庭師と騎士のないしょ話 書籍化記念話

 ディモルの妹、リージャは幼い姿らしからぬ表情で、むっと眉間に力を入れた。――なぜなら、本日は兄の婚約者が初めて屋敷にやってくる日なのだから。




 リージャの様子を目にして「そう硬くなるな」と兄は苦笑しているが、そういう問題ではない。決して、リージャは緊張しているわけではない。そのところを勘違いしないでほしいと思いながら、やっぱり別に好きに考えればいいわ、とリージャはふん、と鼻から息を吐き出した。


 噂ばかりの社交界の色男、ディモル・ジューニョ。しかしその実態は九時以降の記憶を消えてしまうという呪いを持つために、さっさと寝床に入るため夜会から抜け出していたという、ただの健全すぎる青年である。我が兄ながら、なんと気の毒な、とリージャは何度考えたのかわからない。

 しかし兄の呪いはある日突然消え失せた。もしやぬか喜びではあるまいか……とリージャは口には出さずにひっそりと心配していたのだが、なんだかんだと時間がたちつつも再度呪いにかかる様子もないので、今は少しほっとしている。


「いや、それはいいのよ」

「ん? リージャ、なにか言ったか?」

「いいえまったく。お兄様」


 思わず独り言ちてしまった言葉を素知らぬ顔をしてリージャは否定した。

 兄の呪いそのものについてはいいのだ。いやよくないし重要なことだけれどいいのだ。問題は、


 実はその婚約者だが、具体的にはまだ婚約者ではなく、婚約者となるために今から彼女はディモル家の屋敷へとやってくる。なんだか混乱してしまいそうだ、と応接室のソファーに小さな体を埋もれさせながら、リージャはさらに眉間のしわを深めた。

 兄に恋人ができたと聞いて、お付きの侍女を連れて事前の情報収集を行うべく色々と調べて回ったリージャだったが、結局、情報として芳しいものを手に入れることができなかった。結局、兄の愛しい少女とは一体どんな人物なのだろう? 考えることはそればかりである。


 兄の呪いが解けた具体的な経緯は、この日を迎える前に兄と両親から聞き及んだが、長い年月が紡いだまるで奇跡のような物語を、正直まだ信じがたく思う気持ちもある。


「こんなこともあるのねぇ」とにこにこと嬉しそうにする母と、母と同じように、「本当によかった」と人の良さがにじみ出た笑顔を浮かべる父。ただただ恋人の少女が愛しいのか、「やっぱり屋敷までの道を案内すべきだったな……。一緒に行こうと言ったのに緊張するからと断られてしまったけど、今からでも……いやアゼリアの意向が一番大切だものな」とぶつぶつ呟いている兄。

 彼らは、なにもわかっていない。


(お父様とお母様、そしてお兄様も、本当になにもわかっていないわ……)


「リージャ様、どこかお加減でも……?」「ええちょっと、頭が痛いの」「わああ。今日はお休みなさいますか?」「そんなわけないでしょう。それよりニゲラ、ぬかりのないように」「はあい」


 と、心配そうにこちらに尋ねる侍女に指示を飛ばして、厨房へと消えていく彼女の姿を見送ったのち再度ソファーに座り、重たいため息をついた。


「リージャ、すでに伝えたと思うが……」

「ええお兄様。なにかご不安でも?」

「不安ではなく、確認だよ。以前に言ったように、アゼリアは庭師だ。彼女の職を聞いて驚くかもしれないと伝えておいたが、お前なら大丈夫だと思うがくれぐれも、その」

「そう何度もおっしゃらずともわかっておりますわ」


 ぴしゃり、と冷たい声で会話を終わらせるリージャに対して兄のディモルはやはり不安そうな顔をしていたが、リージャはつんと顔をそむけた。

 今からこの屋敷に来る少女は庭師だ。『影』と呼ばれることもあり、貴族からはときに差別的な態度を受けることもある職種。そんなものは、とっくにリージャは理解している。なにも理解していないジューニョ家の人間たちとは違って。


「リージャ……」と、兄がさらになにか言葉を重ねようとしたとき、屋敷の中に張り巡らされたベルが、ちりりん、と軽やかな音を立てた。使用人たちからの伝言、つまり今のタイミングなら来訪者がやってきたという意味に間違いない。いの一番にソファーから立ち上がったのはリージャで、その後続いて父母とディモルがさっとリージャに続いた。


