万葉周辺譚

由樹結

第一首 菜の花畑でナンパ

 よく晴れた空の青に菜の花の鮮やかな黄色が映えている。遠いけれど来てよかった。菜の花を摘める場所なんてそうそうない。茎に手を伸ばし優しくはさみで切る。プチンと弾けるような音がした。私と和歌(わか)は一本目の菜の花を手に写真を撮った。「やっぱりお花は映(ば)えるね!」「ね!あと9本綺麗なの摘みたいね」だいたいの大学生が一度はインスタグラムに花畑の写真を載せたことがあるのではないだろうか。私達も例に漏れず、インスタ映え目当てでこの菜の花畑にやってきた。ついでに今度の文化祭で売るしおりにこの菜の花を使おうと考えていた。

 二本目、三本目と摘むうちにどんどん真剣になっていった。全体を見渡していた時には気づかなかったけれど、よく見ると一本一本花びらの大きさや形、重なり具合がそれぞれ異なっている。一人10本までだからどれが良いか慎重に見比べて、悩みに悩みながら選んだ。丁度五本目を摘んだ時、横から声を掛けられた。

 「お姉さんのそのワンピース可愛いね。その赤いシュシュも。」お姉さんという言葉に少し引っかかった。声を掛けてきた男の方が年上に見えたからだ。最近20代の大台にのったばかりで少し年齢を気にするようになっていた。私は「ありがとうございます。」とだけ返して立ち上がった。「でも一番可愛いのは君自身だね。君どこから来たの?名前は?」「……」ああナンパだなと思って何も返さずに愛想笑いをしてその場をやり過ごそうとした。「ああ、僕はこの菜の花畑の持ち主さ。会社の社長をやってるんだ。僕こそ先に名乗るべきだったな。」アハハと男が高笑いしている。相手にする気も起きなかった。「友達が待ってるんで。さようなら」と言い終わらないうちに私は和歌の元へ逃げた。

 「夢中になってたらいつの間にかあっちまで行っちゃっててさー、変な男に絡まれたしもう最悪。」「災難だったね。その間に私はもう8本摘んだよー。」「私まだ5本だ。ナンパかと思えば自慢しだすし何がしたかったんだろ。」「自分に酔ってる人たまにいるよね。はい、九本目。」「なんかこんな感じの歌、万葉集になかったっけ」「はい、十本目。全部摘み終わった。万葉(まよ)も早く摘んでよー」慌てて私も菜の花を摘んだ。急いだせいで少し不格好なものもあった。ああ、あれだけ慎重に選んだのになぁ。それもこれもあの男のせいだ。

 なんとなく気になって家に帰ってから「菜の花 ナンパ 和歌」で調べてみた。「籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座せ われこそは 告らめ 家をも名をも」これだ。雄略天皇が詠んだとされているらしい。天皇と同じセリフを言うなんておこがましい。ますます腹が立つ。

 後日菜の花入りのしおりが無事に売れ、なんとなく気持ちが晴れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

万葉周辺譚 由樹結 @yoshiki_yui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