第八話

 月読つきよみめいは、ふっと疑問に思ったことがあったので尋ねることにした。


<この戦闘ヘリって、試験機プロトタイプ? >


 それは、ひっかかりを感じたからだった。

 自分の座っている座席の足元に頑丈そうな黒い箱が固定されており、その中には巨大な電子機材が収められていた。形からしてデスクトップパソコン、だが、大きさはゲーミングPCのフルタワーケース二台分。

 そして無数の色彩の光源ランプが心臓の鼓動のように規則正しく、繰り返し、点滅していた。

 後部座席には、それだけしか――なかったからだ。

 自分の目の前に座っている少年の席には、あちらこちらに液晶ディスプレイやチン、プン、カン、プン、な各種メーターが取り付け並べてあるのに。

 まぁ。

 見たところで、それはそれで命にとって、意味不明な代物だった。ので問題ない。

 しかしながら。

 軍事オタクではない素人の命でも、多種多様のメディアから収集した情報で最低限のことは知っている。

 前席は操縦士が座り、後座には副操縦士兼射撃手が座るのが、基本であることを。

 だからこそ、質問した。

 自分が座っている後座には、足元に不可思議な電子機器だけが一台だけ備え付けられているだけ。前席とは別に後座にも絶対に必要とされている装備一式が、完全に排除されている。

 胡散臭うさんくさい、上無うえない――戦闘ヘリ。


 命の前席で操縦桿そうじゅうかん握って操作している顔半分を半透明なシールド覆い隠すヘルメットを被った、少年こと種子島たねがしま波旬はじゅん。が、ヘルメットに搭載されているスピーカーから聞こえた命の問いに答える。


<気になりますか>

<そぉらぁー、私の足元に。パンドラの箱があったらねぇー>


 この箱のことを喋らないと、このまま踏み壊すぞ! と、露骨ろこつな声音。それに、コックピット内に聞こえてくる、プロペラの風切り音と操縦に必要な各種装置の電子音とは違い。聞こえてくる、靴の先でコツ、コツ、と繊細な電子機器を蹴っている音。


<この機体は、AH-64EC Apacheアパッチ Guardianガーディアン Cerberusケルベルス、と言います。AH-64E Apacheアパッチ Guardianガーディアンの改良試作機です>


 すると、ぽつり、命が。


<ふぅーん。で、このパンドーラーは、人類にどんな? 贈り物をくれるの? >


 と、アイロニカルに話す。


<これは、戦略戦術支援用に開発された人工知能を搭載した戦闘ヘリなんです>

<ぉおー! ABエービー、第二弾ね! >

<ツキヨミメイ、サマ。ソレヲイウナラ、AIエーアイデス>


 どこからともなく、命が自信たっぷりな口調で語り終えた、最高タイミングで! 自信たっぷりで語ったことを完膚なきまでに、うち消した。

 パチ、パチ、パチ、と三回、まぶたの開閉運動したあと。


<…………種子島たねがしま。いま、ワタシ……。知らない……誰かに……ツッコミ訂正されたんですけど……>

<月読さんが、蹴っている箱にですよ>


 無表情で操縦桿を握って安定飛行させながら、しれっと、とんでもないことを言いのけた。


<マジ!? >


 一人だけ乱気流に巻き込まれていた――命。

 波旬は相変わらず冷静にことを進める。 


Cerberusケルベルス

<ハジメマシテ。ジドウセンリャクセンジュツセンヨウ、キコウ。ケルベルス、デス。イゴ、ヨロシクオネガイ、イタシマス>


 足元のパンドラの箱が多彩な色彩のランプを点滅させ。命の被っているヘルメットのスピーカーから、合成音声で丁寧な挨拶をした。

 命の鼓膜が振動するやいなや、驚きで表情が固まることはなく。


<うわー。なんで! こんな機械的なのよ? 前回、作製した機械仕掛けの神アポ・メーカネース・テオスのときは、人型だったのに!!>


 パンドラの箱こと戦略戦術用人工知能、ケルベルスのことが、お気に召さなかった。ご立腹の命は、マシンガントーク及びマシンガン顔芸で、Booブーたれた。

 後頭部にはヘルメット越しでも感じ取れっる、不機嫌です視線と。ヘルメットを被っているために、聞きたくても聞こえる不機嫌です文句の数々。

 それをサラッと流す、種子島波旬。

 だが!