 使用人たちからの伝言を待つ前に、扉から素早く、かつ優雅に飛び出す彼女に、「ま、待て、リージャ!」と兄が背後からなにやら言っているが、速攻はリージャの十八番である。


 屋敷の階段をさかさか下りてエントランスまでやってくると、使用人たちに案内をされておずおずと歩いている一人の少女が目に入った。リージャよりも背が高いが、年を考えるとどちらかというと小柄だろう。ふうん、とリージャは目を細めて少女を観察する。


「アゼリア!」と遅れてディモルがやってきた。その瞬間、少女は顔をぱっと上げて花のようにほころんだ。ぱっと目をひくような華やかな容貌ではないが、穏やかな愛らしさがある笑みである。ふうん。


「ディモル様」と少女の口は小さく動き、すぐにリージャの姿を認めたらしい。あわあわと視線を巡らせた後で、本人なりに必死なのだろう。ぴん、と背筋を伸ばしてリージャを向き合う。


「はじめまして、アゼリアと申します。本日は、お招きいただき、ありがとうございます……」


 これまた自信がなさげな、けれどもどこか応援したくなるような声色だ。リージャとは大違いだ。しかしリージャはすぐさまこの場にふさわしい表情を作り上げた。自身にとって一番魅力的な表情など、とうに把握済みである。


「アゼリアお義姉様でいらっしゃいますね。お待ちしておりましたわ!」


 明るいリージャの声を聞いてアゼリアはほっとした様子だったが、リージャの中にはとある計画があった。それを速やかに遂行すべく、誰にも気づかれることなく、自身にしかわからぬよう打算的な笑みをこっそりと落とした……。いや多分、ディモルにだけは気づかれていたので、またうちのこまっしゃくれな妹がなにやら企んでいるぞ……、となんともいえない視線を投げかけられていた。



 ***



 その頃、アゼリアはとにかく緊張していた。服装についてはバーベナやディモルに事前に相談し、平民らしく、けれども失礼のない洋服に着替えることができたはずだ。ディモルはこちらが招いたのだから細かいところは気にしなくてもいい、と言っていたものの、そう言われたところで気にするに決まっている。


 屋敷に行く際はぜひ一緒に、と事前にディモルから誘われてはいたが、自分のペースでゆっくりと行きたいという思いから、ありがたくはありますがと断り、はあはあ、ぜえぜえとここまで来た。体力がなかったのではない。精神的な問題からの息切れである。

 日課とする庭師の仕事を終えた後で、牛歩のごとくディモルの屋敷までやってきたため、「いや自分のペースすぎじゃない?」とルピナスがアゼリアの鞄の中から突っ込んでいた。本当にディモルを一緒に付き合わせなくてよかったと思う。


 そんな必死の、いや決死の思いでここまで来たアゼリアだったが、なんとも想定外なことが起きていた。想定外というか、とにかくネガティブに考えすぎるあまりに屋敷に着いた途端、追い出される可能性まで視野に入れていたため、「え? なんで?」と首をかしげていた。


 なんとアゼリアは、めちゃくちゃに歓待されていたのだ。


「アゼリアさんは、嫌いなものはあるかしら? 食べられないものは?」

「よければお茶の時間だけではなく、夕食も食べていってくれていいんだよ。帰りは馬車を用意させるから。いや、それどころかお仕事が忙しくなければ泊まってくれたって」


 ふわふわのソファーに溺れながら恋人の両親から必要以上に歓待を受けている現状に、とにかく目を白黒させてしまった。ルピナスも口では面倒がりながらもついて来てくれているが、「圧が強いわ」と言いながら鞄の底に引っ込んでしまっている。そしてそんな両親を呆れるような目で見つつも、アゼリアの隣に座るディモルもディモルでこちらを見てにこにこしている。

 なんでこんなことに。


「き、嫌いなものはありません」

「わあ!」

「まあ!」


 とりあえず、一つひとつ質問に答えていこう、とアゼリアは深呼吸して口を開いた。以前ならばできなかったことだろうが、彼女だって少しずつ成長しているのだ。


「ですが、あの、あまりに長居するのはご迷惑なので……」

「ああ……」

「ああ……」


 ディモルのほっこり両親の二人が、同時に悲しそうにため息をついた。年上だというのに、段々可愛く見えてくるし、ディモルとよく似た人懐っこさに、思わず彼らがディモルの両親だという事実に納得してしまい、ふくり、と口の端が持ち上がりそうになるのをなんとか必死にこらえた。


