彼の酸素になりたかった

人間

第1話

目の前に横たわる彼。


それはいつもの彼ではなかった。


もう彼の心臓は動いていない。



彼は変わった人だった。


「死にたい」


いつもそう口にして私を困らせた。


でもそんな憂いのある、儚くて、今にも消えてしまいそうな彼を、私は心から愛していた。


彼は私の世界のすべてだった。



「死にたい」


酸素を吸うように、彼はそう口にする。


しかし、吸った酸素がそのまま吐き出されているような、苦しそうな顔をする。


そんな顔を見るたびに、


救ってあげたい


そう思った。


彼が私を救ってくれたように、私も彼の生きる理由になりたかった。



「死にたい」


彼はいつものように口にする。


でも、どうして彼がそんなに死にたいのか、私には分からなかった。


生きていれば、辛いこともある。


けど、幸せなことだってたくさんあるのに。


少なくとも私は彼といるだけで幸せなのに。


彼にとって私と生きることは幸せではないのだろうか。


彼が見てる世界と私が見てる世界は、なんだか別物のようだった。



「死にたい」


彼はもう口にしなくなった。


彼の目は私を映してはいなかった。


血の気が引いていくのを感じた。


待って、


どうして、


私と一緒に生きてよ



私の世界が壊れてしまった。


生きる理由がなくなってしまった。


深い眠りについた彼を見ながら思った。


彼に生きててほしいなんて私のエゴだったのかもしれない。


死ぬことで彼は救われたのかもしれない。


私が彼を殺したのかもしれない。




人は誰もがエゴを抱えている。


生きることも、死ぬこともエゴだとするなら、


もう正解なんてないだろう。



ごめんね、


分かってあげられなくて


ごめんね、


辛かったよね


すぐ向かうから待っててね

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