第21話
病室の前にいた大沢らには気づきもせずに小走りに病室を出て行く正人。彼の後を勇樹は追った。
本館に入るとすぐに近くにいた看護師に霊安室の場所を聞き、そこに正人は向かう。
(冴木さん。冴木さん・・・。)
心の中で何度も彼女の名を呼んだ。兄貴の人違いに違いない。彼女には暗示を掛ける技術などないし、間違ったことは大嫌いな人だった。物静かだが、凛としていて、しかし、それでいて自分にだけは、どこかお道化たところを見せる。大人びた顔だと人は言うけれど、僕には笑った顔がとても幼く見えた。
その時、担任の八重樫先生が立っている姿が目に入ってきた。いつもの厚化粧はなく、やつれて見えた。先生の両肩からは力が抜け、ただ茫然と上の方を眺めていたが正人に気が付くと表情を精一杯引き締めたように思えた。
「田所くん。冴木さんの話を聞いてここに来たのね?」
正人は頷く。
「冴木さんのお父様と連絡がつかないということで私が呼ばれてきたの。とても、安らかな表情よ。最後に話をしてあげて。」
そう言われ、正人は首からさげているお守りに握りしめ、霊安室に入った。
後を追ってきた勇樹に八重樫先生は軽く頭を下げる。
「田所正人の兄です。弟は・・・。」
そう言って霊安室の方に目を向けた時、正人のうめくような声が扉のこちら側にまで聞こえてきた。
その声を聞いて、勇樹は両手、両膝を地べたについた。
「・・・田所くん。」
大沢らも後についてきていたようで勇樹の肩に手を乗せる。
「社長、私は許せません。まだ幼い彼女に殺人まで犯させ、死に至るほどの暗示を掛け、まだのうのうと生きているであろう人物を・・・。」
「私もだよ。これほどの憎悪を感じたことはない。胸が苦しく、すべてのものを壊してしまいたい衝動に駆られるほどだ。今はせいぜい逃げ回っていればいい。必ず、後悔させてみせる。」
そう言って、勇樹の肩を抱く大沢であったが、この時はまだ知る由もなかった。
田所勇樹によって、大沢幸雄が殺されることになる事を。
プスィハローギア リルム @minonokun
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