 しかしそんな中で、唯一平常というか、アゼリアがイメージする貴族らしい少女――リージャというディモルの妹は「もう、お父様、お母様! アゼリアさんが困っていらっしゃいますわ」と両親をたしなめつつ呆れた顔をしている。


 アゼリアは直接話したことがある貴族の少女といえばバーベナくらいだが、やはり似たようなとっつきづらさというか、貴族然とした雰囲気を感じてしまう気持ちがある。そんなふうにじっと彼女を見つめていたから、ぱちりと視線がかちあってしまった瞬間、しまったとアゼリアは顔を伏せようとしたのだが、その前にリージャはにこりと微笑んだ。それはもう、可愛らしく。


 ディモルと笑い方がよく似ているなと、一瞬奇妙なほどに嬉しくなってしまった。けれども、人はいくらでも表の感情を隠すことができるということくらいアゼリアは理解している。鞄からこっそりと顔を出していたルピナスが、「うさんくさいわ」と、他人からは姿を見えないことをいいことに堂々とした感想をもらしているが、それはさておき。


 調子に乗ってはいけない。いくら歓迎されているように見えようとも、絶対に。

 調子に、乗ってはいけない。


 心臓がどくん、どくんと痛いくらいに音を立てている。

 そんなアゼリアの様子は、ディモルはもちろん、リージャやディモルの両親にも伝わっていた。彼らは困ったように顔を見合わせ、ちらちらと視線で探り合っていた。「さて!」 そのとき、ぱちんっとリージャが両手を叩いた。「アゼリアさんがいらっしゃると伺っておりましたから、準備をしておりましたの。ニゲラ!」


 最後に呼んだのは侍女の名なのだろう。「はあい」とおっとりした声で返事をした長身の女性が部屋から出ていったかと思うと、しばらくするとカートを転がしながら戻ってくる。カートの上のティーカップからは、温かな湯気がただよっていた。


「お口に合うかどうかわかりませんけれど。アゼリアさんは紅茶が趣味と伺っておりますから」

「あ……」


 趣味、と言っていいのかアゼリアにはわからないけれど、好きかと問われればそうだと頷くことができる。一瞬、ぱっと気持ちが明るくなった。「やっぱり怪しいわよ」と相変わらずルピナスは鞄の中でぶつくさ言っているが、付け合わせのデザートには興味があるらしく、ぴくぴくと眉を動かしていた。


「どうぞ。ミルクティーとチーズケーキですわ」

「アゼリア、緊張しなくても大丈夫」


 リージャの台詞と同時に配膳され、次に声をかけてくれたのはディモルだ。彼らの両親もうんうん、と頷いている。ありがとうございます、とアゼリアは小さな声で呟くようなお礼を告げ、ミルクティー、とほっとしたような気持ちでカップに手を伸ばした。そのときだ。


「しょ、しょっぱい!」


 涙目になっているのは、いつの間にかチーズケーキの皿に手を伸ばしていたルピナスだった。アゼリアはぎょっとした。「なにこれ、砂糖じゃないわ、塩じゃない!」 どうやら皿にデコレーションされた砂糖の部分を舐めたようだが、言葉の通りの状況なようである。


 唯一、この中でルピナスの存在を見ることができるディモルも驚きながらテーブルを見ていたが、アゼリアがルピナスに話しかけない以上、彼も直接の声をかけないようにしているらしい。困惑したような顔つきで、じっとルピナスとアゼリアに視線を向けている。


「やっぱり! このリージャって子、アゼリアにいじわるをしようとしているのよ! アゼリア、食べちゃだめよ!」


 ルピナスがツインテールの髪をぶるぶると振り乱す勢いで小さな体で必死に主張していた。アゼリアは、眉を八の字にしてティーカップの取っ手を握りしめたまま見つめてしまう。


「アゼリアさん、このチーズケーキは、ミルクティーとよく合うの。お嫌いではなければ、ぜひ」


 その間にも、リージャはにっこりと口元に笑みを作りながらアゼリアに伝える。アゼリアは八の字眉のまま視線をめぐらす。目の前には、小さなフォークが。「アゼリア、無理をする必要は……」と、ディモルが小さく声をかけたときだ。


