切れない夜
春咲いつき
大したもの
ふと思い出すことがある。夜の高速道路を彩る光の一つだった日。流線型の小さなディスコの中に流れるユーロビートと分間155回の心拍数。彼がアクセルを踏むと私は物語のヒロインになれる気がしていた。
しかしそれも所詮は幻で、時間とともにその感動も薄れていくのだった。15年も前のことだから当たり前ではあるのだが、未だにあの夜のことを忘れられないでいるのも事実である。
「燃えるようなもの、ねぇ…」
忘年会でのレクリエーションを考えてこい、と上司に言われてもう一週間になる。燃えるようなものにしろというあまりにも大雑把な指示を出して丸投げされて以降、気を抜くと口に出してしまう。その度に昔のことを思い出している。
彼はビリヤードが上手かった。プロを目指していたことがあったという言葉に恥じないその腕前を見るたびに私は胸が高鳴った。
彼はモテていたらしい。中学校に入学して2日で10通もラブレターを貰ったとの話だが本当のことだか。
彼は背が低かった。でもそこがチャーミングで愛おしかった。
彼は苦労人だった。父親の亡き後、母と二人で実家の経営を頑張っていたが、結局倒産し、逆転をしたくて頑張っているといつも言っていた。
私は彼が好きだった。Tシャツ姿の時も、仲間と仕事をしている時も。結果に結びつかない時も大好きだった。してくれることは無くとも傍にいれるだけで幸せだった。
最後に会ったのは12月13日。明日は大きな仕事があると言っていたのにわざわざ会いに来てくれたことに対する申し訳なくなりつつも、それ以上の幸せを感じていた。
街を飾るイルミネーションに照らされる姿は凛々しく、しかし瞳には緊張が見えた。怒っているように思われてしまうことも少なくないが、実際はいつも落ち着いている彼ですら不安があるようだった。明日のことが気がかりなのは誰の目にも明らかだ。その頃の彼は仕事が上手くいきはじめ、これからが勝負という場面なのもあり、私のせいで彼に悪い影響が出ないよう会うことも控えており、会えたのも二ヶ月振りのことだった。
街を少し歩き彼の家へ向かい、幾度も乗り慣れ親しんた車の助手席に乗り込んだ瞬間に、直感的に悟ってしまった。恐らくこのドライブが終わったら私達の関係は消えていくのだろう。これが最後になるのだろう。理由なんて無く、浮気や飽きでもないただの終わりを迎える。
運転席の彼も同じことを感じているのだろう。座ったまま片手はハンドルにかけ、怒っているような、悲しんでいるような顔。愛おしい顔。このまま時が止まればいいのに、心がパラパラになりそうだが、そんな気持ちをグッと堪え私は伝える。
「火をつけてよ」
ファイヤー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
《Welcome to the broken low Welcome to the famous disco live》
キーを回し唸りだすエンジン。もうメラメラである。
《Come on lady come and go Come on lady get me once and right 》
この世界をひっくり返してしまうかのようなアクセルで駐車場から飛んで跳ねて
《Not a danger ,not a blacky stranger 》
だけどかなりPOPでいたくて
《Rock it Rock it knock to my door I'll open》
ステレオから4つ打ちで絡み合う低音と高音。
《Speak me name now , speak it if you know how》
導火線はこのHeartに繋がっているのだ。
《Fly to me, get ready for the》
night of fire You've better better stay
You've better better begin the prayer to play
Night of fire, come over over me
Come over over the top you've never been here
Night of fire, You've better better stay
You've better better begin the prayer to play
Night of fire, come over over me
Come over over the top You'll have a night of fire
You'll have a night of fire
キレてないっすよ。
切れない夜 春咲いつき @hal_ituki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます