第17話 再生

「慧」


 あれから一週間たち、慧は妖怪研究部にいた。


「まず、その怪我はなんだ」


 星野がじっとりとした目つきで言う。

 今、慧の額にはガーゼが貼られている。また、視力が落ちたので眼鏡をかけることになった。慣れない。


 あの日、帰ってきた後、冷やしてもやっぱり痛みが酷かったので、慧は病院に行った。そしたら、怪我を見慣れているはずのお医者様に普通に悲鳴をあげられた。よっぽど酷かったらしい。


「通販で塩酸買って、被ったんだ」


 慧は星野に病院で言ったのと、同じ言い訳をした。


「……ほーん。お前ってそんな馬鹿だったっけ」


 星野の追及に、慧は冷や汗をかく。ちなみに病院ではカウンセラーを紹介された。いたたまれなかった。


「そ、そそ、それよりも吉のことだよ。なんか、吉変じゃない?」


 慧は話を変えようと、自分の右隣りを指差した。

 慧と密着しそうな位近くに、吉が立っていた。なお、先程から一言も喋っていない。


 吉はそのまま、両腕を慧に向かって広げた。慧が困惑しているうちに、腕がだんだん慧を包んでいく。


「え、え、何」

「んーと。吉は今」

「うん」

「命の温かみを確かめるフェーズに入っている。そのままやらせてやれ」

「へー」

「私もやられた」

「えっ。それは、よくやったというか。やらせたというか」


 ついに、慧はすっぽりと吉に抱きしめられてしまった。高身長で痩身の男に抱きしめられているのはいささかシュールである。まあ、でも最後に会ったのが殺人鬼に襲われていたところだったから、吉がこうなるのも無理ないだろう。

 しかし、吉には会った瞬間にマシンガンのように、慇懃無礼な敬語で捲し立てられるものだと考えていた。それがなかったことに慧は拍子抜けする。


「とりあえず、怒っては、なさそう……?」

「ええ僕は全然怒ってなどいませんよ?」

「怒ってるじゃないか!」


 訂正。やはり、敬語モードに切り替わっていた。

 慧はもう十分だろうと、吉から離れようとした。が、そこで思いっきり吉の腕に力が入った。肺がしまる。その場から慧は、一歩も動くことが出来なくなる。


 そこに星野がゆっくりと近づいてくる。


「さて、逃げられなくなったところで、本題に入ろうか」


 更に吉の腕に力が籠る。慧は気づく。

 この状況は、慧を捕らえる為のシンプルな罠だった。


「これ、なーんだ」


 星野は、慧の目の前にスマートフォンが突きつけられる。画面には、SNSの投稿が映っている。星野が指を動かすと、ひとつの動画が再生される。


『吾輩は牛鬼! 諸君らの恐れる大妖怪だ!』


 動画のなかでは、ガスマスク姿の男が叫んでいた。


 星野が動画を流しながら、暗記していたのか、ニュースの文面らしきものを読み上げる。


「8月12日6時ごろ、ラグナロク現象工事現場に、男が不法侵入。妖怪、牛鬼を名乗り……また、その場には別に身長3メートルほどの異形の生物が。男はその生物を倒した後、逃亡しました。その後、風の影響で無重力宙域に行ってしまった異形の体は、回収が困難な模様」


 吉の腕が動いたと思ったら、吉もまたスマートフォンを構えだした。そのまま、ぼそぼそと耳元で言う。


「以下ネット上で見られたコメントです。変質者? 何コイツきもい。まさか、本物の妖怪? んなわけねーだろ。でも実際にラグナロクだって起きたわけじゃん。この牛鬼自分で退治の呪文唱えてるよ。ここ2か月で起こったこと→NEW大妖怪牛鬼くん降臨」


 慧の心に見えない棘が刺さっていく。慧は冷や汗をかきながら、とりあえずその場を誤魔化すことにした。


「あ、そのニュース俺も見た―。ホントびっくりしたよねー」


 相変わらずの棒読みだった。その言葉を聞いて、吉が目を細める。


「センパイ。この男の恰好、惑星のときの誰かさんと一緒なんですが」

「通販だからねー。アマゾンの他に購入したものリストで、その人と一式揃っちゃったとか? 奇遇―」


 星野が慧の額を指差す。


「慧。お前、塩酸被ったとか言ってたけど、この変な姿の奴から垂れてるのも、見た感じ同じ塩酸だよな」

「俺が塩酸被りたくなったときと被るなんてすごい偶然だあ。被るだけに、ふふふ。フハハハハ!」


 誤魔化し笑いをするはずが、高笑いになってしまった。慧のなかに、あの黒歴史みたいなキャラクターが染みついてしまっていた。


「その笑い方ッ!」

「あ。やべ」


 慧は頭をかく。星野達の視線から目を逸らそうとする。

 ここから挽回をするのは、もはや不可能に近い。

 大妖怪「牛鬼」の正体は慧である、それは認めざるを得ないだろう。ただ、問題は。


「ナイフ野郎に狙われていた理由まで、説明してもらうからな」


 慧の周りでそれ以外にもおかしなことが起きすぎていることだ。星野達から見れば慧は、事前準備をした上で、殺人鬼と対峙し、化け物に襲われ、妖怪のフリをして退治している。これらを繋げて考えないのは無理がある。


 全ての理由の説明は、慧がサトウケイである故に命を狙われている、で済むのだが。

 それを人に話してはいけないのだ。件にそう、忠告された。


 だが、黙っていても星野達は納得しないだろう。


「俺は」


 慧は考える。スレンダーマンと対峙したときと同じくらい、頭を回す。


「俺は、牛鬼の末裔なんだ」


 そして、同じ失敗をした。


「は?」


 星野と吉が思いっきり首を傾げた。慧は続ける。


「俺は牛鬼の末裔で、それで妖怪研究部に入ったんだけど、ラグナロクのせいで目覚めた怪異共から狙われているんだ。あいつらは、ジェフ・ザ・キラーにスレンダーマン。な。お前らも知ってるだろ?」


 突っ込まれないように、慧は早口で続けていく。星野と吉のぽかんとした表情が目に痛い。


「人間の姿なのは、長い年月をかけて人と混じってきた子孫だからだ。あっでも、ほら。この八重歯とかに鬼の血筋が残ってる」


 自分でももはや何を言っているのか分からない。


「し、信じられないような話だと思うけどさ。本当なんだ! 信じてくれ!」


 慧はやけくそで叫んだ。

 その肩を吉が叩く。


「……信じるっすよ」


 声につられて吉を見上げれば、感動したように頬を赤くしていた。こころなしか涙目だ。


「センパイにそんな隠された秘密があっただなんて! 今まで隠し通すのはおつらかったっすよね! 大丈夫っす。これからは応援するし、手伝うっすよ」

「吉……」


 吉は、ちょろかった。そういえば入部したときから、人の話を真に受けやすいタチではあった。寂れた妖怪研究部に入ったのも、星野に口八丁で丸め込まれたからである。

 一方、その星野は。

「はーん?」

 馬鹿を見るような目で、慧を見ていた。完全に信じられていない。このまま言い訳を重ねたところで、理屈じゃ星野に叶わないだろう。

 ならば、情に訴えるしかない。

 吉から解放された慧は星野に近づき、その肩を掴む。


「星野! お前、めっちゃ頭が良いだろ!? その天才を俺にも分けてくれないか? お前がいたら、どんな困難だって乗り越えられる気がするんだ」


 これは嘘偽りではないので、スムーズに言えた。


「えっ、ちょ。近い近い」


 星野が顔を真っ赤にした。吉がその横で尋ねる。


「センパイ僕はー」

「吉。お前のクラフトスキルも非常に、役に立つ!」

「やった」


 吉は小さくガッツポーズを取った。星野はそんな吉をみてため息をつくと、髪先をいじりながら言う。


「……分かったよ。お前を手伝おう」


 その言葉を聞いて、勝った、と慧は思った。が、直後、星野から睨みつけられて、背筋が寒くなる。星野は淡々と話す。


「その代わり、ちゃんと相談しろ。この話二回目だからな」

「はい」


 慧は頷く他なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る