 ぱくんっ。

「ぎゃあ!」と、悲鳴を上げたのはルピナスだ。ルピナスが止める暇もないほどに素早くアゼリアはフォークを持ち、一口大にしたチーズケーキを勢いよく頬張ったのだ。「そんな嫌がらせみたいなケーキを!」とルピナスはまた悲痛な声を出している。


 決して、アゼリアはルピナスを疑ったわけではない。けれども、リージャはディモルの妹だ。信用している人の大切な人が、アゼリアにとっても信頼できる――というわけではないことはわかっていたが、ただ逃げて疑うよりも、きちんと向き合いたかった。それに万一があったところで、アゼリアがちょっとしょっぱいケーキを食べた、というだけですむ。


 とはいえ、しょっぱいかも、と思っているケーキを食べるのは少しばかり勇気が必要な行為だった。アゼリアの眉間のしわが悲しいくらいに深まり、もむもむ、と口を動かすごとに表情は渋くなっていく……はずが。「え……」


「……すごく、美味しい」

「まあ、よかった!」


 リージャは両手を合わせてにっこりと笑った。ルピナスが「ええっ!?」と素っ頓狂な声を出している。「たしかにしょっぱいけれど……」とアゼリアが呟いたのは、ルピナスに向けてだ。


「チーズケーキの上に、少しの塩が振りかけられているのね……甘いのに、ちょっとのしょっぱさが、すごく……おいしい」

「ええ、そうなんです!」


 リージャは、それはもう嬉しそうに頷いた。


「アゼリアさんは、兄とよくお茶をしていらっしゃると聞いていたから! 普通のお茶菓子はもう食べてしまっているかと思いまして。ああ、よかった。ぜひミルクティーも飲んでみてくださいな。シンプルな味わいが、さらにチーズケーキの味を引き立ちましてよ!」


 口調からはどうしてもバーベナを思い出したが、やはり幼い姿だからか、微笑ましさを感じてしまう。「リージャは、今日のことを一番楽しみにしていたんですよ」と、ディモルの母から添えられた言葉を聞き、アゼリアは相手が貴族だと思うばかりにすっかり身構えてしまっていた自身に対して、恥じる気持ちを持ってしまった。けれど同時に、きちんとチーズケーキを食べて、美味しいと伝えられたことによかった、とも。


「リージャ様、本当に……ありがとうございます」

「いやだ、お義姉様になるのでしょう? リージャと呼び捨てになさって!」


 それはちょっとハードルが高いかも、と考えたが、きらきらと輝くような可愛らしい笑みを見て、アゼリアはとても嬉しくなってしまった。それから自身のアドバイスが無意味であったと知って少しだけ不貞腐れている親友の頭を指でちょん、と撫でて、「ありがとう」と小さな声でお礼を言う。ルピナスは、ぴくん、と羽を動かし、ちょっとだけ困ったように笑った。それから、ごめんなさい、と小さな声で謝っていた。

 ルピナスはアゼリアを思っての行動をとっただけのことのだから、謝る必要なんてどこにもない。そんな意味を込めて、アゼリアは口の端をほころばせた。


 そんな二人の様子を、ディモルはとても微笑ましいものを見るような目で見つめていた……。



 ***



「……ふふん、計画通りよ……」


 しかしここに一人、帰宅するアゼリアを見送り届けた後で独りごちる少女がいる。もちろん、リージャである。ディモルはアゼリアを庭園へと送り届け、両親は一人息子の幸せを噛みしめるために、二人で盛り上がりながら屋敷に消えてしまったため、ここにいるのはリージャ、そして侍女であるニゲラのみだ。


「あのう。リージャお嬢様、ちょっとお顔が悪すぎるのでは……?」

「だって、あの人たち、なにもわかっていないんですもの」


 あの人たち、とはジューニョ家の者たちのことである。朗らかさは彼らの美点ともいえるが、今回ばかりは話が違った。そして彼らとリージャは違う。なぜなら、本来ならば兄ではなくリージャが婿をとり、家督を継ぐ予定であったはずなのだから。おっとりと生きてきた兄とは生き方が違う。


