第18話 化物

 まんじゅうを大量に持たされて、慧は家に帰った。ドアノブに指をひっかけて、慧は気づく。鍵がかかっていない。


「た、だいま!」


 慧は勢いよく扉を開ける。


「おかえり、やっと帰ってこれたよ」


 そこにいたのは、慧の両親だった。丁度帰ってきたばかりのようだ。実家からの荷物を、バケツリレー式でせっせと家の中に運んでいた。

 もう一度、家の外を覗けば、駐車場に見覚えのある車が止まっている。


 そんなことにすら気づかなかった。


「どうしたの、慧? そのガーゼ。それに眼鏡」


 母が首を傾げる。そう言えば、家族にも連絡していなかった。


「……気分で付けたくなった」


 これ以上言及される前にと、慧は荷物の中から、片腕で持てそうなものを見繕うと、家の中に運んだ。


 夕飯は寿司だった。

 帰りに寄ってきたらしい。慧に対する迷惑料だと父は笑った。そこで慧も、件から渡されたお金を手渡した。


「ロトで当たったから」

「お前運悪いのに、珍しいじゃないか」

「星座占いのラッキーナンバーを入れて、べ、弁天様に祈って、招き猫にも祈って、んで、全部吉に番号を決めて貰った。漢字吉だから」

「へー」


 最初と最後の言葉に矛盾が発生したが、気づかれなかったようだ。慧の運が悪かったのはこの為だったのかもね、とのんびりと話している。

 寿司は普通だった。


 夕食後は、すぐにお風呂に入った。シャワーを浴びた際に、水が額と目に染みた。

 部屋着に着替えて、自室に戻る。


「私に、お仲間がいた覚えはないのですが」


 その、自室の扉を開けた瞬間、白い髪が目に入った。

 視線を上げれば、学習机に件が腰かけていた。


「件! ってやべ」


 思わず声を上げて、慧は慌てて自分の口を塞いだ。一階のリビングにはまだ両親がいるのだ。いきなり、息子の自室の女性がいたら何事かと思うだろう。


 件はそんな慧の様子を見てほほ笑んだ。


「ご心配なく。テレビの音量を上げてきましたから」


 件の手元には、テレビのリモコンがあった。件は話しながらも、音量のボタンをずっと押し続けている。音量を下げようとする、下の階の両親と戦ってるらしい。


「テレビかえ時かもしれなーい」


 ついには、そんな声まで聞こえてきた。


「お前、相変わらずあくどいな」

「わるーい妖怪ですので。まあ、本題に入りましょう」


 件はそう言うと、黒く大きな瞳孔で慧をじっと見つめた。


「9月5日、貴方は心臓発作を起こして、死ぬ」


 慧は唾を飲み込んで、目を閉じ、一度言われた言葉を整理してから叫んだ。


「病じゃん!? それ、どうにかなるの」

「何とか、しましょう。そう。まずはAEDを毎日持ち歩いて」


 件はわたわたと両手を動かしていたが、ふいにその動きを止めた。そのまま、首をコテン、と傾げる。


「……なんで、笑ってるんです?」

「え」


 慧は恐る恐る自分の口元に手を当てた。確かに、口角が上がっていた。


 何故、と考えて、慧はすぐに気づいた。

 件と再び会えて、そしてこれからも一緒にいられると知って、嬉しかったからだ。

 自分の終わりが、世界の終わりが告げられたと言うのに。


 慧は吹き出す。今度は大きな声を上げて、高笑いをする。

 「牛鬼」を演じていたときみたいに。


「ちょっと、怖いですよ!?」


 件が困惑に、初めて見せる表情をした。それが更に面白くって、慧は笑い続けた。





 深夜。無重力地帯。境界線のフェンスが、がちゃりと金属音を立てた。

 そこから、よじ登るようにして一人の男が出てきた。見た感じ、只の小汚い男だ。


 男は崩れるように、フェンスから落ちた。そのまま、ふらふらと立ち上がる。

 スレンダーマンのスーツは脱ぎ捨ててきた。ラグナロク現象からもやっと抜け出せた。

 後は、仲間に連絡をして、迎えの車を呼ぶだけだ。


 男はスマートフォンを取り出し、電源が入らないことに気付くと、舌打ちをして外に向かって歩きだした。公衆電話を探すためだ。


「な、んだ。ズレンダーも仮面じゃないが」


 そこで、声がした。前方に人影が見える。人影は街灯に照らされて、歩み寄りと共にその姿を見せる。

 男は、息を呑む。


「ジェフ、なんで生きてるんだ」


 ジェフの怪我は致命傷を通りすぎていた。左目にも、腹にも穴が開いている。とりわけ特徴的なのは、瞼がなく、右目がぎょろりと飛び出ていて、頬が笑みの形に引き裂かれていることだった。

 どうせ助からないだろうから、噂にでもなれば良いと男が施したものだ。


 ジェフは、よたよたと歩きながら言う。


「奇跡か。いや。多分、君のおがげだ」

「……来るな」


 男は逃げようとして、逃げ道が塞がれていることに気付いた。ラグナロク現象のレベル3は、フェンスで二重に囲うように指示されているからだ。開いている門の方向には、ジェフがいる。


「ぼくは本物になれだんだ。君もそうなるべぎだ。だがら、手伝っであげる」


 男は力の入らない腕で、近くのフェンスをよじ登った。この際、逃げられるなら、ラグナロクに戻ったっていい。


「来るんじゃない! 化け物!」


 その足首を、ジェフが掴む。引きずり下ろす。


「おやすみ」


 最後に、そんな言葉が聞こえた。

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俺が死ぬと世界が終わるらしい A×A @akakerua

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