ごく普通のカフェでの、ちょっとおかしな一幕

 カフェで恋人と待ち合わせ中の男性が、急に無言で相席してきた見知らぬ人の相手をする羽目になるお話。
 シンプルかつコンパクトながらも、非常にまとまりの良いショートショートです。ただ実を言いますとこの作品、内容に触れてしまうとどうしてもネタバレになってしまうところがあって、つまりこの文章はその前提で書いています。一応、ネタバレ要素は可能な限り後ろの方に寄せていますが、でも本編の約3,000文字という分量の短さもあって、できれば余計な先入観のない状態で読んでもらいたいお話。
 まず導入のわかりやすさと速さが魅力的です。見知らぬ人にいきなり相席される、という出だし。この『見知らぬ彼が一体何者であるか』がお話の主軸となるのですが、その謎の差し出し方が非常にスムーズです。単純にそこまでが早い(というか冒頭の一行目でもう始まってる)というのと、あと彼の正体を気にさせる手際というか、『少なくとも普通ではない』ことの匂わせ方がうまい。
 例えば主人公の「どちら様」という質問を受けて、ようやく名乗るべき名前がないことに気づいたような様子を見せるなど。明らかに尋常の人間ではなくて、自然とその正体が気になってしまう——という、この流れの自然さがとても好きです。興味の引きつけ方というか、物語への乗っけ方の巧みさのような。
 問題の彼(クロ)の、そのいかにも曲者という感じの人物造形も好きです。ニコニコしていて妙に親しげで、全然人の話を聞いていないくせに、でも愛想ばかりがいい男。正直〝主人公に感情移入している自分〟としては胡散臭いしいい迷惑なのですが、でも同時に〝読者という無関係な第三者としての自分〟の目からは、不思議な魅力を感じる存在です。なによりどちらの自分から見ても気になる存在には違いないのがすごい。気づけばすっかり乗せられていたという意味では主人公とまったく一緒で(今これ書いてて気づいた)、しかも最後まで読み終えてみると、この「彼が魅力的であること」がすごく生きてくるんですよね。
 というわけで肝心のお話全体の感想、というか物語の核心に関してなんですけど、よかったです。ほっとした、胸に沁みた、というニュアンスの「よかった」。実は謎は彼の正体ばかりでなく、例えばこのお話自体がどっちに振れるか最後までわからない——つまりもしかしたら悲しい話や怖い話ってこともあるかもしれないと、そう思っていたところにこのラスト。
 安心したというか、もう本当によかったです。とても嬉しいし後味もいい。なによりきっちり伏線を回収していて、ちゃんと「なるほどアレはそういうことだったのか」ってなるところが好きです。ただの不思議な話でもお話自体は成り立つのだけれど、しっかり説得力で下支えしてくれる。非常に丁寧に練られた、シンプルながらも切れ味のあるお話でした。