 無邪気を装い、なにも知らぬ顔でアゼリアに取り入る。これこそが今日のリージャの目的だ。決して、ジューニョ家への不安など、欠片も持たれてはいけない。

 兄の呪いが解かれた今、リージャではなく、本来通りに兄がこの家を継ぐことになるだろう。そのことに文句がないどころか、むしろ大歓迎である。しかしだからこそ、リージャは兄を陰から支えねばならない。


 ――ジューニョ家は、長く精霊に呪われていた。けれどもそれは、決して不利益のみをもたらしたわけではない。


 強すぎる呪いは、半端な呪いを弾き飛ばす。だからこそ、精霊の守りがないはずのジューニョ家は、なんらかの強い精霊に守られていると他家の貴族から勘違いをされ、立場を確立してきた。

 当事者であるディモルにとってみればたまったものではない呪いも、家として考えるのならば大きなメリットもあった、というわけだ。しかし、その呪いはもう消え失せてしまった。精霊の守りがない家とは、それだけで貴族社会で不利になる。


「本当に、わかっていないのよ、お父様もお母様も。もちろん、お兄様も」

「はい……?」


 ジューニョ家の呪いは、一族のみが知りえる最大の秘密である。腹心であるニゲラにすらも伝えることができない話だから、リージャはただ欠片を呟くことしかできない。なのでわけがわからないという顔をするニゲラを無視して、リージャは思案する。


 アゼリアは、精霊の末裔だ。そして彼女自身も、強い精霊の力を引き継いでいるという。つまり彼女を迎え入ることでジューニョ家は、

 その点をリージャ以外の家族たちはなにも理解せずに、ただ手放しに息子の恋の成就を喜んでいる。愛すべき穏やかな家族たちであるが、リージャにとっては頭が痛い話である。


「アゼリアさん……いえ、お義姉様には、なんとしてでもジューニョ家に嫁入りしてもらわないといけないわ」

「そうですよねぇ。もし万一振られでもしたら、おかしくなっちゃいそうなほどにディモル様は惚れ込んでいらっしゃいますよねぇ」

「いえもう最悪、お兄様は振られても問題ないのよ。もちろんそうならないのが一番だけれど。とにかく、アゼリアさんとの交友の糸は切らないようにしなくては」

「お嬢様、さらりとひどいことをおっしゃってます?」


 ニゲラのツッコミを、リージャは華麗にスルーした。彼女たちの関係は、だいたいこんな感じである。


「ふふ、家のためというのなら、いくらでも可愛らしい義妹を演じてみせるわ……」


 邪悪、といっても差し支えがないほどに、うふふ……とリージャは地を這うような声で笑う。「ひいい……」とニゲラが小さなうめき声を上げている。しかし髪の毛がうねっていると錯覚するほどの不気味な笑みをこぼしていたリージャだったが、ふと、ぴたりと動きを止めた。


 ――リージャ様、本当に……ありがとうございます。


 おどおどとした、けれどもそれ以上にこちらに気持ちを伝えようと、そんな感情がわかるほどに誠実な声と瞳。自身よりも年が上の少女に、こんなことを感じるのは間違っているような気がするが、可愛らしい、と考えてしまう。


(……仲良く、なってみたいわ)


 家のことなど、兄など関係なく。

 しかしそんなことを一瞬でも考えてしまった自身に驚き、ぶんぶんとリージャは首を横に振った。


「うふふふ、私の目が黒いうちは、ジューニョ家を守り通しますわよ!」

「そんなにお一人で頑張らずとも、大丈夫ですよう。ディモル様もなんだかんだと頼りになるお方ですし」

「お黙りなさい! 今までこうして生きてきたのだから、今更どうしたらいいかわからないのよ!」

「不憫ですねぇ……」


 そんなこんなで、今日も一人で悪者ぶるリージャだった。



*********

あとがき


お久しぶりです……!

『庭師と騎士のないしょ話 真夜中のお茶会は恋の秘密を添えて』が角川ビーンズ文庫様より、3月1日に発売が決定しました。

(書籍版にはリージャのエピソードはないのですが、思わず書きたくなってしまい……)


初めての方も、WEBで読んでいただいた方も楽しめるように改稿作業を頑張りました!

詳しくは近況ノートにてお知らせしておりますので、もしよければよろしくお願いいたします!

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庭師と騎士のないしょ話 真夜中のお茶会は恋の秘密を添えて 雨傘ヒョウゴ @amagasa-hyogo

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