 薄っすらと眉間に青い血管が浮いていた。

 

<あなた対策に無機質な完全機械様式にしたんです>

 

 命は首を傾げた。

 波旬が珍しく怒っていること。

 それと、何故に? 自分が怒られているのか? まったくと言っていいほどに心当たりがないからだ。


<わたし、たいさく? >

<アポ・メーカネース・テオスの件が、原因です>


 口をアルファベットのオーにする命。


<ぁー、先輩から貰った。お餅、食べさせたら喉に詰まって、臨死体験故障して生還修復したら、自我が目覚めちゃった。棚ぼた事故ね! >

<…………。あれは、事故でなく事件です>


 無感情な波旬が、ムッとした感情を表に出し物申ものもうした。

 すると。

 悪怯れることもなく、それどころか。功績でしょう私の行為は、と。高らかに、命はうたう。


<いいじゃん! 私としては、八百万やおろよずの神たちに、新しい仲間かみが増えて、よろこばしいかぎりよ。それに――来る者拒まずの精神だし、アノ方うちは>

<…………、…………>


 波旬の口が真一文字に結ぶ。

 複雑な表情をしながら、わざわざ宇宙そらの彼方に忘れさせていた記憶がはっきりと脳裏に現れる。一癖も二癖もある破天荒遊戯な自分の主でも、どうすることもできない、一癖に二癖を足して三癖にした唯一無二の究極神。

 その眷属だったこと……を。

 


 Cerberusケルベルスと呼ばれる人工知能が詰め込まれた箱を睨み付けるながら、白い指先で、ツン、ツン、と突きながら。


<ねぇー、ねぇー。ケルちゃんと、ベルちゃんと、スーちゃん、あだ名どれがいい? >

<――! >


 波旬が気づいた時遅し。

 命は第二の機械仕掛けの神アポ・メーカネース・テオスを誕生させようとしていた。


<ヒツヨウ、アリマセン>


 箱は合成音声で冷たく、命の提案を拒否した。

 安堵した波旬だった、前回の失敗を考慮しての対策がこうそうしていた。

 命は小さくため息をし、顎に手を当てながら思考し始めた。黒い箱の色彩鮮やかな一定に点滅するランプは、脈打つ鼓動ようだった。

 すると。

 大和撫子に、小悪魔シルエットが。


(ぁ! その手があった)


<八十、八十一、八十二、八十三、八十四、八十五、八十六、八十七、八十八、八十九>


 ヘルメットのスピーカーから聞こえてくるのは楽しそうに数字を読み上げる声。暇つぶしに、足元に備え付けられている人工知能制御装置が正常に動いていることを確認するための各種インジケータのどれか一つの点滅を数えているのだろうと予想した、波旬だった。

 しかし、予想外におとなしく問題が解決した。

 人工知能であるケルベルスが命の提案した、あだ名の話を瞬殺で却下した――刹那! 悔しさ紛れに癇癪かんしゃくを起こし、叩いて壊して叩いて直すというエキセントリックな昭和初期の電化製品修復方法をするのではないかと、心配していのだが、そんなこともなく。

 また。

 子どものように不満、たら、たら、に、ボヤきごとを聞き続けさせられるという苦行もなかった。

 


 プロペラの回転による風切り音から会話を成立するために、被っているヘルメットに内蔵されているスピーカーからは、ただ、ただ、数を数えている命の声が聞こえるだけ。


<九十、九十一、九十二、九十三、九十四、九十五、九十六、九十七、九十八>


 えらく真剣に数を数えていることに、フッと気になり。

 

<なにをしているんです>

<フフフ、新しいなかまの誕生を数えているんですよぉー>

 

 波旬の背中に、一筋の冷たい汗が流れたときだった。


<九十九っと。付喪神つくもがみならぬ九十九神つくもがみCerberusケルベルス、爆誕! >


 命は第二のアポ・メーカネース・テオス機械仕掛けの神。自動戦略戦術専用機構、地獄の番犬ケルベルスを誕生させた。

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愛莉鈴しんどローム はちごさん @futatsume358

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