しているカメラを置いていたので抵抗すれば全員を学級写真のようにまとめて撮影出来てしまう。


「君と君。ちょっと前に出て。抵抗すればここにいるすべての人が写真で切り取られるよ」


あらかた好みの人間を写真に収めるとシェルターを去った。

自宅でカメラのフィルムを伸ばすと、フィルムの1コマずつに人間が囚われていた。


「これをこうして重ねて……と、できた!!」


いくつものフィルムを重ねて1枚のハーレムフィルムを作りあげた。

その中央部分には不自然なスペースが空いている。

俺が収まるスペースだ。


「こんな現実世界にいるくらいなら、写真の中で幸せに暮らせるほうがずっとマシだ。

 まったく、俺っていうやつはなんて頭良くて欲深いんだろうな」


最高の1枚に仕上げられるフィルムをふたたびカメラにセットする。

撮影して写真に閉じ込められれば、待っているのは逃げ場のないハーレム空間。

今から楽しみで仕方がない。


カメラを持ち上げ自撮りの準備をする。


「はい、ちーず!!」


現実との別れを告げて自分に向けてシャッターを切った。

一瞬のフラッシュの後、世界は一変して自分が設定した写真の中へとワープした。


「やった! 大成功だ!!」


こぶしを高く上げて作戦成功を喜んだ。

けれど、妙に視線が低く閉じ込めた女性の膝たけから覗くようなアングルに違和感を覚えた。


ふと目を凝らして写真の中から現実世界を見た。




写真の外では、自撮りで見切れた自分の下半身がちぎれて転がっていた。

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