さかさまのハッピーエンド

 とある深夜、どこかの部屋を訪れるひとりの男性と、その中央で彼を待っていた女性のお話。
 恋愛もののお話です。エッいや恋愛もの? ジャンル設定はそうなっていますし、もちろん間違いではないのですけれど、到底「恋愛」の一語に収まりきる内容ではありません。いわゆる甘酸っぱい恋物語的なものをイメージしていると大変な目に遭います。濃いというかブ厚いというか、ひと組の男女が辿り着いた感情の袋小路、限界ギリギリの関係性がそこにありました。
 ぴったり3,000文字というコンパクトさもあって、具体的な内容に触れずに語るのは難しいです。したがってこの先はそれなりにネタバレを含みますがご容赦ください。
 いきなり核心のようなところに触れてしまうと、これは依存のお話です。相手から見放されたら生きていけない関係であり、またそうであるが故に決して見放すことのできない関係。与えるものと与えられるものとの一方的な勾配、ある種の不均衡が完全に成立した状態から物語は始まります。
 ベッドの上でしか生きられない女性と、その世話をし続ける男性。そうなるに至った詳しい経緯については明かされていないものの、でも直接的というか現象的な面での原因は書かれていて、それがまた壮絶というか強烈というか、まあ本当とんでもないです。どうにもならない傷跡というか、物理的にそうなるしかない一種のデッドロック状態。
 完全に生殺与奪を握っているにも等しい関係性で、にもかかわらず精神的な力関係は正反対というか、物理的な弱者が強者を支配するためのロジック(というか仕組み? 仕掛け?)が最高でした。赦しがそのまま呪縛となって、それにより相手のすべてを支配する女。もちろん赦すには罪が必要なわけですが、でもそれもまた彼女自身がコントロールしているというか、相手の暴力を意図的に誘発している面すら伺えること。
 作中で起こった(正確には三日前の)痛々しい出来事は、あるいは彼女がそう仕向けたのかもしれないと、そう思わせるには十分すぎるくらいの、あの最後のセリフ。主人公の持つ(そしておそらくは抑えることのできない)暴力性や身勝手な性衝動のようなものを、拒むでも窘めるでもなくただ無償で受け止め、その受容により彼の働いた狼藉がまるで『弱さ』であるかのように翻訳されてしまう。弱くて幼くて、だから間違ってしまう主人公。子供の過ちを受け止め、許し、そのうえ慈愛すら与えてしまえるのは、なるほど関係性において絶対的に上位にある側でなければ不可能なこと。
 とてつもないです。書かれているものそれ自体と、なによりその胃もたれを起こしそうな凶悪な濃度が。彼女の底無し沼のような妖しい魔力、というのもそうなのですけれど、それ以上に主人公がもうどうしようもなく詰んでいるというか、彼女がわざと彼の暴力を誘っているように、彼自身もわかっていて自らその泥沼にはまっているような向きがあります。
 つまりはある種の共犯関係、お互いに全部わかった上で、ただ無限に癇癪と甘やかしの永久機関をやっているようなもので、そして彼も彼女もその他に生きる道がないような状態。すなわち完全な〝詰み〟状態、行き止まりという意味ではまさに『エンド』そのもので、そして同時に『ハッピー』でもあります。なにしろお互いがお互いに、これしかないという唯一のものを与え合っているわけで、だからこれは紛れもない『ハッピーエンド』であると、いやいやいやいや本当にそう言っていいの? 怖くない?
 少なくとも読者の立場、客観的な第三者の視点では完全に真逆、『終わりのない地獄』そのものにしか見えない。とんでもないです。まったく正反対のものの中に、でも主確かに『幸せな結末』を作り出してみせる、とんでもない濃厚さと破壊力を備えた作品でした。情緒をめちゃくちゃにされたよ! 好き!