最終話 約束(これからも、一緒に)

 赤坂がシュートを空振った時、俺は、全身の血を抜かれてしまったかのような感じがした。熱かった身体が急速に冷えて、力が入らなくなっていく。


 負けた。


 そんな言葉が脳裏をよぎる。


 これから引き分けで延長戦をやったとしても、俺含めこっちチームの体力がもつはずがない。


 それを理解してか、赤坂がシュートを空振った時、色麻は俺の目の前でガッツポーズをしていた。キーパーは赤坂からシュートが来ると思っていたから、丁度想定されるシュートコースに飛び込み、倒れ込んでいる。そこまで見て、俺は、赤坂が空振ったボールの行方へ目を向ける。


「まだだ!」


 後方から、女川の焦った声が聞こえて、スローモーションになっていた世界が、途端に速度を取り戻す。


 赤坂が空振ったボールが向かう、その先には、不格好なフォームで泥臭く走る、俺の友達の姿があった。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ずっとディフェンダーとして自陣に居た落合が、咄嗟に飛び出してきたのだ。


 その瞬間、赤坂と俺の失敗による空振りは、華麗なスルーパスと化す。その場に居る全員が、赤坂のシュートが失敗した時点で、もう、試合は決まってしまったと思っていた。


 でも、落合だけは、諦めていなかった。


 いつも「面倒だ」が口癖なアイツだけが、最後まで必死に、貪欲に勝利を求めていた。皆と一緒に勝ちたいって、そう思ってくれていた。


「いけ! 落合!」


 気付けば俺は、そう叫んでいた。


 そして。


 落合は、キーパーの倒れたがら空きのゴールに、びっくりするくらい綺麗なシュートを決めたのだった。


 シュートが決まった後。

 グラウンドは、一瞬の静寂に包まれた。その場に居る全員が、今起きたことをちゃんと理解するのに、時間を要したのだ。


 すると、審判席の方から、チープなタイマーの音が聞こえる。


「し、試合終了!」


 その音にハッとして実行委員がホイッスルを鳴らす。


「よっしゃぁぁ!」


 その瞬間、俺は落合の方へと駆け寄っていた。見れば、チームの全員が、落合の方へと全速力で走っている。今までへとへとだったのが嘘みたいに身体が軽い。


「落合!」


 汗まみれなのも気にせず、落合に飛びつく。後ろからもどんどん皆が抱きついてきて、俺も落合もすっかり押し潰されそうになってしまった。


「……めちゃくちゃ苦しいんだが」


 そうは言いつつも、落合は照れくさそうに笑う。


「オッチー最強じゃん!」


「ありがとうオッチー!」


 角田や柴田も、落合へ感謝の言葉を贈る。


「俺の完璧なスルーパスをよく受け取った!」


 わざとらしくガハハと笑う赤坂へ、名取がジトッとした視線を向ける。


「いや、あれは完全に空振ってただろうが」


「……本当にありがとう、オッチー。マジで助かった」


 名取のツッコミを受け、しょんぼりとする赤坂。


「いや、そもそも空振ったのは俺のパス出しがミスったのが……」


「別に良いだろ。勝ったんだから」


 すると、落合が俺の言葉をぴしゃりと止めた。


 そう言われると、閉口してしまう。俺たちはこれからもずっとサッカーを続ける訳ではない。だから、反省会をしたところで大した意味はなかった。


 勝った、という結果の方が、よっぽど大事である。


「そうだな。うん。勝ったんだ」


 俺は改めてそう口にして、勝利を噛み締めた。皆も、感慨深そうに、そして、本当に嬉しそうに肩を組んでいる。


 それから俺たちは観客の方へと目を向けた。必死に応援をしてくれた皆は、俺たちの勝利に大騒ぎしている。


「格好良かったぞー!」


「落合よくやった!」


「五組最強!」


「優勝おめでとー!」


 そんな風に言ってくれるクラスメイトや観客たち。


「落合先輩! 落合先輩落合せんぱーい!」


 栗原は普段からは考えられない大声でひたすら落合の名前を呼ぶ。好きな人の活躍を見て、語彙力を喪失しているらしい。


「……」


 そんな栗原とは正反対に、宮町はおとなしかった。少し大人びた笑みを浮かべて、俺たちの姿を見ている。


「ちーくん!」


 すると、最前列で試合を見ていた小夜ちゃんが、俺に向かって声を掛けてきた。

 皆の前で「ちーくん」と、声を掛けてきた。


 小夜ちゃんの凛としていて綺麗な声は、騒ぎの中でもよく通る。周りの人たちが今度は別の理由でざわつくのが分かった。


 多分、何か話があったとか、そういう訳ではないのだろう。ただ、名前を呼ばずにはいられなかったのだ。その気持ちが、俺にはとても共感できた。


「小夜ちゃん」


 俺が同じように名前を呼ぶと、小夜ちゃんは瞳を潤ませ、はにかんで見せた。

 周りのざわめきが大きくなる。しかし、場の雰囲気を察しているのか、各々が声を潜めて話している、といった感じだ。


 こんな大勢の人の前で、小夜ちゃんは、嫌がらないだろうか。

 前々から考えていたことなのに、勝った勢いで言ったと思われたら、嫌だなぁ。

 というか、めちゃくちゃ恥ずかしい。


 でも、俺は今、言う。


 ちゃんと皆で、試合を終えることが出来て。勝利を喜び合うことが出来て。そして、更にもう一歩踏み出すことが出来たから。


「これから、俺はもっと頑張って、堂々と隣に並べるような、そんな人になるから。だから、小夜ちゃん」


 俺は息を大きく吸って、敢えて皆に聞こえるように、大きな声を出す準備をした。



「好きです! 俺と付き合ってください!」



 これは、小夜ちゃんへの告白であると同時に、皆への宣言でもあった。


 どんなに俺と小夜ちゃんが釣り合わないとしても、絶対に、釣り合うような人間になってみせる。


 俺の告白に、小夜ちゃんはただでさえ潤んでいた瞳から、ぽろぽろと綺麗な雫を溢した。


「もちろん、喜んで」


 小夜ちゃんはそう返事をして、泣きながら微笑む。


 それからはもう、グラウンドは更に大騒ぎになった。突然のカップル誕生、それも、美少女とクラスの地味な奴。驚かないほうが無理のある話だろう。


「改めて、約束する。俺は、小夜ちゃんを一人にしない」


 俺はそんな騒ぎを無視して、小夜ちゃんへ、想いを伝える。


「うん。私も、ちーくんを一人になんて、しないから」


 俺たちは、約束を破って、再会して。そしてもう一度、互いのことを知って。


 それでも、いつかの約束を取り戻した訳ではない。


 それどころか、全く違った新たな約束を交わしたのだ。


 理想を相手に押し付けるのではなく、一緒に一歩ずつ進んでいこうという、そんな約束を。


 そうしてようやく、俺たちは互いのことを、きちんと知ることが出来たのだ。


 俺はそんなことを思いながら、改めて小夜ちゃんの顔を見る。青い空を背景にした彼女は、何ていうか、びっくりするくらい綺麗だ。その顔を見るだけで、明日も頑張ろうっていう、そんな活力が湧いてくる。


 そして、俺たちの姿を見て、頑張ろうって思う人が居ることを、俺は知っていた。


 そうやって人は、何とか前に進んでいくのだろう。


 実行委員が「ゆ、優勝チームは集まってください!」と声を張り上げるのを聞きながら、俺はぼんやりとそう思った。



 


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約束を破ったのに幼馴染と再会してしまったんだが かどの かゆた @kudamonogayu01

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